32、お茶会
翌日、ニナリアはアンから今日の予定を聞かされた。
「今日は温室でお茶会がありますので、ご参加ください」
「はい」
(初めてのお茶会です)
ニナリアはお茶会の響きに目が輝いたけど、緊張もした。旅先で他の貴族と食事をしたことはあったが、ストラルトでは仕事ばかりしていたので、お茶会に参加するのは初めてだった。お茶会のマナーも、ダンスのレッスンのときに講師の先生から少し教わったが、結構前なので、忘れている……。
(食事のマナーで乗り切ろう)
ニナリアはアンの後ろについて、王子宮の奥にある小さい温室まで歩いて行った。温室の中は日差しで暖かい。もう冬だが、花が咲いていてとても素敵だった。セッティングされたテーブルと、椅子が三つ置いてある。ニナリアは座って待つように言われた。
待っていると、フードをかぶった背の高い人と、その後ろから40代ぐらいの白っぽい金髪の上品なご婦人が入って来た。背の高い人がフードを取るとそれは、アーシャ王女だった。王女はピンシャンしていた。そして、何事ないようにニナリアの隣に座った。ニナリアはそれを見て驚いた。
(えぇぇぇ??)
「あら、あなたどうしたのかしら?」
ニナリアの表情に気が付いて、王女が声をかけた。
「……あの、その、王女は容態がよくないと聞いたので」
「——もう! あの人、言わなかったのね。なんて人かしら」
王女も、ニナリアの言葉にしばらく静止したが、プンプンと怒った。その様子に婦人は、閉じた扇子を口元に当てて笑った。王女は呆れて言った。
「あれでいたずら好きだから、あなたのお父様がいなかったら、とんでもない王子になっていたでしょうね」
「?」
ニナリアは、父と王子の話は知らない。婦人はうれしそうに口を挟んだ。
「クリストファー様は、ヒースのお気に入りだったのよ」
「あの、私は父と王子のことは、聞いていないのでよく分からないのですが」
(二人はどういう関係だったのかな? 当時、王子は子供だったと思うけど……)
父の日記にも書いていなかった。父が母に話したのは主に侯爵家に関わる話だけだった。
(まあ、王子と知り合いだとか、こんな食べ物を食べていたとか言ったら、身分違いを自慢することになるから、言わないだろうけど)
ニナリアは、そんなことを話せば、母に嫌われるだろうと思った。王女はニナリアの話を受けて相づちを打った。
「そうね。こちら、グレーテ元王女よ。今はローリス公爵夫人。ヒースの紹介で、この国を知るための、私の教育係をしてもらっているの」
「よろしくニナリア。あなたに会いたかったわ」
(この人があのグレーテ王女! すごい上品な人だわ。さすが王女様!)
「は、初めましてニナリア・ラディーです。よろしくお願いいたします」
ニナリアは慌てて座ったまま頭を下げた。グレーテ王女は国王の妹で、王子の叔母だ。
「グレーテ王女の話は、母から父の話で聞いたことがあります」(あ、母の話はまずかったかな……)
「いいのよ。クリストファー様は私のことを、覚えていてくださったのね……」
グレーテはニナリアの気まずさを察して言った。自分が簡単に忘れ去られていなかったことを、うれしく思った。そのまなざしは遠い昔を懐かしんでいた。王女が今日の趣旨を説明した。
「私たちが、あなたに会ってみたかったから、今日の席を用意してもらったのよ」
(えぇ~??)
ニナリアは意外な理由だったので驚いた。王女がニナリアをちらりと見て言った。
「あなた、王子の前で居眠りしたそうね。あなたが大物だということは分かったわ」
(ぎゃあぁぁぁ。私なんてどう見ても小者です……)
ニナリアは心の中で泣いていたが、自分の気持ちも伝えた。
「私も王女様にお会いしたかったです……」
「あら何故かしら?」
「ええっと、あの、子供の頃におとぎ話の王女様の話を聞いて、本物を間近で見てみたいと思ったんです」
子供っぽい話だなと思って、ニナリアは赤くなって話した。それを聞いて二人は目を丸くした。
(しかも、ここには王女様が二人もいる……!)
ニナリアは二人をうっとりと眺め、夢のようだな……と思った。王女はニナリアに聞いた。
「それでどう思ったの?」
「お二人とも本当に、おきれいです」
「あら、まあ。あなた本当にかわいい人ね。ヒースが夢中になるのも分かるわ」
(え?)
「オホホホ」
グレーテも笑った。王女はニナリアのドレスを見て言った。
「今日のドレス、よく似合っているわ。私が選んだのよ」
「え⁉」
思わず声に出た。このドレスは昨日試着したドレスで、朝一で届けてもらったものだった。
(今日のために急ぎだったんだ。分業すれば大丈夫なんだろうけど、洋装店の早さはすごいな)
ニナリアは感心して納得した。ドレスは、他国のデザインを取り入れたものだ。ストレートなシルエットで、アイボリーの優しい色合いだった。グレーテも関心を寄せた。
「あらそうなの、素敵ね」
「あなたが来る前に、私とヒースが三着ずつと、マリーとアンで二着ずつ選んだのよ。急いで作らせるから店はそれぞれ別にしたの」
(そうだったんだ! 届いたらみんながどれを選んだのか聞いてみなくちゃ。楽しみ~♪)
「私も何か送りたいわ」
グレーテの言葉に、ニナリアは慌てた。
「いえいえ、大丈夫です。おかまいなく」
「そう、残念ね。——私は、舞踏会の時にあなたを見ていたのよ」
(そうなんだ! 分からなかった)
グレーテは舞踏会の日、ヒースからニナリアが来るのを聞いて一人で参加したのだ。アレンにエスコートされるニナリアに、クリストファーの面影を見ていた。自然と涙が出た。涙をハンカチで拭きながら、一人で来て良かったと思った……。
「私は子供がいないから、アーシャやあなたを娘のように思っているわ」
王女はそれを聞いてうれしそうに微笑んだ。ニナリアは戸惑った。
グレーテは公爵家に後妻として入ったが、すでに先妻の子がいたので、面倒ごとにならないように子供を作らなかった。グレーテはニナリアに優しく微笑んだ。
「何か困ったことがあったら言ってちょうだいね。助けになるわ」
「はい、ありがとうございます」
ニナリアは、優しくしてもらえてうれしかった。首都でも知り合いができて良かったなと思った。グレーテが、ぽそりと言った。
「オリアナ様も、あなたに会いたかったでしょうね」
ニナリアも祖母が侯爵家から逃げた話は聞いていた。父の日記には、
『突然いなくなった母を安全に逃がすために、1か月経った頃合いをみて、捜索を止めようと父に進言したら、あっさり了承してくれた』
と書いてあった。
それからも話は弾み、昼前にお茶会は終わった。ニナリアは、日差しが入る廊下を客間に向かって歩いていた。アンが後から静かについてくる。ニナリアはふわふわとしたいい気分で、お茶会の余韻に浸っていた。
(お茶もお菓子もおいしくて、すごく楽しかったな)
(昼食は少し軽めにしてもらおうかな)
二人とも優しくて、マナーも気にしなくて良かった。王女は思ったよりさばさばしていて強い女性だった。グレーテ夫人は自分のほうが高位だが、父のことを様で呼んでいたのが印象的だった。
(好きな人だからだろうな)
(そうだ、私もアレンのこと様で呼んでみよう)
どんな反応をするか楽しみだと思った。




