3、子爵領に到着
馬車は山道を抜けて再び街道に合流した。そこからの旅は快適だった。停車場所で食事をしたり、街の景観を見て観光も楽しめた。ニナリアは旅の嫌な面が払拭されていた。
3日目は賑わいのある街で1泊できたので、豪華なホテルに泊まり、街で買ったドレスを着て過ごした。
夜はスイートルームで、当然アレンと同じ部屋だった。二人でベッドに入ると先にニナリアが話しをした。
「今日は先にお話ししませんか? 旦那様のことを何も知らないので、旦那様の話が聞きたいです」
媚を売っておく。アレンは、苦笑する。
「いいだろう」
(この人は、なんでもお願いを聞いてくれるもんね。フフフ)
ニナリアは上手くいったので喜んだ。アレンは自分のことを話し始めた。
「俺は孤児で、孤児院で暮らしていた。俺がまだ8歳の時、傭兵の師匠がやってきて、
『お前は、俺と一緒に来い』
と言って、俺を孤児院から連れて行った。それからずっと師匠に付いて、傭兵暮らしだった」
アレンは無口で、ぼーっとした小さくて痩せっぽっちな少年だった。
「傭兵は何をするんですか?」
「魔獣退治や、護衛の任務とかだな。荷運びなんかもある。金をもらえて頼まれれば何でもやる」
師匠のグループは、街を転々としながら活動していた。師匠は自分をリーダーと呼ばせた。雇い主ではないので、仕事に参加するかは自由だった。リーダーは街をめぐっては、見込みのあるやつを育てて仲間にしていく。俺もそうだった。他にも、街で暮らせなくなったお尋ね者や外に出稼ぎに行きたい奴を拾って次の街に行く。そうやって、街を浄化していくんだ。悪い奴は大体先に犠牲になるから、その装備品をもらうってのもある。
俺が16歳になった時、魔物討伐の王子の隊と鉢合わせて一緒に行動することがあった。その時に王子が俺を気に入って、自分の隊に引き抜いた。師匠は喜んで了承した。それから、王子が俺の主人になった。
王子は俺を城に連れていくと、城にある聖剣を渡した。聖剣を鞘から引き抜いた者は、聖剣の持ち主になれると言われている。王子は聖剣の持ち主を探していた。俺は、聖剣を引き抜いた。それで、ソードマスターになった。
「それから、首都近郊の魔獣の大量発生を収めた功績で、爵位と子爵領を賜って、お前を迎えに行った」
「……そうなのね」
ニナリアは半分寝ていた。アレンはため息をつくと、ニナリアを片腕で抱き寄せてそのまま寝かせた。
翌日馬車の中で、アレンは少し機嫌が悪かった。ニナリアを見る目が冷たいのは、ニナリアも分かる。
「お前は初日も寝落ちしたから、俺は満足していない」
(……初夜って言うと私が恥ずかしいから、気を使ってくれてるのよね。頻繁にしたいのは、子供が欲しいからかしら?)
ニナリアが返事に困った顔をするので、
「お前は何か心配事があるのか?」
「毎日すると、子供ができるのでは……」(私はまだ子供だし、お母さんの元へ帰らないといけないから子供ができるのは困る)
ニナリアは恥ずかしいので、両指を突き合わせながらアレンから視線をそらした。
「安心しろ、子供はできない。ソードマスターや魔法使いもそうだが、エネルギーを使うものは子供ができにくい。子供が欲しい時は、エネルギーを温存しなければ、子供が吸収されてしまうようだ。それに、ソードマスターは長寿だから、子供は早急なことではない。寿命については、一緒にいるパートナーもそうなる」
「そうなんですか?」(ほっとした)「初めて聞きました」
「城にある、ソードマスターが書いた手記を王子が見せてくれた。内容について知っているのは当人ぐらいだろう。俺もお前もまだ子供だ。お前に負担をかけたくない」
(国王の命令だから、この人は当分は別れる気がない。なら飽きられるのを待つほうがいいのかな。逃げても犬のように追ってきそうだし、どうしたらいいの?)
ニナリアは黙っていた。アレンの顔を見る。
「どうした?」
「……」
今日は寝れないだろうなと思ったニナリアは、席を立ってアレンの横に座り、アレンにもたれかかって目をつむった。アレンはニナリアの行動に驚いたが、頬笑むと肩に手を回し、自分もニナリアに頭を傾けて眠った。
その日の夜も、結局途中で記憶がなくなってしまった。
翌日は、ドレスを着るように言われて馬車に乗った。アレンは怒っていなかった。午前中には子爵領に到着する。峠を抜けると、すぐに城が見えてきた。尖塔が付いた白亜の城だ。
「お城だわ!」(なんてきれいなの)
「ストラルトは元は小国だったから、領主邸は城だ。今でも魔獣から取れる魔鉱石で栄えている。お前は城の女主人だ。気に入ったか?」
(え~! いきなり、お城の女主人!!)「えっと……はい!」
城の向こう側に街が広がり、その奥には切り立った白い岩肌の山脈が谷間を作って左右に広がっていた。山脈の反対側は大陸の端になり、人は住んでいないと言われている。西には魔獣が出る広大な森がある。
城の前庭を抜けて玄関に到着すると、執事と使用人たちが出迎えた。ニナリアはアレンの手に添えて馬車を降りると、拍手で歓迎された。白髪と口ひげの品の良い老人が、胸に右手を当てて礼をした。
「ご結婚おめでとうございます。ストラルトへようこそ、奥様。私は執事のセルマンです。よろしくお願いいたします」
「はい、歓迎ありがとうございます」
ニナリアは顔が紅潮した。歓迎されたのと、これからの生活のことを考えて、胸が一杯だった。




