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元平民だった侯爵令嬢の、たった一つの願い  作者: 雲乃琳雨


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29、侯爵家の事情

 首都の新聞でもニナリアの暗殺未遂とメイドのスーザンが捕まったこと、暗殺者が来たことが報じられた。バートン侯爵邸の使用人たちの間でも広まっていて、その話でもちきりだった。


「驚いたわ。なんで、スーザンが!」

「それは、……」


 何となく分かっている者は口を閉ざした。それを、通りがかった古参のメイド、ブレンダが横目で見ていた。


(数日前からマーゴットの様子がおかしかった。——とうとうやってしまったのね……)


 ブレンダは52歳でマーゴットよりも10歳も年上だった。マーゴットをメイド長に任命したのはマコールだ。多分、マーゴットがマコールにお願いしたのだろう。ブレンダは、ここの庭師のヘンリーと結婚していた。子供も二人いて忙しいので、自分がメイド長にならなくてもかまわなかった。

 ブレンダが侯爵家に勤めに出たのは、オリアナの新しいメイドを募集していたからだ。オリアナは首都でも評判の絶世の美女で、最初はオーギュストの求婚を拒んでいた。その後、オリアナを残して馬車の事故で家族全員が亡くなり、家の借金を返せないオリアナはオーギュストを頼るしかなかった。誰もが、侯爵の仕業ではないかと噂したが、証拠はなかった。ブレンダは、そんな不幸な身の上でも評判の息子を育てたということで、オリアナと息子のクリストファーに興味をもっていた。

 田舎には仕事がなかったので、ブレンダは15歳のときにメイドの仕事を求めて首都にやってきた。募集が出ていた時は17歳で、他の貴族の家でメイドとして働いていた。募集内容は、給料も良かった。ブレンダは同僚のメイドに言った。


「私、バートン侯爵家の面接を受けようと思うの」

「え~、やめときなさいよ。侯爵家で務めて、生きて出てきた人はいないという話よ」

「それは大げさでしょ」


 ブレンダは同僚の言葉に呆れた。ただ、そう言われる理由は他にもある。侯爵は実は四男だった。一族は侯爵以外全員亡くなっていた。

 その後、面接を受けたブレンダは、オリアナ本人から選ばれた。退職する時は、そこの夫人でさえも心配した。


「いつでも戻ってきなさいよ」

「ありがとうございます」


 侯爵家に勤め始めてから3年後に、オリアナは失踪した。ブレンダは、オリアナの三人いたメイドの中で下っ端の雑用メイドだったので、取り調べを免れることができた。オリアナは消えた後に、街の子供に神殿に手紙を預けた。その手紙には、


『メイドは何も知らないので、無体なことをしないで』


 と書かれていた。メイドたちは放免されたが、侯爵の厳しい取り調べを苦に、二人とも辞めていった。その後ブレンダは、クリストファーのメイドになった。クリストファーがいなくなった後は、結局侯爵付きのメイドになった。


 侯爵家にニナリアが来たときは、みんなが知っていた。ブレンダは、ニナリアが自分の子供と年が変わらないことと、クリストファーの娘であり、オリアナの孫なので気にかけていた。しばらくしても、姿が見えないのを気にしたブレンダは探しに行った。鍵がかかった部屋のドアののぞき窓から、倒れているニナリアを見つけたときは驚いた。鍵は壁にかかっていた。急いでニナリアを手当てして、食事を運んだ。ニナリアは、ほとんど食事をもらえていなかったのでだいぶ痩せていたが、元気を取り戻した。その後、自らメイドにしてもらうように頼んでいた。それをメイド長のマーゴットが許可したのは、ブレンダの助けから遠ざけるためだった。オリアナとクリストファーの二人に仕え、誰にでも分け隔てなく物静かなブレンダは、侯爵のお気に入りのメイドだった。自分よりも古参で年上、侯爵の信頼も得ていることから、マーゴットもブレンダには文句が言えなかった。マーゴットがみんなの給料を下げた時も、ブレンダの給料だけは侯爵の承認が下りなかったのでそのままだった。


 ブレンダは、ベニーにマコールとマーゴットの関係を聞かれた時も、答えなかった。二人は、マコールが婚約するまで愛人関係にあった。ローサとの婚約が決まってからは、マコールがあっさり関係を絶ったようだ。日ごろからシェイラに冷たい態度をとっているのは、そのせいだった。ブレンダはマーゴットに言った。


「マコール様とあなたのことを聞かれたけど、言わなかったわよ。

 お嬢様にもう少し、優しくしたらどうなの?」


 マーゴットはブレンダに一瞥すると、何も言わずそのまま行ってしまった。ブレンダはため息をついた。このことを知ったら当然、お嬢様はマーゴットを解雇するだろう。マコール夫婦の関係は悪くない。ローサは二人の関係に気づいているが、二人がすでに関係を絶っているのが分かっているので、何も言わなかった。ローサは、貴族令嬢として控えめで賢明な人だとブレンダは思った。ローサの実家は侯爵家だが、バートン家のやり方が酷くなってきたことから距離を置いている。

 マーゴットが解雇になっても、マーゴットとマコールの縁は切れないだろうとブレンダは思った。それは、クリストファーが失踪した時、唯一喜んでいたのが二人だからだ。マコールは一人はしゃいでいた。マーゴットはやり切った顔をしていた。


 そして今回の毒殺未遂のこと。思い当たるのは、監禁中は粗末な食事しか与えていなかったのに、メイドになったニナリアの食事が、他のメイドより良かったことだ。マーゴットはニナリアもお嬢様だからだと説明していたが、その裏で失敗すると鞭で叩いていた。

 恐らく、毒を料理でごまかしていたのだ。


(ニナリアは無事だったから良かったけど)


 いよいよこの家がどうなるか分からないと思った。ブレンダの19歳の長男は、夫の庭師の仕事を手伝っていた。17歳の次男は街の靴工房に働きに出て街で暮らしている。長男も他家へ勤めさせようかと、夫と話をしていた。

 ブレンダは、考えるのをやめて仕事に戻っていった。



 オーギュストのもとにベニーから新しい知らせが届いた。ニナリアが国に召喚され、迎えの馬車で首都に向かったと書いてあった。オーギュストには国から何の知らせも来ていないが、ニナリアが召喚されたのならそれでいいと思った。


(王子はクリストファーに執着していたから、その娘のニナリアと結婚してもおかしくないだろう)


 オーギュストは、事が上手く運んでいるのを喜んだ。


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