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元平民だった侯爵令嬢の、たった一つの願い  作者: 雲乃琳雨


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28/40

28、王宮へ

 オーギュストは、ワレントに行った捜索人から手紙で報告を受けていた。そこには、ジョディはすでにいない、ペナンにいると村長から聞いたので、ペナンに向かうと書いてあった。ラディー子爵の一行が、ワレントを訪れていたとも書いてあった。


(やはり、母のもとへ行ったのだな)


 だが、その後二人はストラルトに戻っている。ワレントから、ペナンとストラルトに行く道は分岐まで同じだ。他の者に捜索をさせているのかもしれないと思った。

 オーギュストは、ワレントからは時間がかかるので、ペナン近くに領地を持つ配下のカルバ子爵に捜索を要請した。あと3日でペナンに捜索隊がつくだろう。ジョディを捜している者がいたら、後をつけろと言ってある。オーギュストは5年前、ジョディを見つけたときのことを思い出していた。


 当時、若い男女二人の足取りを追っていたが、まったく見つけることが出来なかった。そこで考え方を変えることにした。すでに10年経っているので定住していると考え、辺境の地からクリストファーがいなくなったあとに定住した、若い夫婦を捜すことにした。すると捜索人がすぐにワレントでそれらしい人物を見つけた。ワレントの街のほうでクリストファーの肖像画の写しを見せると、「よく似た男を見たが、最近は見かけない」と話した。村のほうまで行くと、赤毛の女が娘と暮らしているという報告を持ち帰った。

 赤毛と聞いてやっと見つけたと思った。クリストファーの話が出なかったことに不安がよぎった。案の定、死後2年が経っていた。


 娘のニナリアは、少ししかクリストファーに似ていなかった。息子ならまだ良かったのに……。クリストファーの賢さが途絶えてしまった。ニナリアを見てはあの女を思い出し、クリストファーを失った絶望感にさいなまれた。あの女への憎しみからニナリアを鞭で叩き、痛みで気絶すると我に返って、石床の部屋から出て行く日々を送っていた。ニナリアがメイドになると言ってからは、ニナリアの存在を気にしなくて済んで、その苦しみから解放された。


(前は裏をかかれたが、もうだまされはしない)


 オーギュストは不敵な笑みを浮かべた。



 2日後ストラルトに、王宮から護衛を付けた馬車が到着した。ニナリアはすぐに出発することになる。アレンやみんなが玄関に見送りに来ていた。シェイラも、扇子で小さな欠伸を隠しながら、見送りに参加した。


「では、行ってまいります」

「ああ」


 ニナリアの表情は明るかった。なぜなら、自分が早く出て行けば、それだけシェイラを早く追い出せるからだ。アレンも微笑んでいた。アレンは前に手を出して握手を求めた。ニナリアはアレンと固い握手をする。


(まるで、仕事か何かの出立式ね)


 シェイラは、まるで上司と部下のようだと思った。二人とも政略結婚には違いないから、思ったより義務的な夫婦なのかもしれないと思った。

 今回は、ストラルトの使用人や護衛も付けず、ニナリアだけが単身行くことになる。ニナリアはそれはちょっと緊張するなと思ったが、馬車に乗るとみんなが心配しないように笑顔で手を振った。アレンも手を振る。使用人のみんなや騎士達は、少し寂しそうに手を振った。


 馬車の中には、王宮から来た若いメイドが二名乗っていて自己紹介をした。


「王子から、誠心誠意お仕えするように言われておりますので、どうぞご安心ください。私はマリアンヌと申します。マリーとお呼びください」

「私はアンジェラです。アンとお呼びください。よろしくお願いいたします」


 二人ともきれいな容姿で、とても和やかな表情を見せた。ニナリアは安心して、さすが王宮勤めのメイドだなと思った。今回の旅も楽しくなりそうだった。



 ペナンの捜索班二人は、アレンからの手紙を受けて休暇を取っていた。街の観光をしたり、それとなくニナリアの母の手掛かりの「茶色の目の40代で美人、体格や背は普通の女性」を捜したりもした。名前と髪の色は変えているだろうということだった。美人は目立つはずなのに、まったく情報がなかった。


「そろそろ、リーダーが着くころだよな」

「そうだな」


 だが一向にその気配がなかった。二人が宿に戻ると連絡が入っていた。店の受付の者から手紙をもらう。


『お前たちは見張られている』


 その言葉にギョッとした。


「どういうことだ? 捜索人が到着するのはまだのはずだ」


 二人は顔を見合わせた。手紙はリーダーと合流した元傭兵の連絡係、カインからだ。

 カインは、リーダーたちと合流してからペナンに入って捜索班のもとへ案内したが、リーダーの指示で二人の様子を見ることにした。二人を付ける男たちの姿があった。リーダーは言った。


「二人はつけられてるな」

「え?」


 リーダーの言葉にカインは驚いた。


「侯爵が他の者に協力を要請したんだろう」

「そうか。アレンもそこまで気がつかなかったか」

「アレンも完璧じゃないさ。だから俺が来たんだろう?」


 カインはその言葉を聞くと、アレンは年下だけどやっぱりすごいなと思った。


「さすがアレン」

「そうだ、俺の自慢の息子だ。お前もな」


 リーダーは傭兵たちを部下ではなく、息子や仲間として接している。カインは照れてはにかんだ。


「さあ、さっさと片付けて、アレンの幸せそうな顔と、かわいい嫁さんの顔を見に行くぞ」

「本当に働き者でかわいい子ですよ」

「そうか」


 リーダーはうれしそうに微笑んだ。リーダーはアレンが褒賞をもらったあと、王子に引き抜かれてから久しぶりに会っていた。領地の再編で忙しいアレンの代わりに、騎士団の編成に協力することになった。リーダーが騎士団員たちに武器の使い方を教え、訓練したおかげで短期間で体制が整った。領地出身の騎士たちもみんなリーダーと顔見知りだ。捜索班の二人も領民だった。傭兵仲間も代わる代わる面倒を見にきていた。カインは体が細いので、傭兵を引退して騎士団の連絡係になったのだ。


 カインの手紙の続きには、二人はペナンの周辺に捜索範囲を広げ、囮になるようにとリーダーからの指示が書いてあった。その隙にリーダーたちがニナリアの母を街から連れ出すということだ。3日後に別の宿屋に手紙を置いておくから戻るようにと書いてある。この宿屋はリーダーが連絡用に使っているところだった。


「よし、休暇は終わりだ。3日間探索だ」

「了解」


 二人は荷物をまとめると宿を出て行った。それを見て、子爵の捜索隊は二手に分かれた。


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