27、国の召喚
ニナリアはアレンに執務室に呼び出された。
「ペナンの捜索班とワレントのジャンから報告があった」
「どうでしたか?」
「ペナンのほうは残念だが、その住所は商会の事務所だった。事務所の者は住所を貸しただけで、居場所を知らないと言った」
「そうですか」
その商会はペナンの街の元締めだった。
「ただ報告では、知らないのは嘘ではないかということだ。リーダーとも連絡がついたから、多分大丈夫だ。リーダーは南に知り合いが多いし、その元締めとも知り合いだろう」
アレンはウインクした。以前話していた、傭兵の活動範囲のことだと分かった。ニナリアは顔が明るくなった。リーダーに連絡を頼んだのは元傭兵仲間で、今はリーダーと合流待ちだ。そこからペナンまで一緒に行って、捜索班と合流する予定だ。
「合流出来れば話は早いだろう。それまで休むように、ペナンの二人に手紙を出した」
「良かったです!」
ニナリアはほっとした。
「それから、村長の家に侯爵の捜索人らしき人物が来た」
「!」(やっぱり)
ワレントはもう雪が降り始めていた。ジャンの報告では、その初老の男は、
『親戚の者に頼まれて、首都で働いていた赤い髪のジョディという女性を捜しています』
『その名前の女は知らないが、赤い髪の女ならペナンにいる。手紙は娘に渡した』
村長はそう返した。ニナリアは他の人にはまだ母の本名を伝えていなかったが、赤い髪で村長はヘレナのことだと分かった。両親は村では、変装をしていなかった。
(親戚の者には違いないな)
とアレンは思った。
「村長は気を利かせて、住所は言わなかったそうだ。他に同行人がいなかったので、捜索人を一人だけよこしたようだ。侯爵は思ったより倹約家だな」
「はい、……そうですね」(祖父は活動資金のために、無駄な出費はしなかったと父の日記に書いてあった)
ニナリアは旅行の馬車の中で、父の日記を読んでいた。今はアレンがいるから読んでも大丈夫だと思った。日記にはやはり侯爵家で自分の身に起きたこと、それから思い出しては、祖父がしてきた貴族への工作が推測で書かれていた。祖父は汚い仕事を父にはさせなかったので、父は推測するしかなかった。自分が把握していた領地の不正も書かれていた。
祖父の手が母に迫っているので、ニナリアは心配になった。
「大丈夫だ。その男がペナンに着くのは5日後だ。しかも住所は知らない。その前にリーダーが先に見つけてくれるだろう」
「はい」
それを聞いてニナリアは安心した。ワレントからペナンまでは15日はかかる。人数も、傭兵団を含めると捜索班のほうがはるかに多い。ニナリアは明るい気持ちで、執務室を出て仕事に戻った。
アレンは事件を機に、少しずつシェイラから距離を置くようになっていた。事件を起こした者を連れてきた相手と懇意にする者はいないだろう。シェイラもそれは仕方がないと思った。祖父は気にしないようだったが。
ニナリアとアレンは、相変わらず離れて過ごしているので、少しは気持ちが楽だった。
シェイラは護衛を付けてもらい、メイド二人を連れて街へ観光に行った。着ているものがくたびれてきたので、新しいドレスが欲しかった。家からはそれほどドレスを持ってきていなかった。
領主御用達の店でドレスを購入した。ストラルトになじむように、大人しめの普段着にしてみた。ストラルトで買った物なら、アレンとの話のタネになるだろう。店員とベニーが配達の話をする。
「お直しが終わって、2日でお届けします」
「分かりました」
ベニーが答える。シェイラたちは店を出てると、街を散策した。静かで、本当に穏やかな街だ。都会の喧騒から離れ、シェイラも落ち着くようになっていた。
アレンのもとに王子から連絡が来ていた。それを見てアレンは驚いたが、すぐにニナリアを呼び出した。また呼び出されたので、不思議に思った。
「どうしました?」
「国から、お前が召喚された」
「⁉ どういうことですか?」
「分からない。王子から先に連絡が来たが、内容は書いていない。ただ、王子が保護してくれるから安心して来てほしいと書いてあった」(書いてないのは、おそらく機密事項だからだろう)
「行くのは、私だけですか?」
ニナリアは、召喚がよく分からなかった。
「ああ、お前だけだ。むしろいいかもしれない。ここにいればまた危険な目に遭うかもしれない。王宮のほうが安全だ。それに、お前が首都に向かうことで、シェイラを追い払えるかもしれない」
「! なるほど」
シェイラは帰る様子がなかったので、それならいいかもしれないとニナリアは思った。
「分かりました。行ってきます!」
お母さんのことは、アレンに任せておくしかない。シェイラを追い出せるということが励みになった。ニナリアは意地悪く「いししっ」と心の中で笑った。
でも、アレンと離れるのは別だ。今までは、同じ敷地内にいたから何とも思わなかったが、領地を離れるとなると、なんか違う気がする。でも、ここで寂しがったら、余計寂しい気がした。それはアレンも同じだった。
「王子の迎えは、もうこちらに向かっている。あと2日で着くだろう。それまでに準備をするんだ」
「分かりました」
ニナリアは元気よく返事をすると、執務室を出て行った。
シェイラが街から帰ると、使用人たちの空気が違うことに気がついた。みんな何となく慌ただしい。
(どうしたのかしら)
シェイラはキミーに話を聞きに行くように命じて、自分は部屋に帰った。
慌てて戻ってきたキミーは、城のメイドから聞いた話を報告した。
「ニナリアが、国に召喚されました!」
「なんですって⁉」
(お祖父様が連れ戻すのかと思ったら、国が呼んだってどういうこと?)
シェイラのメイドにも伝わるように、アレンは情報を隠さなかった。
ジェシーはキミーの行動を見てニナリアに報告した。
「キミーが話を聞きに来たので、シェイラ嬢に伝わったと思います」
「そう、良かった」
どのみち、国の馬車が来たら分かるだろうから、先に知っていたほうがシェイラがキレなくていいだろうと思った。こっちに聞きに来ないように、アレンが話してくれるだろうし。そう思った通り、アレンはシェイラを夕食に呼ぶと、ニナリアの召喚の話をした。
「ど、どうしてです?」
シェイラは、動揺を抑えきれない。
「それは私にも分かりません」
「そうですか」
(お祖父様が動いているのよね。ニナリアはお祖父様が呼んでも戻らないから、国王を使ったのかもしれない)
(むしろいないほうが、子爵との仲が進展するかも。今日も夕食に招待してくれて、重要な話をしてくれた)
シェイラはいいほうへ考えるようにした。




