26、暗殺者の来訪
翌日、部屋でニナリアは、メイド二人に防御の魔法石を渡した。ジェシーは両手に持ち、メグは指でつまんで透かし見ていた。二人とも防御の魔法石は初めてだ。ニナリアは神妙に言った。
「二人とも、私付きだから危険な目に遭うかもしれない。だから念のために持っていて。五回ぐらいは使えるから」
「ありがとうございます」
「分かりました」
ニナリアは、城の者には渡しても大丈夫だと聞いていたので渡すことにした。事務の仕事場でセルマンにも渡した。
「メグとジェシーにも渡したから、セルマンも持っていてください。セルマンは色んなところに顔を出しますから、危険なところがあったら分かると思います」
「貴重なものをありがとうございます」
セルマンもうれしそうに微笑んだ。セルマンに渡しておけば、みんなも大丈夫だろうとニナリアは思った。
2日後、バートン侯爵家の執務室。速達で届いたベニーの手紙には、ニナリアの毒殺未遂の犯人でスーザンが捕まった。ニナリアは無事だと書いてあった。それを読んで、オーギュストは驚いた。
(ニナリアが狙われただと⁉ どういうことだ? ……いったい誰が)
(——でもこれは使えるかもしれない)
国王にはすでに、ニナリアが聖女かもしれないと伝えてある。それからは、何の音さたもなかった。王女の具合が悪ければ、首都に召喚するだろうと思ったが、この事件が伝わればそれも早まるだろう。
スーザンの最初の手紙には、二人が新婚旅行に行っていると書いてあった。オーギュストはニナリアの母ジョディのことを思い出した。ジョディはニナリアの母の本名だ。ニナリアに言うことを聞かせるためには、ジョディの行方を捜す必要があると思ったオーギュストは、すでに前回ニナリアたちを見つけた捜索人を再びワレントに向かわせていた。
スーザンの二通目の手紙には、二人がストラルトに帰ってきたこと、アレンがニナリアを遠ざけ、シェイラをもてなしていることが書いてあった。その内容に、オーギュストは満足していた。
マーゴットを呼び出して、ベニーの手紙を渡す。
「スーザンが捕まったから、代わりのメイドをストラルトに向かわせろ」
「!」
マーゴットは驚いた。届いた手紙がベニーからだったので嫌な予感がしていた。連絡はスーザンの担当だったからだ。
「手紙を拝見します」
マーゴットはそう言うと、封筒からさっと手紙を出して読んだ。
(失敗したのね!! ニナリア、毒を飲む前に気がついたの⁉ 運のいい奴!)
(私の名前はまだ出てないようだけど、尋問されればいずれ、私の名前が出てしまう!)
マーゴットは平静を装い、手紙を封筒に戻すと所定の引き出しにしまって部屋から出て行った。侯爵がその様子を見ているのは承知していた。スーザンはマーゴットがつけたメイドだったので、オーギュストはマーゴットが怪しいと思ったが、何も言わなかった。
マーゴットは若いメイドのキミーに、ストラルトに向かうように言いつけた。
「乗合馬車で、ストラルトにいるお嬢様のところへ行きなさい」
「分かりました」
マーゴットはキミーに旅費を渡すが、少なかったので宿代がなかった。乗合馬車の待合所は、切符を買えば夜も待つことができる。そういうことだなと、キミーはため息をついた。
4日後、乗合馬車でキミーはストラルトに到着して、シェイラと合流した。ニナリアはその報告をメグから聞いた。ニナリアもキミーのことは知っている。キミーは17歳で、ニナリアより一つ下の若いメイドだ。メイドでは下っ端なので、メイド長が暗殺を諦めたのが分かって、ニナリアは安心した。
その2日後の深夜、警備署に男が忍び込んだ。牢まで難なく入れた。ストラルトは治安がいいので、牢にはスーザンしかいなかった。
「スーザン、返事をしろ」
寝ていたスーザンは驚いて起きた。
「はい」
「こちらに来て顔を見せるんだ」
看守か、もしかしたら助けが来たのか、そう思いながら鉄格子のほうまで来た。男は短剣を取り出した。その途端、魔法陣が発動して光を放ち、男は短剣を握ったまま硬直した。スーザンが驚いて声を上げた。
「うわぁぁ」
後ろに後ずさって、転んでお尻をついた。その声を聞いて、警備署員が三人駆けつけた。
「侵入者を魔法陣で捕獲しました!」
男から短剣を取ると、縄をかけた。アレンは牢に罠を仕掛け、入りやすいように署員に隙を作らせていた。
侵入者の知らせは朝、アレンのもとにも届いた。アレンは朝食を済ませると絵師を呼んで、シェイラのメイドたちにメイド長の特徴を聞いて似顔絵を作らせた。このことは捜査に関わるので、シェイラにも秘密にするように言った。ニナリアにも似顔絵を確認させる。ニナリアは嫌な顔をしたので、似ているのだろう。それを持って警備署に行き、捕らえた男を自白の魔法石を使って尋問した。
「お前は何をしに来た?」
『スーザンを暗殺に来た』
「依頼したのは誰だ?」
『名前は知らない。顔も布で隠していた。中年の女だ』
「この女に似ていたか?」
『こいつだ』
無意識ははっきりと物事を認識しているので、男は明確に答えた。
(やはりな)「報酬はいくらだ?」
『金貨十枚だ。前金で二枚もらった』
金貨十枚も平民が持っている額ではない。ただメイド長ともなれば、自由にできる金はあるだろうとアレンは思った。これ以上の情報はないと考えて、二人を首都に送って裁きにかけることにした。
(あとは王子に任せよう)
貴族の問題が絡むときは、国に判断を任せることになる。二人は首都に護送された。このことをベニーが侯爵に手紙で報告したが、メイド長の話は書かなかった。
侯爵は手紙を受け取ると、マーゴットを呼び出した。
「代わりのメイドは着いたようだ。スーザンを暗殺しようとした者がいて捕まった。二人とも首都に護送された」
侯爵はマーゴットの様子を見た。マーゴットは何事もなかったように手紙を受け取って内容を確認すると、また引き出しにしまって出て行った。
(金貨二枚が無駄になった! もう、おしまいなの⁉)
廊下を歩きながら、片手を額に当てる。
(——いいえ、いざとなったら、マコール様が何とかしてくれるわ)
マーゴットは思い直して顔を上げ、微笑んだ。




