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元平民だった侯爵令嬢の、たった一つの願い  作者: 雲乃琳雨


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24/40

24、毒殺事件

 シェイラは夕食にも呼ばれた。二人は歓談しながら夕食を取った。シェイラはアレンを観察する。


(子爵は平民だけど、他の貴族令息と比べると全然優雅だわ。ソードマスターだし、生まれ持った気品かしら)


 シェイラは、アレンが努力してマナーを身に付けたことを知らない。アレンはシェイラに話しかけた。


「ストラルトの食事はどうです? お口に合いますか?」

「はい、とても美味しいです」


 今日はビーフシチューだ。肉がほぐれるまで煮込んである。


(昨日出た、名産の鮭の刺身も美味しかったわ)


 アレンの客人を気遣う会話も悪くなかった。


(このまま結婚相手が見つからなくて、変な貴族と結婚させられるよりは、子爵のほうがマシかしら? ——そうだわ、子供ができれば侯爵家の跡取りになるから、出産で里帰りして、そのまま子供と侯爵家で暮らしてもいいわね。それから遠距離で続ければこの結婚は悪くないかも)


 シェイラは前向きにアレンとの結婚を検討することにした。そこからは気持ちが明るくなり、積極的に会話した。


 アレンはシチューを食べながら、これはニナリアの好物だと思った。ニナリアが一人で食事を取るから、料理長が気をきかせたのだろう。

 アレンもニナリアと離れて意外と平気だった。任務遂行のためには当たり前のことだ。

 二人は夕食が済むと、夜の庭を散策した。魔法石のランプが庭を照らしてきれいだった。



 シェイラは客間で、寝間着姿でベニーに髪を梳いてもらっていた。スーザンからニナリアの報告を聞く。スーザンは、祖父からニナリアの様子を見るように言われ、シェイラの生活周りの仕事をしながら別行動をしていた。

 

「そう、二人は部屋も別々なのね」

「はい、ニナリアは今、四階で生活しているようです」


(子爵は本当に私をもてなしてくれているのね)


 シェイラは満足し、気分が良くなった。


(しばらくすれば、子爵の様子も変わるかしら?)



 その後もアレンとシェイラは、食事を一緒に取るようになった。ニナリアもすっかり一人でいることが当たり前になった。

 ニナリアは廊下で書類を運んでいた。


(2日たったけどアレンも平気そうだし、これって信頼関係かな)


 それも悪くないと思って、一人でニッコリしていた。

 ニナリアは部屋で夕飯を食べようと席に着いていた。ジェシーがグラスに水を注いだ。ニナリアが水に手を伸ばすと、グラスが突然光った!


(これは!)


 メグもジェシーも驚いた。防御の魔法石が発動したのだ。


(グラスが危険だということ?)


「ジェシー、水差しをテーブルに置いてちょうだい」


 ニナリアはそう指示すると、カバンから白い粉が入った瓶を取り出した。粉をグラスのほうに少量入れると、色が濃い水色に変わった。ジェシーはニナリアに聞いた。


「なんですか、その粉は?」

「毒の試薬よ。この水には毒が入っているわ」

『!』

「メグ、静かにアレンとセルマンを呼んできて」


 二人は叫びそうになるが、ニナリアが落ち着いているので我慢した。メグは言われた通り、急いで部屋から出て行った。

 アレンとセルマンが部屋にやって来る。二人とも顔が緊張していた。久しぶりの再会だが、今はそれどころではなかった。アレンは声を抑えて聞いた。


「水に毒が入っていたと聞いた」

「ええ、それもかなりの量よ」


 試薬は毒の濃度で、色が濃くなる。この色だと致死量だと父が言っていた。この試薬は父がニナリアに渡したものだった。

 アレンは部屋に着く前に、メグから試薬の話を聞いていた。ニナリアが前もって試薬を持っていたことから、侯爵家の者の仕業だと思った。ニナリアはジェシーに話を聞いた。


「ジェシー、食事を用意しているときにおかしなことはなかった?」

「あ、えっと、そういえば準備しているときに」


 夕食の準備をしていると、調理場にスーザンが来てジェシーに声をかけた。


『シェイラお嬢様がお水が欲しいそうなので、いただけますか?』

『はい、お待ちください』


 ジェシーが離れた隙に、スーザンはニナリアの水差しに、持っていた包み紙から粉を入れた。


「その時、水差しから目を離していました……」

「スーザンね」


 ニナリアは苦々しく言った。スーザンはメイド長に近いメイドだった。アレンがセルマンに指示を出す。


「スーザンを捕らえろ。シェイラともう一人のメイドを部屋から出さないように見張れ。表ざたにせずに静かに遂行しろ」

「分かりました」


 シェイラの部屋に騎士が四人とセルマンが来た。中に入るとすぐに、スーザンを捕らえた。


「なんなのです! こんな無礼を。お嬢様! お助けを」


 スーザンが騒ぐので、騎士は布で縛って口をふさいだ。スーザンは両脇を騎士二人に抑えられ、尋問室に連れていかれた。


「どういうことですか⁉」


 シェイラが驚いてセルマンに聞いた。


「ニナリア様に対する毒殺未遂がありました。スーザンをこれから尋問します。お二人はここで、静かにお待ちください」

「!」


 セルマンは手短に言うと部屋から出て行った。部屋の前には騎士二人が付いた。


(どういうこと⁉ なぜスーザンが?)

(お祖父様はニナリアと入れ替えると言ったから、お祖父様ではないはず……。いったい誰が)


 ベニーはおろおろするが、シェイラに声をかけた。


「お嬢様、侯爵家に連絡したほうがよいですよね」

(この話もいずれ首都に届いてしまう)「そうね。手紙を書いてちょうだい」


 シェイラはこちらから祖父に知らせたほうがいいと思った。ストラルトは新聞を発行していないので、首都から新聞を買っている。地方の情報は新聞屋が集めて、首都に送っているのだ。数日後には首都の新聞に載ってしまうだろう。



 尋問室は板張りの小さくて簡素な部屋だった。アレンと騎士二人、セルマン、ニナリアも同席した。スーザンは手を後ろで縛られたまま椅子に座り、上半身を椅子ごと縄で縛られていた。口の布を騎士の一人が取った途端、スーザンは声を出した。


「どうしてこんなことを⁉」


 アレンが答える。


「お前が、ニナリアに毒をもったのはもう分かっている」

「そんなことをするはずないじゃないですか! 証拠はあるんですか⁉」


 スーザンの荷物からは何も出ていない。


「それはこれから分かる」


 アレンは手にピンク色の魔法石を持っていた。石から一筋煙が上がると、スーザンの顔にかかった。


「うっ」


 スーザンは頭を下に向けて静かになる。ニナリアはアレンに小声で聞いてみる。


「これは何ですか?」

「自白の魔法石だ。無意識下に問いかけ、会話ができる。だが、自分が話したことはその後も覚えている」


 アレンがスーザンに問いかけた。


「誰に命令された」


 スーザンは顔を上げた。目はうつろだ。


『メイド長です』

「!」


 ニナリアは驚いたが、やっぱりと思って顔に怒りを滲ませた。


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