20、シェイラの来訪
シェイラはストラルトの手前まで来ていた。馬車にはメイド長が付けたメイド、中年のスーザンと、シェイラの専属メイド、20代のベニーが乗っている。シェイラは馬車の窓から外を見て、気が滅入った。
(何もない、田舎ね)
峠を抜けると城が見えてきた。
「あれは?」
「多分、領主城ですね」
ベニーが答えると、シェイラは驚いた。
(城が住まいなの⁉)
城の門の前で馬車が止まる。護衛の従者が衛兵に取次ぎを願った。連絡係が城のほうへ走っていく。戻ってくると、門が開いて玄関まで馬車が通された。玄関ではセルマンが立って待っていた。シェイラは従者に手を添えて馬車を降りた。
セルマンは急な来訪に困っていた。現在城は、領主不在で休暇を取っている使用人が多かったからだ。
「ようこそ、シェイラ様。連絡がございませんでしたが、今日はどのような御用で参られたのでしょうか?」
シェイラが連絡を入れずにストラルトに来たのは、連絡すれば断られると思ったからだ。
「初めまして、シェイラ・バートンです。今日は久しぶりに、ニナリアに会いに来ました。ニナリアも慣れない土地で寂しい思いをしていることでしょう。しばらくここに滞在しようと思っています」
セルマンはピクリと眉を動かした。セルマンもニナリアとシェイラの関係は知っている。
「あいにく、ニナリア様と領主様は新婚旅行に出かけられて不在です」
(なんですって!)
シェイラは眉をひそめた。二人の仲睦ましさを感じるし、ニナリアを様付けで呼んでいるのも気に入らなかった。
(いつまで、ここに立たせる気かしら)
執事の対応にもいらだっていた。
「待たせてもらっても良いかしら」
「ニナリア様のご親戚ですから、主人が戻られるまで私の判断で、滞在を許可します」
セルマンはシェイラを客室に案内した。廊下を歩きながらシェイラはあちこちを見た。
(外だけ見栄えが良くて、中はボロくて埃っぽいのかと思ったら、案外普通ね)
城内は質素だが、手入れが行き届いていた。
ニナリアとアレンは南に向かって馬車を走らせていた。ワレントを出てから2日目でストラルトから連絡が届いた。連絡係が報告する。
「ストラルトに、シェイラ嬢が来ました!」
『!』
二人は驚いて、顔を見合わせた。アレンは指を顎に当てて考えた。
(おそらく侯爵の命令で、ニナリアが目的だろう)
「どうして……」
ニナリアは困惑した。できればシェイラとは、二度と会いたくなかった。せっかくの気分が塞いだ。アレンが決断する。
「仕方がないからすぐに帰ろう。お義母さんは他の者に探してもらう。リーダーにも連絡しよう」
「分かりました。ありがとうございます」
アレンはペナンに騎士二人を向かわせ、リーダーにも手紙を書いて別の騎士に託した。ワレントにも連絡係を送る。
「村長には、侯爵家の者が来たらお義母さんの行先を話すように言うんだ」
ニナリアが目的なら、母親を人質にするために捜すだろうとアレンは考えた。置いてきた騎士は二人しかいない。下手に隠すと何をするかは分からないと思った。ニナリアはそれを聞いて、母のことを考えて不安になった。
「大丈夫だ。こちらのほうが早く動いている。先にお義母さんを見つける」
「はい」
同行してきた騎士が減ったが、アレンがいれば大丈夫だった。ここからストラルトは4日ぐらいの道のりだ。
連絡係はセルマンからの手紙も預かっていた。手紙には、ニナリアとアレンの部屋には鍵をかけていると書いてあった。ニナリアはほっとした。せっかくの自分の部屋をシェイラに勝手に覗かれたくなかった。アレンの部屋もだ。
でも、帰るのは気が重い。きっとろくなことがないと思った。ニナリアは口をすぼめて、怒った顔をしていた。ニナリアの機嫌が悪くなったので、アレンはやれやれと思った。
二人がストラルトに戻ると、シェイラがセルマンと一緒に外まで出迎えに出てきた。早速ニナリアは不愉快になり、無表情になった。
シェイラは前回、アレンには挨拶していないので、初めて会うかのように挨拶をした。
「領主様、お留守に滞在して申し訳ございません。ニナリアの従姉のシェイラ・バートンです」
「話は聞いている。事前に連絡もなく来たのは、どのような要件なのか聞かせてもらおう」
(私のほうが、高位貴族なのに)
シェイラはアレンの態度にイラッとしたが、ここで機嫌を損ねるわけにはいかないので答えた。
「お祖父様の命令で、ニナリアの様子を見てくるように言われました。しばらく滞在の許可をお願いいたします」
「いいだろう」(やはり侯爵の命令だな。しばらくすれば、どういうつもりか分かるだろう)
「ありがとうございます。ニナリアもお久しぶり」
ニナリアは黙っていた。アレンはそれを見てシェイラに謝らせることにした。
「こないだの件は、ニナリアに謝っていなかったな」
シェイラはギクっとした。ニナリアに謝るのが嫌で、転ばせたときも謝らなかった。でも、今日はもう逃げられない。シェイラは頭を下げた。
「ニナリア、あのときは本当にごめんなさい」
「……分かりました。謝罪を受け入れます」
ニナリアはそう言うと、二人を置いて玄関に入った。シェイラは屈辱を受けたと思った。
(ニナリアの奴!……、でもちょうどいいわ)
「あの子は昔から、ああいう冷たいところがありました。家ではいつもきつく当たられて、本当に困っていましたのよ」
「ああ、そうか」
アレンはシェイラの嘘に適当に合わせた。
「どうぞ、城までエスコートしてくださいませ」
「帰って来たばかりで、忙しい。申し訳ないが、ここで失礼する」
アレンはシェイラを置いて行ってしまった。
(なんで私があんな奴の機嫌を取らないといけないのよ!)
取り付く島もないアレンに、憤慨した。アレンと上手くいく気が全くしなかった。
アレンはニナリアの後を追いかけた。新婚旅行を邪魔された挙句、帰って早々対面することになるとは、ニナリアの心境が心配だった。ニナリアに廊下で追いつくと、声をかけた。
「ニナリア」
「……」
ニナリアは返事をせず、主寝室の前に立った。待っていたメイドが鍵を開け、ニナリアは部屋に入っていった。自分の部屋に入ったことでアレンはほっとした。アレンも部屋に入る。ニナリアはソファに座っていた。アレンも横に座る。
「大丈夫か?」
「大丈夫です。機嫌が悪いだけです」
城はニナリアにとって大事な家だ。そこにシェイラがいることが妙に腹立たしかった。そんな風に考えていることに気がついて、意外と自分が欲深いなと思った。
「ごめんなさい。どうしていいか分からなくて」
「いや。……俺たちは、シェイラとは別行動をしよう。食事にも招かない。なるべく会わないようにしよう」
「はい。相手をしなくていいので、なんか安心しました。でも、なぜ来たんでしょう?」
「——そうだな。しばらく様子を見よう」
ニナリアはうなずいた。アレンには心当たりがあったが、まだ言う段階ではないと思った。




