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元平民だった侯爵令嬢の、たった一つの願い  作者: 雲乃琳雨


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17/40

17、新婚旅行

 ワレントに行った二名が戻って来た。アレンは、ニナリアを執務室に呼んだ。部屋にはジャンだけがいて、ジャンのサポートで行ったもう一人は、先に休暇を取っていた。

 アレンの口は重かった。


「ジャンの報告では、お義母さんはあの後すぐに村を出て行ったそうだ。行き先は分からなかった」

「……そうですか」


 ニナリアは心が冷たかった。ワレントの寒い冬を思い出した。


「ジャンから話してくれ」

「はい。奥様のご実家に行ってみましたが、畑には何も植えられておらず、家もカーテンが引かれていて、誰も住んでいないようでした。隣の村長のところに行ったのですが、


『ヘレナはニナリアが連れて行かれてすぐに出て行った。行先は知らん。帰ってくれ』


 と、門前払いでした……」


(村長さんは優しい人だった。あの後、何かあったんだろうか……)


「それで、周りの家にも聞いてみたのですが、みんな知らないの一点張りで、隣の村やその先の街まで聞き込みに行きましたが、まったく足取りは掴めませんでした」


 ジャンは申し訳なさそうに頭をかいた。

 ニナリアはすぐにでも、自分が家に戻って村長さんに話を聞きたかった。自分が行けば話してくれるのではないかと思った。ニナリアは重い気持ちを抑えて、ジャンにお礼を言った。


「ジャン、ありがとうございます。ゆっくり休んでください」

「はい、ありがとうございます」


 アレンは机の上で手を組んで、少しニヤッとして口を開いた。


「新婚旅行に行ってなかったから、二人でワレントに行くのはどうだ? 実家を見に行こう」

「!」


 ニナリアの顔が輝き、両手を伸ばして前で握ってうずうずしているのが分かる。アレンはジャンに退出を許可した。


「ジャンご苦労だった。下がっていいぞ。お前をまた連れていくから、それまでしっかり休んでくれ」

「はい。ありがとうございます。失礼します」


 ジャンが執務室を出ると、ニナリアはすぐにアレンに飛びついた。


「アレン! ありがとうございます」


 アレンはニマニマした顔をする。


「当然のことだ」


 ニナリアを優しく抱きしめ、頭をポンポンと叩いた。



 数日後、二人は新婚旅行の準備をしてワレントに旅立った。首都に行ったときよりも同行人数が多い。連絡が早く届くように、中継地点に一人ずつ連絡係を配置していくからだ。連絡係は普通の旅姿をしている。

 ストラルトは大陸の西にあるので、北に行くには農村地帯にある東の街道を通って行く。

 馬車の中で二人は向かい合って座っていた。ニナリアは、両親の逃避行の中で、まだ話していない部分をアレンに聞かせた。


「父はだいぶ体が悪かったので、二人は最初南に向かったんです。南の港から船に乗って、離島に行きました。そこで二人は変装をしました。二人とも長い髪を短く切って、母は赤い髪を黒く染めて男装をしました。父は山吹色の髪をこげ茶色に染めました。顔の印象を変える化粧をして、付け鼻をつけたりもしたそうです。そこから別行動をして、また大陸に戻って足取りを消しました。

 その後合流したり、また離れたりしながら、ジグザクにいろんなところを旅して回りました。しばらく滞在して、旅費を稼ぐために働いたりもしました。そして最後にワレントに辿り着いたんです。村長さんは訳ありを承知で、快く村の端にある家を両親に貸してくれました。

 街に行くときは、父だけが馬車に乗って出かけました。村を出るとカツラをかぶっていました。私が生まれてからは、三人で街に行くこともありました。

 きっと村長さんは私が行けば、お母さんのことを話してくれると思います」

「そうだな」


 アレンはうなずいた。ニナリアは話を続ける。


「父は侯爵家のことを、私には何も話しませんでした。父が亡くなってから、母から全部聞いたんです。家のことに巻き込まれたときのことを考えて、話してくれたんだと思います。

 家には、父の日記があります。でも私は、母から聞いた話が怖くて読むことができませんでした」


 ニナリアはそのときのことを思い出して、硬い表情をしていた。日記には父に起こったことや、侯爵家のことが書いてあるだろう。


「お義母さんは賢い人だ。きっと大丈夫だ」

「はい」


 アレンの言葉にニナリアは少しほっとした。ニナリアはアレンの隣に移動した。アレンを見ながら話す。


「寒くなる前に行けて良かったです。村は、雪が降ると道が通れないので、家で冬ごもりしていました」


(せっかくの旅行だから、家に着くまではアレンと楽しもう)


 ストラルトを抜けて、北に向かう街道に入った。周りには畑や川があり、遠くに集落も見えた。


「アレンはこの辺りに来たことはありますか?」

「いや初めてだ」

「そうですか、一緒ですね」


 二人は初めて見る風景を、窓から楽しんだ。


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