14、王家の誓い
翌日も馬をつないで視察の続きをした。ニナリアが薬草の本を見たがっていたので、図書館や本屋にも行った。
この街で薬草を扱っているのは魔法使いなので、魔法使いの店にも寄った。魔法石もそこだけで扱っている。長い黒髪にメガネの青年魔法使いソアが、ニナリアの薬草の先生になってくれることになった。
魔法使いの店を出るとアレンが東側地域の話をした。
「街の中心部から外れると庶民向けの店がある。農村に近い東側には、温泉の大衆浴場や食品を無駄にしないための買取店や、農産物の加工所がある。今度来たときはそちら側を回ろう」
「……昨日と今日街を回って、アレンがみんなのことをよく考えているのが分かりました」
アレンは自分と年齢が変わらないのに、とても領主らしいと、ニナリアは感心した。だからこそ、聖剣もアレンを認めたんだろうと思った。
「傭兵時代に、街を転々としていたことが役に立ったな」
アレンは教会の前で足を止めた。
「最後はここだ。この教会には、ラディー王家の墓がある」
「ラディー王家?」
「ラディーという家名は、王国時代の王家の名だったんだ。それまで俺は師匠の家名を名乗っていたが、褒賞をもらうことになって、王子が配慮して王家の名に変えるように言ってくれたんだ」
「そうだったんですね!」(王家の家名だったとは)
二人で教会の中に入った。アレンは出迎えた司祭と話をすると、司祭は礼拝堂から出て行った。
アレンとニナリアは祭壇の前まで歩いた。床には四角い墓標が埋まっている。正面の丸い装飾のステンドグラスから、優しい日差しが届いていた。
「ここに眠っているのは最後の王だ。領地民が戦いに敗れた王を弔うために、教会に埋葬したんだ。
王家の名を引き継いだので、二人で挨拶に来た」
「はい」
「——次のラディーは、また別の者に任せればいい」
(それは多分、私たちが子供より長生きしてしまうことだ。アレンは優しいから、きっと耐えられないだろう。私だってそのときになれば、多分同じだ)
(アレンと二人ならこれからも大丈夫)
「私たち二人で、この地を治めていきましょう」
ニナリアはアレンの両手を握る。
「ああ」
王の墓標の前で、そのまま二人とも下を向いて目をつむった。
翌日、ニナリアはアレンと共に、城の野外にある騎士団の訓練場に来ていた。体の大きい男たちが、武器で訓練をしていた。
アレンは騎士たちを招集する。旅に同行していた騎士もいたが、紹介されるのは初めてだった。
「皆に紹介しよう。妻のニナリアだ。明日の魔獣の森の見回りに、薬草採取と治療班として同行する」
「ニナリアです。よろしくお願いします」
ニナリアが挨拶すると、騎士団の者は口々に話し始めた。
「やっと、紹介してくれましたね」
「領主さまは、とても大事にされていましたから」
「よろしくお願いします。奥様!」
「わぁ、近くで見てもかわいらしいですね」
「あのアレンが、夢中になるのも分かるな」
ニナリアは圧倒される。呼び捨てにしているのは多分、傭兵仲間だろうと思った。
「おいお前ら、ニナリアは騎士に慣れていないから、驚かせるな」
「あ、そうですね」
そう言ってみんなが一瞬気を遣うのが分かる。きっと、ニナリアの出自がゴシップ紙などで、ここまで流れてきているのだろう。ニナリアは少し、居たたまれなかった。
「以上だ。訓練に戻れ」
アレンは騎士たちに指示すると、ニナリアを治療班のもとに連れて行った。訓練場の近くにある城の治療所だった。ここには三人の男性がいた。みんな、小柄だったり、細かったりと騎士の者たちとは体つきが違っていた。アレンはニナリアを紹介すると指示を出した。
「では、ニナリアに仕事の内容と治療の仕方を教えてやってくれ。頼むぞ」
『はい』
三人は同時に返事をする。アレンがいなくなると、三人は自己紹介をした。二人は治療所を出て自分の仕事に戻っていった。紹介するのでここで待っていたようだ。残ったユアンはニナリアと背も近い少年だ。
まだ若いのに、しっかりしていて、えらいなとニナリアは思った。
「治療班は、治療所の人だったんですね」
「はい。この街には医者が二人しかいないので、城の看護などは治療班が担っています。医者が必要であれば呼びに行くか、診療所まで運んでいます」
ストラルトは領地は広いが、人は少ないので医者も少ない。
治療所は隅に治療用のベッドが一つ置いてあり、他に椅子が複数と机が二つ、薬や道具の棚があった。隣の部屋が看護所で、看護ベッドが二つある。
「診療所は、街の中心部と農村寄りの東側にあります。街から離れた農村には領主様が、村長の家に薬を置くようにしています」
「そうなんですね!」
ニナリアは、アレンが村のことを考えてくれているのでうれしかった。
(そういえばワレントでも医者はいなかった。父が作る薬草を、村長さんはとても喜んでいたっけ)
「では傷の手当からお教えします」
「はい!」
ニナリアもやる気を見せた。傷の手当から、打ち身、骨折、脳震盪と、任務で想定される怪我の処置を、メモを取りながら学んだ。
ユアンは棚からリュックを一つ取り出して、中身を机に出した。中には、ナイフやハサミ、包帯、布、綿、薬、水筒、非常食などが入っていた。
「こちらが、治療班の装備です。拾った添え木の端が尖っていたら、ナイフで叩いて潰してください。
奥様は薬草採取をされるそうなので、装備はこちらで持ちます」
「はい」
ニナリアは魔獣のことを聞いてみた。
「魔獣には角が生えてますよね。私は小型のものしか見たことがなくて」
「はい。普通の動物の姿をしているものは、角で見分けられます。それ以外は、魔獣にしかいない形態のものがいます。あと、防御の魔法石は効きませんのでご注意ください」
「え⁉」(今さらりととんでもないことを……)
ユアンが魔鉱石と魔獣の説明をする。
「鉱物や石に魔力があると魔鉱石になります。魔鉱石に瘴気が当たると魔獣になります。魔獣と瘴気や魔力は相性がいいので、吸収されてしまうんです。そのため、直接攻撃が有効なんです」
(なんと! ——アレンは、キノコ狩りみたいな感じで誘ってくれたけど、……ま、まずいのでは)
ユアンは、焦って黙り込んでいるニナリアに気が付いた。
「奥様には騎士が付きますので安心してください。僕たちも訓練を受けていますから。見回りのときはいつも治療班は二人います」
「……はい。そこまでして、薬草を取りに行くのが申し訳ないです……」
「それは、魔獣の森の植物には魔力があって、薬草の効果も高いんですよ。それで領主様も、奥様が喜ばれると思ったんじゃないでしょうか」
(そうなんだ……)
ニナリアは納得して、気分が明るくなった。
「頑張ります! あと、ニナリアでいいですよ」(奥様はうれしいけど、やっぱり恥ずかしいというか)
「では、ニナリア様で」
「はい」(様はしょうがないよね。みんなにも名前で呼んでもらおう。今更だけど。……どっちでもいいか)
道具の中に、コルクでふたをした小さい瓶が、三つあるのに気が付いた。中には透明な液体が入っている。
「これは何ですか?」
「聖水です。聖水は教会で祈りをささげた水です。瘴気に当たったときにこれをかけると、瘴気が消えます」
「おお~」(聖水か、初めて見た)
一つ瓶を取って、間近で見た。
「切り傷にも効きますが、噛まれてしまうと気休めにしかなりません……。瘴気は毒と同じですから」
「……。小型の魔獣も同じですか?」
「いえ、小型の魔獣は瘴気が少ないので、熱が出るぐらいですね」
「そうですか」(噛まれなくて良かった!)
ニナリアは瓶を机に戻した。その瓶だけが、微かにキラキラ光っていたが、二人は気づかなかった。
この後ニナリアは城の者に、どちらでもいいですがと付け加えて名前呼びにしてもらった。メイドたちは喜んで名前呼びに換えた。騎士たちも喜んでいたが、アレンが嫌な顔をしていた。




