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元平民だった侯爵令嬢の、たった一つの願い  作者: 雲乃琳雨


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13/40

13、リーダーの過去

 ホテルは街で一番高い建物で、中心部から東寄りにあり、西を向いて建っていた。門の看板の上にも、ラディー家の紋章のプレートが付いていた。


「このホテルも御用達なんですね」

「そうだ。この領地ではホテルはここだけだ。貴族から農民まで泊まれる。きまりで、汚れた領地民はここには入れないことになっている。

 ここのお風呂は温泉だぞ」

「温泉⁉ 初めてです」(楽しみ!)


 ホテルに入ると、ロビーには受付のほかに、カフェや名産品を取りそろえた土産物店があった。宿泊しなくても、ホテル内のレストランや温泉などの施設を利用できるようになっている。

 二人はオーナー兼支配人から出迎えを受け、直々に最上階のスイートルームに案内された。最上階の廊下の窓から、東側に広がる農村地帯が見えた。畑の間を東へ向かう広い街道が通り、景色は雄大でとてもきれいだった。

 部屋に入るとアレンはニナリアに声をかけた。


「外に出よう」


 バルコニーに出ると、夕日が西の森に沈むところだった。左に城、右に山脈の渓谷が見える。街全体が夕日に照らされて美しい光景だった。


「きれいです」

「そうだろ。ストラルトの名物はこの夕日の景観だ」


 景色を楽しんだ後は、ホテルのレストランでディナーを食べた。生のサーモンが出てきて、とろけるように美味しかった。

 お風呂はなんと、別のバルコニーに露天風呂があった。左右に目隠し用の衝立がある。


「外です!」


 ニナリアは躊躇した。


「最上階だから誰も見えない」

「はい……」

「望遠鏡を使えば見えるかもな」


 ニナリアはアレンをポカッと叩いた。二人は服を脱いで温泉につかる。夜の空気は冷たかったが、温泉の温かさでちょうどよかった。お風呂につかりながら街の仄かな明かりを眺めた。その奥には夜の森が、暗く不気味に広がっている。


「森は広いですね」

「森にも薬草があるから今度取りに行こう」

「いいんですか?」

「騎士団と一緒なら大丈夫だ。ニアには治療班として同行してもらおう」

「はい。でも私、治療の経験がないので処置の仕方を教えてもらいたいです」


 ニナリアは薬草を畑で育てたり、薬を作ったりはできるのだが、怪我の処置は簡単なことしかできなかった。


「分かった」

「私の住んでいたところには、魔獣がほとんどいなかったんです。だから、アレンやリーダーも来てないですよね」

「そうだな。北は魔獣が少ないとされているから、そこまで行ったことがなかったな。悪いやつもだいたい暖かい所にいる」

「ははは」


 ワレントにいた魔獣は小型の草食魔獣だったので、近づかなければ被害にあう人はほぼいなかった。


(森には熊がいたが、同じ感じだろうか? 熊は危険だったけど、音を出せば近寄ってこなかった)


 大きい魔獣は人を襲い、人を食べることでエネルギーを吸収していると言われている。ニナリアはまだ遭遇したことがないので実感が湧かなかった。


「リーダーはどうして、そんな危険な仕事を始めたんでしょう?」

「気になるのか?」

「はい、アレンも大変だったって、言ってましたよね」

「俺もそう思って聞いたことがある。——冷えてきたから、上がって中で話そう」


 二人は寝間着に着替えてベッドに入った。ニナリアは体が温まったのと、疲れでうとうとしていた。アレンが、寝物語にリーダーの話を聞かせてくれた。


「リーダーがこの仕事を始めたのは、盗賊に村が襲われて、家族全員が殺されたからなんだ。リーダーは馬車で野菜の納品に行っていて無事だった」

「そんなことが……」


 リーダーは家の惨状を見て、盗賊を追うことを決めた。家族の遺体を家にある布でくるむと、床に並べて外に出た。他の家に行くと、どこも同じだった。無事な人に話を聞いて回り、盗賊の去った方角が分かった。

 『自分は盗賊を追う、家族の埋葬は戻ってからする』と村人に告げると、腰に下げた中剣と短い槍と縄を持って馬を走らせた。

 夜になり、山に野営の煙が上がるのを見つけた。馬を降りて接近すると、盗賊たちは道から外れた森の中で、酒盛りをしていた。数は十人だ。

 リーダーは来た道と反対側の先に綱を張り、戻って道の反対側の森に入って魔獣を探した。魔獣を見つけると盗賊の所まで誘導し、自分は身を隠した。魔獣が盗賊に気が付き接近するのを見届けると、綱を張ったほうへ移動した。

 盗賊たちはぐっすり眠っていたが、魔獣の襲撃に驚いて逃げ出した。逃げ遅れた者が魔獣の犠牲になり、綱のほうへ逃げた者は足を取られて転び、リーダーが槍を投げて仕留めた。

 魔獣がいなくなってから、野営地に戻ると魔獣の犠牲になった者が四人死んでいた。リーダーが仕留めたのは三人。リーダーは盗賊の弓を持って近くに身を潜め、戻ってくる者を待った。

 逃げた者たちが一人一人戻ってくるのを弓で、三人仕留めた。盗賊たちの荷物を全部まとめると、死体から離れた場所に運び、村に荷馬車を取りに行った。村に荷物を運ぶと、村人のものは本人に返し、それ以外のものはすべて売った。売ったお金は村人に分けて、復興の資金にした。

 それ以後、リーダーは村の若い者に戦い方を教えて自警団を作り、近隣の村にも同じことをして回った。


「村の守りが整うと、リーダーは畑を他の者に譲って、傭兵稼業をするために村を出たそうだ。村には家があるので、たまに帰っている。俺も行ったことがある」

「すごいですね、リーダー。最強です。昔より治安が良くなったのは、リーダーのおかげなんですね」


(お父さんとお母さんが無事に旅ができたのも、リーダーのおかげだな)


「それもある。王子と会ってからは、王子にも農村の警備を強化するように頼んだんだ。王子は、領地の盗賊対策を怠った貴族は降爵させるとおふれを出した。下がったほうが税金が安くなっていいのだが、爵位を重んじる貴族にとっては痛手だな」

「そうなんですね……」


 ニナリアは話を聞いて、だいぶ眠くなっていた。ぼんやり考えながら、ふと思った。


「リーダーは結婚されてるんですか?」

「いや、独身だ。自分の信念に一生を捧げたんだ。

 リーダーは言わなかったが、恐らく村が襲われたときに、恋人も亡くなったんだと思う……。リーダーは首から小さな袋を下げていて、それが仄かに光っていた。大事な人の形見だと思う」

「……う、う、う、そんな悲しい話が。それも怖い話ですか」

「いや……」


 ニナリアは、半分寝ながら涙を流した。アレンはニナリアを抱き寄せて頭を撫でた。すぐにニナリアは、


「くかー」


 っと、寝息を立てて寝てしまった。


(なんか酔っ払いみたいだな……)


 アレンはニナリアを見てそう思った……。


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