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元平民だった侯爵令嬢の、たった一つの願い  作者: 雲乃琳雨


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12、街の視察

 今日、ニナリアとアレンは馬に乗り、お忍びで街に視察に来ていた。馬のつなぎ場に馬をつないで、街中を歩いている。二人ともフード付きのマントを羽織っていた。アレンは街の人たちに顔をよく知られており、体格も良くて目立つのでフードをかぶっていた。

 街は役所が管理しているのでとてもきれいだ。掃除の人がいて、馬つなぎ場の清掃や水飲み場、干し草桶の世話もしてくれる。汚水も区画ごとに集められて回収する人がいる。排水は処理施設があり、ろ過されて川に流されていた。辺境の土地なのにきちんと整備されていて、田舎の匂いはしなかった。

 ストラルトは大陸の端で魔獣も出る土地なので、人口は少ない。午前中は人通りもまばらで、穏やかな時間が流れている。

 カフェの屋外の席で、新聞を読んでいたおじさん二人が話をしていた。


「王女様はすぐに目を覚まされたとか」

「良かった。国同士の問題になるところだったな」


 新聞の見出しには、「王女が倒れた」と書かれていた。記事には、その後侍女の部屋から毒薬が見つかり、その侍女が尋問を受けていると書かれていた。新聞はストラルトに2日遅れで届く。アレンのもとにも同じころに王子から情報が届いていて、ニナリアも話を聞いていた。


「王女様、意識が戻られて良かったですね」

「ああ」


 アレンは表情を変えずに、静かに相槌を打った。


(きっと、祖父がやったんだろう)


 そう考えると、気が重かった。そこへ、いい匂いがしてきた。


「なんでしょう。この美味しそうな匂いは」

「肉のバーガーだ」


 アレンは少し笑うと、ニナリアをその店に連れて行った。店は持ち帰り用の軽食を扱っていた。二人は名物のバーガーを買って、歩きながら食べた。豚肉をデミグラスソースでほろほろになるまで煮込み、新鮮な野菜と一緒に丸いパンの間に挟んである。


「おいしいです。とろけます~」

「そうだろ」


 開けた場所まで行くと、屋台が止まっていた。看板にはエビの絵が描かれている。

 ストラルトは海までが領地なのだが、山脈と魔獣の森があって、海は生活圏ではなかった。代わりにサケが遡上する川があり、新鮮な鮭料理が名物だ。エビはゆでたものが、缶や瓶に詰めて売られている。

 この店は、エビとタルタルソースを焼いた白い四角いパンに挟んだバーガーを売っていた。


「美味しそうです」


 ニナリアは脳内でじゅるりとヨダレが出てくる。


「よし、さっきも食べたから、一つ買って二人で分けよう」

「はい」(……半分こ)


 アレンはエビバーガーを買うと、半分に分けてニナリアに渡した。ニナリアはバーガーをキラキラした目で見ていた。


「お母さんともよく半分こしたんです。だから、アレンとも半分こできてうれしいです。家族って感じがします」

「そうだな」


 アレンも嬉しそうだった。端に置いてあるベンチに座って食べた。


「アレンもリーダーと、半分こしたことありますか?」

「う~ん、そういえばあったな」


 アレンは、リーダーとパンや他の食料を分け合う場面を思い出していた。


「リーダーはやっぱりアレンの家族ですね」

「そうだな。——今思えば、すごくかわいがってくれたと思う。魔獣に追われたり、盗賊と戦ったり、めちゃくちゃ大変だったけど……」

「ははは」


「これもおいしい」

「気に入ったなら、さっきのバーガーも一緒にうちのシェフにも作らせよう。似たものになるが」

「わぁ、うれしいです」(楽しみ)


 喉が渇いたので、飲み物の屋台でジュースを買う。次はスイーツが食べたくなったので、ジェラート屋に行って、ワッフルコーンにのったジェラートを食べた。アレンがチョコとピスタチオ、ニナリアはベリーとバニラだ。


「お腹いっぱいです」

「ははは」


 視察に来たけど食べてばかりだった。


(これはデートというやつね。ふふふ)


 ニナリアは口を押えてニッコリ笑った。


「街はとても素敵ですね」

「ああ、ストラルトは人が少ない分、観光にも力を入れている」

「それで、きれいに整備されているんですね」

「そうだ。辺境だから自給率も上げている。需要が少ない物も補助して作らせているんだ」

「どんなものですか?」

「筆記用具や、布地なんかだな。上質なものは他から入るが、流通が滞ったときにはここには入ってこないだろう」

「なるほど」

「ここで作らせたものが、お土産として売られている」


 アレンが次に連れて行ったのは、ケーキや焼き菓子の小さな店だった。中に入ると美味しそうなお菓子がたくさん並んでいた。女性の店員がショーケースの向こう側から「いらっしゃいませ」と声をかける。店員はアレンが来たので、店主を呼びに行った。


「ここの店のものを城に卸している」

(そうなんだ。あ、これは見たことある)

「領主様ようこそ」


 薄茶色の髪に口ひげのある、50代ぐらいの男性店主が厨房から挨拶に出てきた。


「妻のニナリアだ」

(おお~、妻……)「初めまして、ニナリアです」

「初めまして、奥様。店主でパティシエのアーノルドです」


 ニナリアは照れながらも挨拶をした。


「欲しいものがあれば、注文しよう」

「ありがとうございます。こちらなんかは新作でございます」


 デコレーションがきれいな薄いクッキーを食べる。


「おいしい~」


 店主に勧められるままに試食して、たくさん注文してしまった。店の外に出ると、窓に貼ってあるラディー家の紋章が描かれた紙に気が付いた。城の広間にも紋章のタペストリーがある。

 貼り紙には「領主御用達」と書かれてあった。ニナリアが見ているとアレンが説明する。


「城に卸すと、その紋章を貼ることができる。観光客がこれを見ると、土産物として買っていくんだ」

(ほ~)


 アレンはその後もニナリアを領主御用達の衣料店に連れて行き、店の者に紹介した。そこでは、服や靴、帽子、バッグを見て、買い物をした。買った物は城に届けてもらう。アレンは、ニナリアが行きそうなところへ案内してくれているようだった。


(これだと本当にデートだな)


 しかし、次に行ったのは警備署だった。警備署長が挨拶に来る。


「領主様こんにちは。今日はどうされました?」

「妻に街を案内していた。皆にも紹介しようと思って来た」

「初めまして、ニナリアです」

「初めまして、奥様。署長のジェームズと申します」


 他の署員も集まってきた。


「かわいらしい奥さんですね」


 アレンがギロリとにらむ。ニナリアはその様子に照れながら笑った。


「領主様の表情が柔らかくなったのが分かります」

「アレン様にはいつもお世話になっています」


 普段はアレンに話せない署員もここぞとばかりに、ニナリアに感想を述べた。


「アレンはとても好かれていますね」

「領主様が来てから、ここはとても住みやすくなりました」

「みんな感謝しています」


 みんなが口々に感謝を述べた。アレンは少し照れていた。二人は署を後にした。


「みなさんいい人たちですね」(アレンはすごいな)

「そうだな」


 少し日が傾いてきた。


(今日は色んな所に案内してもらって、たくさんの人と会って楽しかったな)


「馬まで戻ろう」


 二人で馬つなぎ場まで戻る。


「あと一つ寄る所がある」

「はい」


 馬を引きながらアレンのあとに付いて行くと、街唯一の大きなホテルに着いた。


「今日はここに泊まる」

「え⁉」

「着替えも用意して運んである」


 アレンがニナリアを見て、いたずらっぽく笑う。アレンのサプライズだった。


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