楽園
昔。
私は最愛の彼と離れ離れになった。
突然のことだった。
泣くこともできなかった。
――きっと、実感さえもなかったのだと思う。
彼の居ない日々は自分が失ったものを静かに受け止める日々でしかなかった。
だから、毎日泣いていた。
毎日絶望していた。
会いたい、会いたいと願い続けていた。
ある日。
私は不意に意識を失い、気づいた時には見知らぬ場所にいた。
そして、その場所には彼が居たのだ。
「嘘でしょ?」
「嘘じゃないよ」
唐突に再会出来た事を私は喜んだ。
「どこに居たの?」
「ずっとここに」
辺りを見回す。
見たことも聞いた事もない場所だ。
どうやら部屋のようだ。
広さは小学校の体育館程度だろうか。
壁を触ればつるつるとして、登るどころか添えた手が滑ってしまいそうだ。
頭上を見上げれば遥か彼方に天井がある。
格子のようになっているようにも見えるけれど……。
「ここはどこなの?」
「分からない。だけど、見てくれよ」
そう言って彼が指差す方向には食べ物と水があった。
「誰かが用意してくれてるんだ。いつも」
「誰かって?」
「知らない。だけど、そんなことどうでもよくないか?」
その通りだった。
仮にここが地獄でも彼に再会出来た事実だけがあれば良いんだ。
私は彼の胸に飛び込みその体を強く抱きしめる。
彼もまた同じように――。
「ここがどこか分からないけれど。もうずっと一緒だよ」
彼の言葉に私は頷くばかりだった。
***
「どう? 新しい子は馴染んだ?」
「うん。なんかとっても仲が良いみたい」
「――ほんとだ。もしかしたら友達だったのかもね」
「そんなことあるの?」
「そりゃあるわよ。私達にだって友達がいるように、どんな命にでも友達はあるの」
「そうなんだ」
「でもいい? ペットを飼うっていうのは命を預かることなんだからね」
「うん。分かってるよ。母さん……ねえ、雄と雌を一緒にしたのだから子供作るかな?」
「あんたが愛情を持って育ててあげれば作るかもね」
――虫籠の外側の会話を私達は知る由もなかった。