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くらし、介護、健康

おんぼろマニュアル車で山道を行く

作者: 池畑瑠七

義母が介護施設(老健)に入所して 4カ月半

体力と短期記憶の衰えはあるものの

体調は今現在 思いのほか悪くない

がんの進行も 目立った悪化の症状は見られてない

認知も比較的しっかりしたままだ

個室にテレビを据え 大相撲をみたり

一時帰宅を初めて 実現するまでになった

しかしここに来て また事態が変わってきた


数か月分あった手持ちの緑内障用点眼薬が

切れた

入所時は施設内医師から同様の薬が

処方してもらえるとの話で あてにしていたのだが

一転 やはり処方は出来ないと告げられた

失明を阻止する為に最も重要度高い薬だった故

それが無いとなると 早期失明の可能性が高いらしい


医療行為は今の老健施設では極めて限られている

眼科医の診察を受け薬をもらうには

特別養護老人ホームへの転所が必須だ


癌やその他の持病も治療をほぼ打ち切って

入所した今の介護施設

終の棲家となることも覚悟があったが

此処にきてまた引っ越しを

余儀なくされてしまった


義母にとって 何よりも避けたいことは

いま有る光を 完全に失う事

その為の点眼薬はもはや 彼女にとっての生命線

希望の光 心の拠り所となっている


自由にならない身体と

先への不安不自由に耐えつつ

全てを他人に委ねて命を繋ぐ日々に

唯一残されているその光を 諦めろなどとは

とても言えない 酷にすぎる


切れた点眼薬への義母の心配度は

日を追うごとに切実さを増してきている

今日明日にも

掛かり付けだった眼科医に診てもらいたいと

同じ薬を処方して貰う為なら

慣れてきた今の施設を後にし

特養への転所でもなんでものむ と彼女は言った


幸いにして比較的近くの 同系列グループ特養に

申し込みが出来 意外にも

とんとん拍子で話が進んだ

来週末ごろには引っ越しが叶いそうだ


大きな懸案事項が何とか一つ クリア出来たものの

次の施設は日々の日課も 面会も 一時帰宅も

あらゆる点で 条件が変わる


また心と体のギアを 私達も入れ替えねばだ

この先がいつまで続き

どんな道が待っているのか

未だ目途もマップも得られないままには違いない 

が どの道へ進んでも

後悔しない心積もりだけは 持ち

出来うることを 皆で 手探りでこなしつつ

一歩ずつ 進んでいくよりほかない


認知がしっかりしてる故の 彼女の苦悩や不安は

察するに余りある

しかし その痛みや辛さに同調し過ぎると

自分らまでが

疲れ壊れ 潰れてしまう

それは誰の助けにも力にもならない


家族みな 長い闘いの傷や

望まず抱えてしまった障害や

つきあっていかねばならぬ疾病も

既に 少ないとは言えぬ

まだ続くこの先も闘い 生き抜いていくために

共倒れはできない あってはならない


敢えて距離をとったり 衝立を設けたり

冷静を保ち 疲労ストレスを避ける

外へ誰かの手を借りたり 委ねることに

必要以上負い目を感じたりしない

心身の健康や生活を

可能な限り守っていく心掛けは

こんな時だからこそ 欠かせない


加えて 昨年入籍した次男夫婦が

今秋に挙式披露宴を行う事が決まり

その準備が義母の事案と 同時に進行している

「福禍は糾える縄の如し」という言葉があるが

年を追うごと痛切に これが沁みる機会が

増えていく実感がある



古いマニュアル車で

地図すらない初めての山道を

ずっと 上ったり下ったり

しがみつくようにハンドル握り締め

運転している気分が ずっとずっと ある


嵐の日も 日照りの日も

濃霧のような雲に覆われ

一寸先も見えぬ日もある

片側崖の路肩が 崩れ落ちていたり

荒れた路面で 車輪が空転したり

落石で道が塞がれていて

バックミラーだけを頼りに

来た道をそろそろと戻ったり

そんな繰り返しだ


頻繁に変わる 毎日一瞬一瞬の状況にあわせ

ハンドル切りアクセルやブレーキを踏む

クラッチ切っては ギヤチェンジ

実に忙しない


ローギア セカンドギア サードギア

そしてまた ローへ セカンドへ

路面を踏みしめて走るような

ロングドライブは続く


カーステから絶えず聴こえてくるのは

大好きな大好きな ともである音楽たち

ずっと寄り添い 励まして貰いながら

笑って 泣いて 疲れたら労わり合い

時に ぶつかり 時に ゲラゲラ笑う


先の見えない山道は 続いていく

家族や友や仲間達と 鼻歌をともにして

エンジンブレーキ ガシガシに効かせて


これからもひたすらに 行く


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