悲惨な事件と、死の経緯
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「あぎゃあぁああっあぁあっ!?」
おもむろに突き入れられたバットに内臓を強烈に圧迫され、マイカの喉からは空気と共に無意識の絶叫が迸った。
縛られろくに動けない身体はそれでも、硬直と痙攣を激しく繰り返し、精一杯ビクンビクンとアスファルトに自らを打ち付けて跳ねる。その度にビチャッ、ビチャッ、と腐り濁った白い粘液が周囲に飛び散った。
痙攣の波は胸や腹部まで広がり、叫ぶ声が途切れてもマイカの口は酸素を吸う事が出来ない。マイカの意思とは全く無関係に、収縮された胃から押し戻された内容物が、吐き切った空気の代わりに喉から溢れ出る。
「──ごぼぉっっ、……ごぶっ、ごぼっ──っう、ぇぶぅっ…ごぶぶ、げぼっ……げえええっっ」
次々と噴き出す吐瀉物の色は、──腐り濁った、白。
その色を認識した途端、忘れていた、忘れたかった、しかし忘れられない記憶が、マイカの心の奥底から溢れ出る。ああ、嫌だ、もうやめて、ああ──。
口から鼻から、飲まされ続けた大量の白濁を垂れ流しながら、臭いに噎せ溺れそうになり、苦しくて辛くて悔しくて、マイカはただ、──吐いた。
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記憶の中、ノイズの走る風景の中心で、マイカはひたすらにおかされ続けていた。
周囲を林に囲まれた町外れの廃工場は、社会からドロップアウトした者達の溜まり場らしく、多数の少年達が出入りしていた。住宅街からも遠いこの場所では、いくら騒ごうとも通報される恐れは無いようだった。
マイカはあの日、専門学校からの暗くなりかけた帰り道を自転車で急いでいた。すると突然、白いワンボックスカーに道を塞がれたかと思うが早いか、逃げる隙も無く拉致されたのだ。
まずマットに転がされ拘束されて、抵抗する気が無くなるまで殴られ蹴られ続けた。泣こうが喚こうが懇願しようが全くの無駄で、やがてマイカはそれら一切を諦めた。
少年たちは以前にも女の子を拉致した経験があるらしく、彼女を服従させる術を心得ているようだった。彼らの思惑通り恐怖と痛みで大人しくなったマイカは、従順な面持ちで奴隷人形と化した。
何人どころか十何人、いや何十人にも暴行され、身体のあらゆる場所を穢され、或いは汚らしい物を飲まされ続けた。マイカを飼う為の水分と食事は全て大量の汚液と幾らかの小水で賄われた。
遊び半分で身体を殴られ頬を張られ腕を足を捻り上げられ、首を絞められた。煙草の火を押し付けられ、頭髪は毟られ炙られ、無駄毛はライターオイルを掛けられ焼かれた。刃物こそ使われる事は無かったが、ベルトでの鞭打ちはミミズ腫れを刻み、サッカーのシュート練習は大きな痣を至る所に残した。
人間というのは、余りにも辛すぎる状況だと涙すら出ないのだ、そうマイカはぼんやりと思ったことを覚えている。或いはもうその時のマイカは、身体よりも先に心が死んでしまっていたのかも知れない。それ程までに、マイカの境遇は苛烈だった。
連れて来られて二日が経過した頃だったか、動けずに糞尿を垂れ流すマイカに主犯格の少年が『こいつ臭せぇ』と怒りだし、工場に放置されていた業務用らしき高圧洗浄機を持ち出してきた。
工場の建物内の水道は止められていたが、外の駐車場脇にある水道は生きていたらしい。林業用の管理小屋が近くに見えたので、もしかしたらそちらの管轄だったのかも知れない。何にせよ、それはマイカにとってより不運なことだった。
駐車場に引き摺り出されたマイカに、洗浄機のノズルが向けられた。強烈な水圧は皮膚が削げるのではないかと思う程に痛く、目を守ろうとマイカは必死に顔を庇った。流石に圧が強すぎると気付いた少年たちは水圧を緩め、しかし体内に突き入れられたノズルから流し込まれる水はみるみるマイカの腹を膨らませた。
ノズルが抜かれた途端に薄まった白濁が股から噴き出し、休む間もなく今度は尻に水が注ぎ込まれる。勢い良く膨らむ腹ははち切れんばかりで、その余りの苦しさにマイカは呻きを漏らす事しか出来ない。しかしここでノズルを抜いたらどうなるか、想像すればするほど恐ろしかった。
四つん這いの体勢で限界まで水を注がれた腹は、マイカの恐れなど塵の如く吹き飛ばし、ノズルが引き抜かれると同時にその内容物を開放した。マイカは水と便と汚濁との混合物を勢い良く噴き上げ、その様子に少年たちは大いに笑った。
その瞬間、──尊厳だとか人格だとか、そういったおよそ人間らしいものがガラガラと音を立てて崩れ、自分はもう駄目なのだ、と改めてマイカは実感した。
その後は洗浄と称して口からも大量の水を飲まされ吐かされ、身体の中がすっかり空になった頃にまた工場内に連れ戻された。身体が幾分か綺麗になったことでまた多くの人間に弄られおかされいたぶられ、マイカはどんどんと壊れていった。
それからどれくらい時間が過ぎたのだろうか。マイカにはもはや日付の感覚は無く、淀んだ意識は濃霧の中のように風景を昼とも夜とも判らなくさせていた。数時間かも知れないし、何日も経っているのかも、或いはほんの数分だったのかももはやマイカにはどうでも良かったのだ。
すっかり弱り切ったマイカの身体は殆ど使い物にならなくなっていた。
筋肉が駄目になったのか、股奥も肛門も尿道に至るまでもがだらしなく開ききり、糞尿と汚濁がだらだらと流れ出し続けていた。目が霞み耳も鼓膜が破れたのかあまりよく聞こえず、幾本も歯の折れた口や歪んだ鼻からは血の混じった白濁が漏れていた。髪はまだらに抜け落ち、土気色の上に痣で彩られた皮膚はまるで泥人形さながらだった。
こいつはもうダメだな、そんな口々のざわめきが薄らとマイカの耳に届いた。恐らくはそれが終わりの合図となったのだろう。
おいこっちにこい、という主犯格の少年の怒鳴り声に目を遣ると、一人の気弱そうな男が無理矢理連れて来られるのが見えた。
ひょろりとした猫背のその男は主犯格の少年よりも年上に思えたが、態度や雰囲気は明らかに格下のそれを醸し出していた。車の運転や見張りに使われていたことは何となく覚えている。多分マイカを、穢していない事も。
少年たちはニヤニやと笑い合い、そして残酷な言葉が告げられる。主犯格の少年が口を開いた。
──『そいつ、お前にやるよ。もう俺達要らねえから。でも使った後はちゃんと、見付からねえよう処分しとけよ』、と。
何事も無かったように騒ぎながら少年たちはぞろぞろと出て行き、やがてしんと静まった廃工場にはその男とマイカだけがぽつんと残された。彼はしばらく立ち尽くしていたが、やがてマイカの傍にそっとしゃがみ込んだ。
何かを躊躇する息遣いや唾を飲む音が聞こえ、ああ、きっとこの人はまともなのだ、そうマイカは思った。安堵に息を吐くと、全身がずきずきと痛んだ。
だから、マイカはその人にお願いをした。
──『殺して』、と。
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凄惨なマイカの過去話は如何でしたでしょうか。
勿論、この作品はこういった犯罪行為を肯定するものではございません。ご了承下さいね。
それでは次回も乞うご期待、なのです!
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