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母の叫びと、散る光


  *


 カラハの槍が空を薙ぎ、その鈍銀に輝く神気が赤黒い瘴気と共に蠢く百足達を掃く。


「オ……ギャアアァアアアア!?」


「オギャア、オギャ、ヴォグアァアアァアガアア」


「ッグアアァアアアアッッ!!」


「ギャア! ギャア! アガアアアァアア!!」


 嬰児の泣き声を上げていた瘴気の百足達が、神気に触れた途端に末摩を断たれたが如き悲鳴を叫び砕け散る。びしゃりと赤黒い粘液を撒き散らしながら、一つ、また一つと塊がぐちゃりと地面に落ちてぐずぐずに腐り崩れた。


 再びカラハが槍を振るうと、数十と居た百足達は咆哮を上げて崩れ落ちた。カゲトラがその中心にズシリと着地する。赤黒く染まる地面には、無数の塊と赤黒い粘液がおびただしく広がり穢れた溜まりを作っていた。


 弱々しく嬰児の声が上がり、そして次々と沈黙する。その身体はもう既に百足の形を失い、どろどろに溶けて赤子の崩れた顔と茶色く変色した骨を剥き出しにして、ついにはふっつりと事切れた。


「堪ンねェな、まさに地獄だぜ」


 周囲を一瞥し、カラハが吐き捨てた。カゲトラも唸り纏わり付く臭気に顔を振る。


 ──しかし静けさを取り戻した光景の中、ぞろり、と再度蠢く者がいた。


「オッオオオアアアアァアアアアァアアッ!」


 雄叫びを上げながらずるりと身を起こし、身体をもたげたのは──あの女の上半身を持つ百足の怪物。嬰児達の残骸にまみれ、それはてらてらと粘液を纏いながらでたらめに脚を動かした。


 怒りに科、目を紅く爛々と輝かせながら百足女が腕を振り下ろす。


「……まだそんなに動けるのかよ」


 鋭い脚の切っ先がカラハに迫る。すかさずカゲトラが跳躍し、カラハが冷静に槍を凪いだ。空中で槍と爪先が交錯し、ギィンと金属質な高い音が響く。


 カラハはそのまま槍を振り抜き、神気の斬撃を怪物に浴びせた。パット血の霧が舞い、百足の脚となっていた捻れた腕や脚が何本も千切れ飛び散る。


「──思い出したぜ。お前の顔、どっかで見た事あンなと思ってたんだ!」


 槍が軌跡を描く度、手足が舞った。カゲトラの爪もそれに加勢する。


「昔、アホみたいにテレビでやってたぜ。団地の一室に子供三人を出られないように閉じ込めて、自分はホストと無理心中した馬鹿な母親」


 百足女の顔が苦痛に歪む。ガチガチと百足の顎を鳴らし、毒液の飛沫を飛ばしながら脚を何度も振り下ろす。


「ご丁寧にドアの隙間と鍵穴に接着剤流し込んであったらしいな。四階だからベランダからも逃げられず、子供は二人が餓死、一人だけがその血肉を喰らって生き延びたってェ事件だ」


 鋭い脚の先をカラハが槍で払う。返す刃で脚の間接に斬撃を飛ばし、一本一本足をへし折ってゆく。


「あン時子供だった俺でも覚えてンだ、それ程にショッキングな事件だった。当時はあんま配慮とかも無くてさあ、全部実名で報道されてたんだ。だからな、──思い出したぜ、アンタの名前」


 次々と百足の脚が砕ける。鎧の如き装甲が剥がれ、女は丸裸になってゆく。


 怒りにか、恐怖を隠す為か、女が咆哮を轟かせる。──その声は、その仕草はまるで、ヒステリーを起こした母が子供を叱る際の、理不尽な声にも似て。


「なあ、分かってるか。アンタ最低の親だよな、──『サカキ・チサト』さんよォ!」


 そしてカラハはカゲトラの背から跳躍した。高く高く、女を見下ろす。大上段に構えた槍の刃が眩い光を放つ。


「生き残ったアンタの娘は家族を失い、片脚と片眼を失い、全てを失って、アンタ恋しさにこんな大それた事、やりやがったんだ。全部の業を背負ってなァ!」


 照らされた女の顔は、──今にも泣き出しそうに、歪んでいた。


「全部、全部ッ! アンタの所為だろうがよおォおおッ!」


 最後に、女が咆えた。わたしは何も悪くないと言わんばかりに、総てを拒絶するように月を揺るがす咆哮が轟く。


「──化物はッ! 灰にッ! 戻り、やがれえぇえッッ!!」


 そして長く伸びた槍の三本の刃が、振り下ろされる。まるで爆発めいた光量を放ちながら、光の刃が女の頭に吸い込まれてゆく。


 声にならない声が空気を震わせる。カラハのロングコートの裾が大きくはためく。


 ゆっくりと、光の刃が、女を真っ二つに裂いてゆく──。


 ──そしてカラハが片膝を突き地面へと降り立った、瞬間。


 女の身体が百足の下半身ごと一瞬で、光の粒子と化し、弾けた。


「──ふう」


 ふわり、靡いていたコートの裾が落ちる。腐れた粘液の溜まりの中、カラハはゆっくりと身を起こし、女だったものを見上げた。


 幾千、幾万、幾億の光の粒子が、ゆるり空へと昇ってゆく。気付けば地面にあったもの総てが光と化し、星屑じみた煌めきを零しながら空を目指し散ってゆく。


 カラハはポケットをまさぐると煙草とライターを取り出し、火を点けて深く深く吸い込んだ。紫煙は光の粒子と絡み合いながら高く、高く赤黒い月へと昇る。


「……地獄で、下の二人の子に詫びるんだな。まあそいつらはもう、あっちには居ねェだろうけどよ。──でも寂しくはねェぜ?」


 煙を吐いてカラハがニヤリと笑む。いつの間にか猫に戻ったカゲトラが、なーお、とカラハの肩によじ登り鳴いた。


 ポケットから携帯灰皿を取り出すと、カラハは煙草を丁寧に潰し、もう殆ど消えかかった光の粒を目で追った。


「もう一人の子供──『サトコ』って名前だっけか。あの上の娘もすぐに、そっちに送ってやるからな。親子二人で罪を悔いながら、本物の地獄で仲良く過ごすといいさ」


 すっかりと元通りのがらんとした街を見渡してから、カラハは牙を鳴らし笑んだ。紅い月に照らされた地面には、血も肉も、百足の一匹たりとも残ってはいない。少しだけ睫毛を伏せると、カラハは再び第三の目をギラリと動かした。


「こっちは片付いたこったし、行くかカゲトラ。今度はドーラを、俺の可愛い可愛い助手を助けに、な」


 なおっ、とカゲトラが肩から飛び降り、再び虎の姿を取り戻す。


 ──待ってろよドーラ。今助けてやるからな……! ギリ、と噛み締めたカラハの奥歯が鈍く鳴った。


 そして一人と一匹は赤黒い闇を走り出す。その顔には楽しそうな笑みが、獰猛な笑いが浮かんでいたのだった。


  *




ドーラちゃんが悲惨な目に遭っている一方で、カラハは大物を撃破!

これからドーラちゃんの救出に向かいます。


……しかしながら、以前カクヨムで掲載していた分はここまで。ストックが尽きてしまいました。

ですので今後は不定期更新となります。

二章が終わるまでは出来るだけ早く更新をしたいと思っておりますので、宜しければお付き合い頂ければと思います。

また、なろうIDをお持ちの方は、作者をお気に入り登録したり、作品をブックマークして頂くと、更新がすぐに分かりますので是非是非。

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作品が面白い、続きを読みたいと思って下さった方は、★評価やいいね、感想やブックマーク、レビューやその他コメントなどで応援して頂けると、執筆の励みとなります。

お気が向きましたら宜しくなのです。


それでは次回も乞うご期待、なのですです!



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