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助手の窮地と、窓硝子



本日二話目の更新となります。

どうぞお楽しみ下さいませませ!




  *


 資料にあった『花子さん』の証言は、艶やかな黒髪ロングに和装姿の純和風の令嬢だった。この建物が閉鎖される以前からの存在というのを考慮すれば、時代掛かった出で立ちなのは当然だろう。


 しかしながら今目の前に居る彼女は、癖のある栗色の髪に少し派手目のメイク、デザイン性の強いニットのミニワンピースという、現代のオシャレ女子を絵に描いたような姿をしている。


 ──これは一体、どういう事なのだろう。彼女は、誰なのか……? 違和感がドーラの思考を支配する。


 不意に頬に触れた冷たい感触にドーラがはっと我に返ると、目の前でじっとりと顔を覗き込んでいる『花子さん』の瞳と眼が合った。顔を撫でる彼女の手はしっとりと湿っていて、ぞわぞわと背中を走る悪寒が止まらない。しまった、と後悔してももう遅い。焦りが冷や汗と化してドーラの首筋を伝い流れる。


 じり、と一歩下がろうとして、背後に壁を感じた。せめて逃げ道を確保すべきだと、鈍い頭が恐怖に震える身体に命令を下す。ドーラは何とか右足を斜めに引き、身体を捻って入口側に背中を向けたものの、しかし『花子さん』はドーラの動きにピッタリくっついて離れない。


 ドーラは恐怖と焦りに硬直する身体を諦め、今のところ名にもしてくる様子の無い彼女とコミュニケーションを取ろうと試みた。もしも有益な情報が得られれば万々歳、成果が無くともそれはそれで仕方無い。駄目元という奴だろう。


「あ、……あのっ! は、『花子さん』、ですよね……?」


「そうよ。わたしが、花子。ねえ、遊びましょう?」


「あ、あの、……あなたの、本当のお名前。……教えて、くれない?」


 その言葉を聞いた瞬間、彼女の動きが、ピタリと止まった。


「……何を言ってるの。わたしは、花子よ」


 彼女の目がスゥと細まり、張り付いた笑みはますます吊り上がる。──どうやらビンゴのようだ。僅かな確信に勇気を振り絞り、ドーラは更に深く、踏み込む事にした。


「で、でも。……私が聞いてた『花子さん』と、ちょっと違うな、って……。その、もしかして代替わりとかしたのかな、とか? あの、だったら花子さんになる前の名」


「──黙れッ!」


 彼女は言葉を遮って叫ぶが早いか腕を伸ばし、ドーラの首をぬるりと白い手で掴んだ。嫌らしい笑みはすっかり憎悪じみた憤怒の形相に取って代わり、吊すようにドーラの身体を持ち上げながら首を圧迫し始めたのだ。


 ただでさえ逆らえそうも無い物凄い力だというのに、更にドーラを絶望させたのは、幾ら彼女に触ろうとしてもその手は彼女の身体を擦り抜ける、という現象を目の当たりにしたからだ。


 こんな、一方的な……。ギリギリと締め上げられる苦しさにドーラが悶えていると、不意に彼女の口許が蠢き続けているのが目に入った。意識をそちらに集中すると、彼女が呪詛のように呟き続けている言葉が耳に流れ込んでくる。


「わたしは花子わたしは花子わたしは花子花子花子花子マイカなんてしらないマイカじゃないマイカじゃない花子花子花子なの花子花子わたしは花子花子わたしはわたしはわたしは花」


 ──マイカ、そう。それがあなたの名前なの。……やっぱり資料に載っていた名前とは違う。これを早く所長に伝えないと……。


 そう思いつつも、ギリギリと締め上げる手にドーラの意識は朦朧とし始めた。これは──まずいかも知れない、と焦燥が脳を灼く。確かにドーラは癒しの力を持っているが、流石に不死身ではない。怪我などは直ぐに再生出来るものの、首絞めなどには無力だった。このままでは死んでしまうのも時間の問題だろう。


 カシャリ、ドーラの手から力が抜け、ランタンが床に落ちる。──その瞬間。


 ガッシャアアァァァンン!!!


 突如窓ガラスが粉々に砕かれ、派手な音と共に破片がランタンの明かりを受けてキラキラと煌めきながら、『花子さん』に降り注いだ。


「……え……っ!?」


 突然の事態に何事かと驚き、慌てて彼女は後ろを振り返る。拍子に首を締め付けていた手が緩み、これ幸いとドーラは一歩後ろに飛び退いた。そのまま勢い余って床にしりもちをつく。飛散した破片から顔お庇うべく、咄嗟に腕を翳す。


 そして何が起きたのか確かめようと顔を上げたドーラの瞳に映ったのは──。


 窓から飛び込んで来た黒尽くめの男が、ひしゃげた金属バットを片手で振りかぶり、口を開いて。


「……みいつけ、た」


 その男──カラハは嬉しそうに、心底嬉しそうに、ニタアァと犬歯を見せて笑い、驚愕に立ち尽くす『花子さん』の頭目掛けて、力一杯バットを振り抜いた。──そんな光景だった。


「ギヤアアァアァ!?!?」


 タイル張りの壁に後頭部を叩き付けられ血を飛び散らせ、汚い悲鳴と涎を巻き散らしながら、彼女は崩れ落ちる。血塗れの顔には驚きと大量の疑問符が浮かんでいた。……確かにそうだ、ドーラが触ろうとしても不可能だった彼女の頭を、何故カラハはバットで殴ることが出来たのか。


「──大丈夫か? ドーラ。良く頑張ったな」


 そう労いの言葉を発しつつ、大股で近付きドーラに手を差し出すカラハの額には──。


「……え?」


 ──額には縦に、三つ目の瞳が、開いていた。


  *




本日二話目の更新です。

明日からは一日一話ずつ更新の予定となります。

トイレの花子さんに隠された謎とは……? 今後もお楽しみ頂ければ幸いです。

それでは次回も、乞うご期待、なのです!



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