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謝る言葉と、腕の中



「おいドーラ、腹の傷見せてみろ」


 事務所に戻ったカラハは荷物を置いて一服すると、おもむろにそう切り出した。


 数日前に大百足との戦闘で汚れた筈の事務所は、組織の人員が片付けておいてくれたらしく、すっかり元通りに綺麗になっていた。黒い煙草を揉み消しながらカラハは事も無げにドーラに告げる。


「取り敢えず動けるようになったとは言え、まだ全快って訳じゃ無ェんだろ。どの程度なのか具合を知っておく必要があるからな」


「え、あ、はい。でもここじゃ」


 戸惑うドーラの様子に何かを察したのか、カラハはソファーから立ち上がると無造作にドーラを抱え上げた。


「ひゃっ!? あ、歩けます、自分で歩けますから」


「暴れンなよ、落っことされたくなけりゃアじっとしてろ」


 突然お姫様抱っこで抱き上げられて驚くドーラを、カラハは軽々と隣の部屋へと運んでゆく。恥ずかしさに顔が熱くなるのを感じ、ドーラは黙ってぎゅっとカラハの首にしがみ付いた。


 とさ、とベッドに横たえられ、ドーラはそのシチュエーションに堪らずぎゅっと目を閉じた。カラハがドーラの上着のボタンを外してゆく。


 ドーラは羞恥に顔を染めながらも、カラハに全部脱がされるよりは、と自分でビスチェのホックを外して胴体をそっと開いた。肌が外気に触れ、ぞくり、と軽く身震いをする。


「……傷自体はもう閉じてンのか。でもフィルムも貼ったままだし、まだ気ィ付けねェと開きかねねェな。下からの出血はもう止まってンのか?」


 カラハが傷の表面をフィルム越しになぞりながら囁くように問う。ドーラはその感触にびくりと身体を震わせながら口を開く。


「下も……まだ一応、栓をしておいた方がいいだろうって医務室長が。そろそろ血も止まってるだろうし、気持ち悪いから抜いちゃいたいんですけど」


 恥ずかしさに目を逸らしながら答えると、ふぅん、とカラハの思案するような声が聞こえた。


 大百足に内臓をぐちゃぐちゃにされたドーラは、腹に出来た傷だけでなく股や後孔からも血が流れ出ていたのだ。それが溢れないようにタンポンのような栓を両方の穴に詰め込まれているのだが、正直違和感が酷くて煩わしい事この上無かった。


 今朝CTで確認した時には既に腸も生殖器も再生出来ていたので、内部に残っている血が全部流れ出ればもう栓は必要無い筈だ。


「──俺が抜いてみてやろうか?」


「えっ……」


 ドーラが驚きの余り目を丸くしてカラハを見返すと、彼は真顔でドーラを見下ろしていた。再び、一瞬で頬が熱くなる。


 確かにあの栓はタンポンと違い紐も付いておらず、みっちりと穴を埋めるように詰め込まれているので自分で取り出すのは一苦労だ。本部に居る間は看護スタッフにしてもらっていたので医療行為と思ってされるがままだった。だからと言って、今ここでカラハにして貰うというのは、恥ずかしいどころの話では済まない。


「だ、駄目、駄目です!」


「何でだよ、自分じゃ取り出しにくいって聞いてンぞ。遠慮すンなって」


「それでも駄目、自分で何とかします! 恥ずかしいです! 遠慮とかじゃなくて!」


「そうか……まあ、そこまで言うんなら。じゃ、お前が先に風呂入れ。ゆったり暖まってリラックスすりゃ、栓も抜け易くなンだろ」


 申し訳無さそうに目を逸らすカラハに、ドーラは服を直しながら、すみません、と謝った。


不意に大きな手で頭を撫でられ、ドーラは更に顔を赤くする。


「だから気にすンなって。風呂入ったらもう今日は寝ちまうか。病み上がりだしな」


「はい。──ありがとう、ございます」


 ドーラはそそくさと立ち上がると、用意もそこそこにシャワールームへ飛び込んだ。温かい湯を浴び、何とか自分で栓を抜き、そして全身を清めると身も心もさっぱりと清々しい。


 腹に貼られたフィルムはまだ外せず、気を配らなければならないのが煩わしかったが、それでも気分はシャワーの前と後とでは雲泥の差だった。


「お先です。さっぱりしました。あ、どっちももう血、止まってました」


 ドーラがシャワールームを出ると、カラハは咥え煙草でカゲトラと戯れていた。入れ替わる形で今度はカラハがシャワー室に消え、ドーラがカゲトラを引き受ける。


「……さっきの、お願いした方が良かったのかな。でもあんなの普通に恥ずかしくて死んじゃいそうだし。ねえどう思うカゲトラ?」


「なーお、なおなお」


「だよね、やっぱり無理だよね。うん、そうだよね」


 カゲトラに語り掛けるが、当然カゲトラはなおなおとしか鳴かない。ただの自問自答だ。それでもドーラはカゲトラの背をわしゃわしゃと堪能しながら、ひとしきり取り留めもない事をぽろぽろと零し続けたのだった。


  *


 並んでソファーに座り、ドーラはカゲトラを愛で、カラハは紫煙をくゆらせる。穏やかな空気と、秒針の音が重なる。


「……悪かったな」


「何がです」


「その、……一人にしちまって。俺が事務所空けたりしなけりゃ、あんな事にはならなかったろうに」


「所長の所為じゃないですから。たまたまです、謝らないで下さい。それならば迂闊だった私にも責任があります」


「でもよ」


「やめて下さい。水掛け論です。非生産的です」


「……う」


「それに私、そんなに弱くないです。ちゃんと百足の化け物もやっつけられたし、それに死んでません。今もこうやって、所長の隣に居ます。だから、もう気に病まないで下さい」


 そうか、とカラハは紫煙と共に呟きを落とし、軽く睫毛を伏せた。その憂いを帯びた横顔はとても魅力的で、盗み見たドーラは鼓動が高鳴るのを感じる。


「……でも気が済まないっていうのなら、一つだけ我が儘いいですか」


「言って見ろ」


「今日も、一緒に寝て下さい」


 カラハから少し戸惑いの気配がして、そして大きく溜息が吐き出された。


「しゃあねェな。大サービスだ」


 煙草を揉み消しながら、カラハはハハッと笑った。何だか先程までとは別の気恥ずかしさが湧いてきて、ドーラは顔を伏せる。なーお、と鳴きながらカゲトラがするりと膝から滑り降りた。


 カラハに抱き上げられベッドへと運ばれ、ドーラはカラハと一緒にベッドに潜る。


 後ろから抱き枕よろしく抱きかかえられて、ドーラはゆっくりと眠りに落ちる。酷く安心し、緊張も疲れも全てが腕の中で溶けてゆく。


 全身で感じる体温が心地良く、重なる心臓の鼓動に、ドーラの意識は優しい暗闇へと沈んでいったのだった。


  *




ようやく元の生活に戻れそうな二人。

栓を抜かれるの、なかなかにマニアックなプレイですね?

次話からはまた、大きく物語が動き始めます。

次回も乞うご期待、なのです!



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