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友の笑顔と、寮の部屋


  *


 医療フロアの休憩所で所在無く煙草を吸っていたカラハの肩を、不意にトントンと誰かが叩いた。


「こんなとこに居たんだ。探したよ」


 気怠げにカラハが見上げると、親友である開発副部長ナユタの心配げな微笑がそこにはあった。ナユタはソファーには座らずに、立ったまま少し腰を折ってカラハの方へと顔を寄せる。


「カラハ、今晩どうするの。一旦事務所に帰る? それともドーラちゃんが目覚めるまで本部にいるの?」


「ああ、それな……どうすっかな」


 本部から事務所へは車なら数十分程度の距離だ。一度戻って事務所で連絡を待つのも一つの手だが、しかし戻ったところでカラハには仕事など何も手に付かない自信があった。どころか生活すら疎かにしそうな予感に、カラハは紫煙と共に大きく溜息を吐く。


「まあ特に急ぐ事も無ェし、こっちに居るつもりだ。付き添いって事で、申請さえ書きゃア仮眠室か職員寮の空き部屋かぐらいは使わせてくれるんだろ?」


「ま、付き添い云々以前に元々カラハは関係者だしね。申請なら後で僕が出しとくよ。……ところでさ、この後時間あるかな?」


 カラハは短くなった煙草を揉み消しつつ、訝しげにナユタを見上げる。少しだけ歯切れの悪い物言いに、何となく引っ掛かるものを覚えた。


「時間なら売る程あらァな」


「そう、だよね。実は今日はもう僕、仕事終わりなんだ。良ければちょっと付き合ってくれないかな」


 見上げた壁の時計は夕方を指し示していた。カラハは軽く頷くとテーブルに置きっ放しだった煙草とライターを掴み、おもむろにソファーから立ち上がる。


「随分とホワイトな職場環境なんだな?」


「急ぎの仕事が無ければ事務方と同じだよ。まあ大物とか特急のオーダーが入ったらブラックに豹変するけどね」


 肩を竦めてナユタが笑う。つられて口許を歪め、カラハは煙草とライターをポケットに突っ込んだ。


「じゃ、行こうか。──オナカ空いてるでしょ、先にゴハン食べに行こうよ、その後お風呂ね」


 言われてカラハは、ほぼ丸一日何も食べていなかった事を思い出す。ちらりナユタを見ると、ナユタもまたカラハを見上げていたらしく視線がかち合った。


「……何で分かったんだ」


「そりゃ分かるよ、何年一緒に居たと思ってるの。──駄目だよ、ちゃんと食べてちゃんと寝なきゃ。カラハまで倒れたら意味無いでしょ」


 ──ナユタは、カラハの歴代『相棒』の中で唯一、まともに生きている人物だった。しかもバディを組んでいた期間が一番長い、特別な存在だ。


 時間を持て余していたカラハに声を掛けたのは、恐らく精神的に不安定になっているカラハが暴走しないよう、監視の意味もあるのだろう。確かにナユタなら自然に、違和感無くカラハと一緒に居る事が出来る。


 しかしそれでも、──カラハは嬉しかった。ナユタの気配りを素直に受け留め、久し振りに学生だった頃のように二人で過ごせる時間を暖かく感じた。


 だから笑う。カラハは屈託無く笑って、ナユタの肩を抱いた。よく学生時代にそうしていたように。


「──ああ、そうだな。俺がヘコんでても意味無ェもんな。行くか、食堂。喰おうぜメシ、腹一杯さ」


「そうそう、その調子だよ。本部の食堂も結構メニュー増えてるからさ、カラハ驚くと思うよ」


「ああ、そりゃ楽しみだな」


 二人は楽しげに喋りながら歩く。それが空元気だという事は、二人自身にも分かっている。しかしだからこそ、──二人はこの時間を大切にしたかった。


 ドーラはまだ眠っている。あの真っ白い部屋で、一人で戦い続けている。カラハは溜息を飲み込み、不安を振り払うかのようにそっと拳を握った。


  *


 なお、と鳴き声がした。


「何でカゲトラが此処に居ンだよ?」


 職員寮のナユタの部屋、その中央に置かれた炬燵から、黒い虎猫が顔を出していた。黒虎のあやかしでカラハの眷属であるカゲトラだ。


 カラハが不機嫌そうに睨み付けると、カゲトラはもう一度、なお、と鳴いてコタツの中へと引っ込んだ。


「駄目だよカラハ、カゲトラ怒っちゃ。ドーラちゃんを事務所から本部へ運んで来てくれたの、カゲトラなんだよ?」


「あ、マジか!? そんなの初耳だぞ!」


「ホントだよ。大怪我した血まみれのドーラちゃんを背中に乗せて、黒虎の姿で走って来たらしいんだ。あやかしが本部に直接攻めて来たのかと勘違いされて、凄い大騒ぎになってたみたいだけど」


「うわ、マジか……」


 そうか、と呟きながらカラハは炬燵布団をそっと捲った。オレンジの暖かい灯りの中に黒猫が眠そうにうずくまっている。カラハはその頭をわしゃわしゃと撫でると、ありがとな、とぼそり零した。


 なーお、と撫でられながらカゲトラが鳴く。ナユタはそんなカラハの様子を眺め、嬉しそうに微笑みを浮かべた。


「ところでさ、カラハ。もういっそこのまま僕の部屋で一緒に寝るでしょ? それでいいよね?」


「え、……マジか。ンなの、まんま大學の時と一緒じゃねェか」


「たまにはいいでしょ、折角だしさ。……それとも、何か不都合な事、ある?」


 ナユタの言葉にカラハはつい目を逸らす。そんなカラハの様子に、ずい、とナユタが詰め寄った。


 そして笑顔のまま、ナユタは低い声で囁いた。


「──シルヴァさんとの事、……僕が気付いてないとでも思ってる?」


 口許は笑顔のままなのに、笑っていない眼鏡越しの目がカラハを射る。息を飲み、何も言えずカラハは視線を彷徨わせた。そんなカラハに更にナユタが言葉を突き付ける。


「ドーラちゃんの付き添いなんだよね、カラハは? じゃあおイタは駄目だよ? 大人しくしてようね……?」


 ナユタから発せられたとは思えない程の低い声がカラハの耳に突き刺さる。顔を引き攣らせてカラハはただがくがくと何度も頷いた。そんなカラハの反応に、ナユタはようやくにっこりと、心からの笑顔を見せる。


「あ、そうだカラハ。僕の部屋、禁煙だからね? ちゃんと守ってね?」


「……マジか」


 そしてカラハは色々な意味で、がっくりと肩を落としたのであった。


  *




お読み頂きありがとうございます。本日の更新は一話だけです、すみません。

さて『咲け神風のアインヘリア』でお馴染みの二人、少し学生時代に戻ったかのような、少しだけ緊張のほぐれた二人です。

組織の職員用の寮は本部の直ぐ傍に別棟として建てられていて、独身の希望者が術士も事務方も研究職もごたまぜで生活しています。本部の方には仮眠室やシャワー室もあるし、ある程度以上の地位の術士と研究職には個別の仕事部屋がありそこにユニットバスやベッドを置けるスペースもありますが、基本は皆、寮に戻って休む事が推奨されています。

さてそれでは次回もこの続きです。

次回も乞うご期待、なのです。



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