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煌めく月と、燻る心


  *


「重くはない? 違和感は? 位置はこれでいいかな?」


「これくらいの重さなら大丈夫です。動作の妨げにもならなそうだし、場所も問題無いですね」


「それなら良かった。……じゃあ、一度軽く試してみてよ」


「──はい」


 そしてドーラは、事務所の中で比較的開いたスペースに移動すると、僅かに腰を落とし構えの体勢を取った。カラハとナユタは邪魔にならないよう壁際に身を寄せる。


「──ッ!」


 ドーラは気合いの籠もった息を鋭く吐き、床を蹴り宙に身を躍らせる。同時に素早い動作で右手をコートの左裾の裏へと伸ばし、そして何かを掴んで引き抜いた。


 ──その華奢な指の周囲で回るのは、煌めきを零す銀色のディスクだ。


 大きく穴の開いた円盤が、スナップを効かせたドーラの指の動きに合わせてくるくると回転する。銀色のディスクは燐光を散らしながら、次第に回転の速度を増す。


 やがて円盤がその速度で光の輪と化した瞬間、──流れるような動きで大きく伸ばした腕が振り抜かれた。放たれた円盤は煌めきの残像を残しながら弧を描いて飛んで行く。


 ドーラが着地すると同時に、トス、と音を立ててディスクは見事壁に掛かったコルクボードに突き刺さった。


「──円月輪、か。見事なモンだなァ」


 壁際で立ち腕組みで様子を見守っていたカラハが、感心したように呟く。隣でナユタがふふんと満足げに笑い眼鏡を直した。


「僕自らの製作だからね。以前の戦闘訓練の際にドーラちゃんの動きを見せて貰って、あの子には銃器よりもこういう武器の方が合うかなってさ」


 そしてドーラはもう一枚ディスクを取り出し回転させつつ、今度は左手で右裾に仕込んだナイフをすらり引き抜いた。流線型の優雅な姿をしたナイフは美しい光沢を放ち、彼女がもう一度気合いを込めると青白く光る刀身がみるみる伸びてゆく。


「ありゃア何だ? あんなに霊気で刃が出るなんて、なかなか見ねェぞ」


「ちょっと特殊な素材が手に入ったから試しに造ってみたんだ。持ち主の霊力を流し込むと、効率良く変換してくれる代物でね」


「そりゃ凄ェな。俺にも造ってくれよ」


「辛うじて一本分の量しか無かったんだ。それにカラハは自前のがあるだろ? 幾ら変換効率が良いって言っても、そっちには適わないよ」


「それならま、仕方無ェか。取り回しの便利なのも一つ欲しいトコではあるんだが」


「今度考えとくよ」


 話をしながらもカラハもナユタもドーラの動きからは目を離さない。ドーラは再度、踊るような動作でディスクを空中に放つとそれを追うように大きく踏み込み、優雅な仕草で刀ほどにも伸びた燐光の曲剣を薙いだ。


 目の前をチカラを乗せた斬撃の波が駆け抜ける。それはカラハの髪を余韻で軽く揺らし、先程円盤が刺さったままのコルクボードに鋭い線を描いた。


 ドーラは霊気の放出を解き、物理の刃のみとなったナイフをケースに戻しながら、すっと右手を高く掲げる。円を描き還って来たディスクは吸い込まれるように華奢な指に戻り、くるり返された掌に留めた円盤はポーチに滑らかに収まった。仕上げにスナップを留めれば元通りだ。


 最後にドーラは静かに息を吐き、構えを解いて足を揃え直立すると、こちらに向かって深く頭を下げた。


「お目汚し、失礼しました。……如何だったでしょうか」


 不安そうに顔を上げたドーラに近付くと、ナユタは想像以上の出来に笑顔を零しながら大きく拍手をする。


「──凄いよ! 正直、初めてでここまで使いこなせるとは思ってもみなかった」


「あ、……はい。きょ、恐縮です」


 褒められる事に慣れて無さげに顔を赤らめるドーラをナユタが容赦無く褒めちぎっていると、コルクボードから回収したディスクを弄びながらカラハもこちらに歩み寄って来る。


「これ凄ェ軽いのな。穴の位置が中心からずらしてあンの、少しの回転でも遠心力が掛かるようにして威力上げる為だな? それに重心が偏ってるから、さっきみてェに手許に戻って来るみてェな芸当も出来るって訳だ」


 そう言いながらカラハは、三日月のような形のディスクの穴からこちらを覗き見る。


 びっしりと表面に刻まれた様々な力持つ文言と意匠が、照明の光を反射して複雑な色彩に煌めいた。


「それでも一撃で致命傷、なんてのは難しいだろうけどね。その代わり実態の無いモノにでも効力があるよう色々仕込んでおいたんだ。万一カラハの『瞳』に頼れない時でも、時間稼ぎ程度にはなるようにね」


「切れ味自体も相当のモンだろ? 流石『アメノミカゲ』の神力ってか」


「……褒め過ぎだよ、カラハ。僕は太刀とか打てないから、そのぶんこうやって小細工してるだけだよ」


 肩を竦めてナユタが苦笑する。


 ──ナユタは鍜治神『アメノミカゲ』を祀る神社の宮司の孫にして、その神力を使える術士である。しかし身体が弱く、破魔の力を帯びた武器も太刀などの大物は打つ事が出来ないのだ。


 以前はそれ故に『刀を打てない鍜治師』などと組織内で揶揄されていたが、努力とアイデアによってその弱点を克服し、霊力が弱い者でも容易に扱える武器を多数生み出したのだ。三十を手前にして西支局の開発副部長の地位を得ているのは、ナユタのそうした地道な努力を皆が認めざるを得なかったからに他ならない。


「ホラよ、ドーラ。……手ェ切らねェように気を付けろよ」


 カラハが円盤をドーラに差し出す様子を眺めながら、ナユタは心の中に黒いものが燻るのを感じた。


 ナユタは自身でその正体を知っていた。──これは嫉妬だ。目の前に居る二人は、圧倒的な天才だ。能力に恵まれその力を遺憾なく発揮出来る、自分とは違う存在。だからナユタは、穏やかな笑みで燻る心を抑え、二人の遣り取りをただ見守った。


「……あの、……これがあれば、私でも所長のお役に、立てますか……?」


 円盤を受け取りその表面を眺めながら、ドーラは思い詰めたようにそっと呟く。カラハはそんな彼女の頭をクシャクシャと撫でると、その端正な顔を覗き込んで牙を見せ笑った。


「役に立つの立たねェのって、あんな凄ェの見せ付けといて今更何言ってンだ。期待すンの当然じゃねェか」


 カラハの言葉にドーラは驚いた顔をぱっと上げ、そして恥ずかしがりながらも嬉しそうにはにかんだ。


 ──その笑顔はあたかも月光のように、儚くも柔らかで。


 だからこそナユタは、こんな少女に『武器』を与えるという行為に、哀れみと憐憫と自己嫌悪を感じ──先程とは違う部分の心を痛めたのだった。


  *




ドーラちゃん、武器ゲットです!

円月輪と、霊力で刀身が伸びる短刀。これで遠距離も近距離もカバー出来ます。攻撃力が低いのはまあ、スピードと回復力でカバーですね。


本日はあともう一話、夜に更新します。

次回も乞うご期待、なのです!



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