始まりの鍵と、開く錠
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お読み頂きありがとうございます!
本日14時に連載開始、そしてこれが本日二話目の更新です。
お楽しみ頂ければ幸いです。
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あれから寝起きの脳を熱いシャワーで覚醒させた所長ことカラハは、助手ドーラの用意した資料に目を通し、今晩の仕事の内容を確かめていた。
事務所のソファに座るカラハの隣では、ちょこんと中腰のドーラが邪魔にならない程度に横から資料を覗き込んでいる。カラハは概要を頭に叩き込みながら愛飲している黒い煙草に火を点ける。ゆっくりと紫煙をくゆらせ、そしてその一本を吸い終わる頃には丁度資料は最後の行まで読み進んでいた。
用済みの資料をテーブルに放り投げ、カラハは煙草を灰皿に押し付け火種を揉み消した。壁の時計をチラリと見遣ると、つられてドーラも同じように時計を見上げる。
「ちィと早いが、──ぼちぼち行くか。道が混んでたら嫌だしな」
カラハがおもむろに立ち上がると、何も指示せずともドーラがハンガーに掛けてあったレザーのジャケットをそそくさと持って来る。
「はい、所長」
可愛らしい仕草で背伸びしつつ、少女は斜め後ろからそっと上着を差し出した。頷きながらカラハは着慣れたジャケットの袖に腕を通す。こういう気の利かせ方はなかなか気分が良いものだな、と少しばかり新鮮な驚きを感じながら。
ドーラは育ってきた環境の所為か、一般常識には疎く気を抜くと天然が顔を出すが、基本的には真面目で割合気の利く助手に思われた。その上、ドーラの見た目はその辺のアイドルなど足元にも及ばないレベルで、何よりもドーラの持つ癒やしの血の力は何者にも代え難いものだった。
何故にこんな上物が俺のような下請けの所に回されてきたのか──カラハは理解に苦しみ溜息をそっと吐いた。しかし、それも何らかの理由があるのならば追い追い解ってくる筈だ。焦ることも無い、と考えを改めカラハは気を取り直す。
「……? 所長?」
黒いダブルのライダースジャケットのファスナーを上げながら、カラハは何とは無しに助手を見る。笑みつつ首を傾げるドーラは先程のふざけたメイド服ではなく、言い付け通りに仕事着に着替えていた。とは言っても、組織支給の征服は、カラハからすればメイド服とさして大差無く見えてしまう代物だったのだが。
──ドーラが今着ているのは、スタンドカラーにダブルブレストの軍服ライクなゴス系コートジャケット、フリルをふんだんに重ねたショートキュロットに、レースニーソと合わせられたニーハイブーツだ。いずれも少し光沢のある黒地に銀の縁取りやボタンがあしらわれている。
その姿はドーラの長い銀髪とも相まって、一体何処のアニメキャラかと首を捻りたくなる様相を呈していた。まるで二次元の世界からそのまま立体化したような姿に、カラハはまた軽い頭痛を覚える。
動き易さや術式による防汚・対火性、そして『収納』の術式を仕込んだポケットなど、機能面は申し分無い造りだと聞いている。しかしながらこのデザインを採用した奴は頭がイカレていたに違いない。趣味に走り過ぎじゃないのか、とカラハはこの征服を見る度に思うのだ。
とは言え、他人から見れば俺も似たようなものかも知れないな、とカラハは内心で苦笑を漏らした。革ジャケットのスナップを留め革手袋を填めると、ブーツの拍車を鳴らしながらカラハは革パンツのポケットから鍵を取り出す。全身黒革尽くめの姿は厳つい事この上無かった。
「そう言やァ腹減ったな。途中のコンビニでパンでも買うか」
ぼやきながら事務所の戸締まりを確かめ、戸惑う助手に銀のフルフェイスを被せたカラハは、自分も愛用のヘルメットのバイザーを下ろす。おたおたしながらも何とかバイクにまたがったドーラの震える手を腰に回させ、黒と銀に輝く愛馬のエンジンをふかした。
ハーレーダビットソンが大型バイク特有の重低音の唸りを上げる。それは巨大な肉食獣の咆哮にも似て、いつも心を高揚させてくれる。振動はさながら武者震いだろうか、カラハは口許を少しだけ歪め笑った。
「振り落とされたくなかったら──しっかり掴まってろよ?」
「は、はい……っ!」
警告の言葉を聞き腕にギュッと力を込めた少女の体温を背中に感じながら、カラハは夜の街へと身を躍らせる。滑らかな走りが、風となって二人を包む。
──さあ、仕事の始まりだ。
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『組織』の寄越す資料はいつも完璧だった。
これだけ揃っていれば後は行動するだけだ。俺みたいな半端者に外注せずとも、組織内で済ませれば良いじゃないか──とカラハは以前、担当者に訊いた事があった。しかしながら思っている以上にあやかしに直接手を出せる人材は少ないようだ。適材適所という奴ですよ、と担当者は笑っていたが、いやそもそも人材不足という方が正しいのだろうと察したのだった。
今回の仕事も、難易度としては決して高くはない。むしろ簡単な部類だろう。まあ今回に限っては、ドーラがカラハと組んでの初めての仕事だからかも知れない。──そんな事を考えながらカラハは缶コーヒーを呷り、メロンパンに齧り付くドーラの幸せそうな顔を、横目でちらり盗み見る。
──ドーラ・チャン・ドール、十八歳。
この少女はその体質を理由に、実の親や親類、果ては施設や病院からも気味悪がられ疎まれ、虐待を繰り返し受けてきたらしい。その能力を聞き付けた『組織』が彼女を保護するまで、およそ人権という言葉からは程遠い生活を送ってきた。それを証拠に、組織でのケアやカウンセリングには相当の歳月と労力が必要だったようだ。
しかしなァ、とコーヒーを飲み干しながらカラハは考える。果たして、正常な精神に戻ることは彼女にとって幸せだったのだろうか、と。少なくとも今からやる仕事は、まともな人間の踏み込んで良い領域とは到底思えなかった。
「所長、お待たせしました」
軽食を平らげたドーラが改まった態度でカラハを見上げた。──ま、考えても仕方無ェか、とカラハは助手用のメットを彼女に渡し、空の缶をゴミ箱に放り投げる。ストライク、意味も無く舌打ちを零し、ついでに溜息も零すと諦めてカラハは手袋のスナップを留めた。
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「……此処か。こりゃ、いかにもだな」
目の前の建物を眺める。とある私立中学校の敷地内、現在使われている校舎の裏側にぽつんと離れて建つ廃墟の如き木造の建築物。
怪談などで度々舞台に選ばれる、旧校舎、という奴だ。
何より此処は相当の年代物で、この学校が中学になる前身の洋裁学校の時代からの、由緒正しき建物らしい。かつては良家の子女が通っていたというだけあってその造りは瀟洒で、学校というよりは大きな洋館、華族のお屋敷といった風貌のものだった。
「じゃあ、ま、行くか。──打ち合わせ通りに宜しくな」
「は、はい……頑張ります」
「まァそう固くなンなって。大丈夫だ、俺の言った通りにやりゃアいい」
少し苦笑したカラハはカチカチに気負った助手の頭をポンポンと叩き、景気付けとばかりに背中を強く張る。けふん、と少し噎せたドーラは、軽い痛みに涙目になりながらも、幸い緊張はほぐれたようだった。
依頼主から事前に預かった古風な鍵でアンティークな錠前を開ける。ガチリと大きな音を上げてロックが外れたのを確認し、いよいよ二人はその古めかしい洋風の廃墟の扉を押し開いたのだった。
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本日連載開始、二話目の更新です。
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