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少女の誓いと、守る腕


  *


「──は? 今、何つった?」


 カラハは自分の耳を疑った。今、ドーラは何と言ったのか。突拍子も無さすぎて、先程の言葉が聞き間違いであって欲しいと願った。しかし──。


「あの、だから……一緒に、その、寝て貰えませんか……って」


 残念ながら、聞き間違いでは無かったようだ。目の潤みと肩の震えに加え、ドーラは耳まで紅くして立ち尽くしている。その姿は冗談にもからかいにも見えず、カラハは火の点いていない煙草を咥えたまま、どうしたものか、とがりがりと頭を掻く。


「あァ、もしかして仕事の内容でも今更思い出して怖くなったとかか? でもな、一緒にったってこのベッドもお前用のも二人で寝るにゃア狭いだろ」


「あ、あの、私、邪魔にならないよう気を付けますから、出来るだけ端で小さくなりますから、寝相もそんなに悪くないですから……」


「そうは言ってもなァ、限界があンだろ。それにな」


 その全身、頭頂部から足の爪先までじっくりと視線を走らせてから、顔を俯かせたドーラの目をカラハは覗き込んだ。潤んだままの銀の瞳に眉を寄せ、煙草に火を点ける。微かなオイルライター特有の匂いと、キン、と純銀のライター独特の柔らかい音が部屋に響く。


「倫理的に問題だろ。子供ならまだしも、お前は年頃の娘なんだ。マズいだろ、俺なんかと一緒に寝ちゃアよ」


 更に顔を赤らめるドーラの様子に、カラハは紫煙と共に大きな溜息を吐き出した。ワンピースの裾を握り締めたドーラの手が震え、絞り出すようなか細い声が漏れる。


「い、一回、今日だけ……今日だけでいいですから。その、お願い、します……」


 そして顔を上げたドーラの瞳から流れる一筋の涙。


 それを見た瞬間、──カラハは諦めた。


 たっぷりと時間を掛けて吸い終わった煙草を潰すと、溜息をついてドーラを見遣る。軽く舌打ちを零し、ドーラの目の前に右手を差し出した。


「おい」


「──え」


 呆然と見上げるドーラに再度舌打ちし、カラハは少女の細い手首を掴む。ぐいっと引き寄せると、その華奢な身体を抱き留めた。


「今日だけだぞ」


「い、……いいんです? ホントに?」


「自分から必死に頼んどいて今更それは無ェだろ。それに……弱ェんだよ、俺。女に泣かれンの」


 カラハは仏頂面で吐き捨てると両手でドーラの頬を包み、親指で流れる涙を拭う。銀の瞳が驚きに見開かれ、そして耳はますます赤らんだ。カラハの手に、ドーラの頬の熱がじわりと伝わる。


「あ、……あの、ありがとう、ございます」


「いいから。ホラ、とっとと寝るぞ」


「ひゃあっ!?」


 言うが早いか、カラハはドーラを抱きかかえると軽々と持ち上げた。ドーラが驚きに悲鳴を上げるのも気にせず、そのまま悠々とベッドまで運び横たえる。そして自身もその横へと転がると、思案するように眉根を寄せた。


「……やっぱ狭めェな。おいドーラ、向こう向け」


「え? は、はい、こうですか ──ひゃうぅ!?」


「いちいち叫ぶんじゃねえよ。オラ暴れんな、落ちるだろうが」


 抱き枕よろしく、後ろからドーラを抱き寄せてカラハが低く唸る。抱き締められるとは思ってもいなかったドーラは混乱し手足をばたつかせたが、カラハに押さえ込まれては為す術が無い。


「嫌だったら言えよ。何なら途中で向こうの部屋行ってもいいし、俺がソファーで寝ても構わねェんだからな」


「ふえぇ……こ、このままでいいです。このままが、いいです」


「そうか」


 カラハは足許に畳んであった毛布を手繰り寄せ被ると、きゅっとドーラを包むように抱き締めた。


 ドーラの背中や肩、そして腰、腹部。カラハが触れている所から熱が体温が伝わり、ぬくもりが広がってゆく。顔の火照りが、乱れていた呼吸が、暴れていた鼓動が、少しずつ静まり穏やかになってゆく。


 緊張が解け、身体から不自然に籠もっていた力が抜けるのを自覚し、ドーラはゆっくりと息をつく。不意に、ドーラの耳許で低く柔らかにカラハが囁いた。


「ドーラ、余計な気は使わなくていいんだぞ。──どうせこれも、誰かに入れ知恵されたんだろ?」


 え、とドーラの肩が跳ねる。その反応こそが、指摘の内容が図星だという事を雄弁に物語っていた。それでも声色に責める気配は無く、囁きは低く柔らかく、いたわるようにドーラを包み込む。


「昨日の起こす時のもだろ、誰かが『アイツは女好きだから色仕掛けで直ぐ落ちる』とか何とか言って、お前の事そそのかしたんだよな、そうだろ?」


 俺の事、嫌いな奴多いからな──カラハはそう笑ったが、口調の端に少しだけ哀しげな色も滲んでいるようにドーラには思えた。


「私も一緒ですから。私も、多分疎まれてました。能力の事とか組織に来る前の事とか……腫れ物に触るみたいだったり、奇異な目で見られたり、あからさまに避けられたり。だからこれも、所長だけじゃなくわたしへの嫌がらせもあったのかなって、今思えば」


「似た者同士ってか。じゃあお互い様だな」


「そうなのかもです。……でも私、誰が何を言おうとも、所長のこと、好きです」


 返事は無い。少しだけ、ドーラを抱く腕の力が強まった。たっぷり時間を置いてから、躊躇いがちに声が漏れる。


「──この状況でそういう事、嘘でも言うなよ。……手ェ出したくなるだろうが」


「嘘でもないし、襲われても私、構わないです」


「バーカ、オトナをからかうんじゃねェよ」


 ドーラは自身に回されたカラハの逞しい腕をぎゅっと抱き締め、クスクスと笑みを零した。その腕はよく見ると古傷だらけで、何だか切なくなってドーラは睫毛を伏せる。


「……あのよ」


 カラハの静かな声が鼓膜をくすぐる。


「お前は何も心配すンな。お前が此処に居る限り、お前が俺の助手である限り、……俺が絶対にお前を守ってやるから」


 心地良い低い声がするりとドーラの心に流れ込む。秒針の音に混じって、規則正しいカラハの鼓動が聞こえる。


 ドーラはカラハの腕の古傷をそっと指先でなぞり、囁いた。


「守られるだけじゃ、嫌です。──私が傍に居る間は、これ以上所長を傷付けさせません。傷を、増やさせません」


「頼もしいな、俺の助手は」


 ククッと低く響く笑い声が直接、体温を伝って身体を震わせた。何だか恥ずかしくなって、ドーラは火照った顔を見られないよう俯かせる。カラハが身じろぎをし、ピ、という無機質な電子音の後に照明が落ちた。


 ブラインドが閉じられた薄闇の中で、ありがとな、とカラハは囁き、そして──ドーラのまだ赤みの残る耳にそっと口づけた。


「──ひゃう! な、何するんです」


「これぐらい許せよ」


 我慢してんのによ、という呟きは聞こえない振りをした。もう、と言葉だけで怒りながら、ドーラは笑って瞳を閉じた。


 カラハの唇が触れた部分がまだジンジンと熱を持って疼いたが、不快ではなかった。カラハの溜息が少し髪を揺らし、それに心地良さすら覚えてドーラは薄闇にたゆたう。


「いい加減寝るか。お休み、ドーラ」


「ん、おやすみ、なさい……」


 既に意識は身体から離れ始めている。夢見心地で辛うじて挨拶を返すと、暖かなぬくもりに包まれたまま、ドーラはそっとまどろみを、食んだ。


  *


 そしてドーラは、夢を見た。


 それはとても幸福な、──彼の事を初めて認識し、そして彼になら全てを委ねても良いと思った──そんな記憶の追体験だった。


  *




謎だったドーラちゃんのメイド服××未遂事件、理由解明です。

次回も乞うご期待、なのです。



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