笑む女生徒と、滲む暁
*
──『私、あの娘のこと結構気に入ってたの。そう、マイカさんのことよ。
ここからずっと見てたわ。男の人がマイカさんの身体を運んできて捨てるところから、あの娘が怨霊となって目覚めるまで、そう、ずっとよ。
そうそう、関係無いけれど、あの男の人ね、何度か敷地内で見た事あるわ。そこの裏手にゴミ捨て場あるでしょ、そこで時々見たわ。作業員さんっていうのかしら? だから此処のトイレのこととか知ってたのかしらね。
赤ちゃんのこと? 声が聞こえたのよ。ママを助けて、って。だから解ったの。産まれてもないのに、健気ね、子供って。遭ってもないのに自分のママが分かるのね、不思議よね。
そう、それでね。目覚めたらあの娘、ボロボロだったから。悔しくて憎くて仕方無いって、まあ、当然よね。とっても力を欲しがってたから、私、半分ぐらいかしら。分けてあげたの、力。可哀想で見てられなくて。別に半分くらいなら、存在するのに不便は無かったしね。
もっとも、勘違いしてたみたいだったけど。そう私、喰われてなんていないわ。フリしただけよ。わざとなの、私の演技もなかなかのものって事よね。あの娘見事に騙されたみたいだから、そのまま私、喰われた振りして隠れて見守ることにしたのよ。
そこからはきっと知ってる通りよ。
でもね、あの娘、『トイレの花子さん』になっちゃったでしょ? それだとどこまでいっても、仇討ちなんて果たせないから。だって此処から動けないもの。だから不憫で私、ちょっとね、ふふ。
そうよ、探偵の真似事してみたわ。あれはあれで楽しかった。そうしたら女の子がさらわれて、そう。マイカさんみたいな目に遭いそうだったから、私が少し手助けしたの。そこからみんな捕まって、マイカさんの事もちゃんと警察が調べたのね。胸がすっとしたわ。
でもね、マイカさんの身体が見付からないから、罪が軽く済んだのね。だからあの娘の怨みは晴らせなかった、いつまでも、そう今日、あなたが来るまでは、ね。
……ああ、バット? それね、たまたま近くに墜ちていたの。前に小さな男の子達が肝試しに来た事があったから、その時忘れてった物かしらね。私ね、野球というものを一度、やってみたかったのよ。生きてる時には機会が無かったから。だから隠しておいたの。でももうやる機会も無いかもね。欲しいならあげるわ。要らない? そう。
……ええ、此処、取り壊されるのね。居心地良かったのに残念だわ。え、私?
──ああ。やっぱり皆さん、勘違いしてるのね?
私、『トイレの花子さん』じゃないわよ?
トイレで何か儀式やってる娘がいたから、面白そうって便乗してみたの。そしたら私が花子さんって勘違いされたみたいで。面倒だし問題無いから訂正しなかったの。
──夢魔なのよ、私。サキュバスっていうのかしら。……そんなに驚くこと? ううん、まあいいわ。
え、……お相手? 一晩? ……ふふふ、探偵さん素敵な方だし、誘って頂けるのは有りがたいのだけれど。私、殿方には興味無いの。
──女の子が好きなのよ、私。そう、ふふふ。ごめんなさいね』。
*
カラハがバケツとバットをシズヱに託して校舎を出ると、すっかり綺麗になったアスファルトの上に、ぽつんと独りでドーラが立っていた。
ぼうと空を見上げ、やや闇が薄くなり始めた紫じみた色彩を、ただ見詰めている。綺麗に真っ直ぐに伸びた銀の髪が、緩い風に吹かれてさらさらと揺れた。
その光景に少しばかり見とれ、カラハはただ立ち尽くす。
先程、別れ際にシズヱに言われた言葉が脳裏を過る。
──『あの銀の娘、探偵さんと運命で繋がれているわ。私の占い、結構当たるのよ』。ただのあやかしの戯言と取るには、それは得心がいきすぎて。
「……あ、所長」
ゆっくりとドーラが振り向いた。
カラハは下らない思考を断ち切って、笑うドーラに少しだけ笑みを返す。笑おうなんて、意識して笑うのなんて久し振り過ぎて、上手く出来ているかは判らないけれど、それは二の次だった。
「お疲れさん。──帰るか」
「はい!」
そして二人は再び歩き始める。
東の空は、もう暁の炎を滲ませ初めていた。
*
この世は常に視えぬ脅威に晒され続けている。
人にあだなす怪異、あやかし、悪意ある呪術、邪神の復活を目論む異能者達──。一般の人間には決して知覚出来ないそれらは、しかし確実に平和を蝕み現実を脅かそうと、常に暗闇から虎視眈々と狙っている。
それらと日夜戦い続ける者達がいた。人の世の平和を守るべく、霊的な防衛に日々奮闘しているのが『組織』と呼ばれる超国家的対魔団体である。
決して陽向に出る事の無い彼らを待ち受ける運命は、常に苛烈で悲哀に満ちていた。それはさながら、人知れず散りゆく花弁の如く。
それでも彼らは闘い、走り続けるのだ。残酷な未来に抗うべく、信念と決意をその心の内で燃やしながら──。
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──一章:『旧校舎の女学生は穢れを喰らう』終──
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ここまでお読み頂きありがとうございます。
一章はこれにて終了です。
次は登場人物と設定の紹介ページを挟み、幕間の短い話、そして二章へと続きます。
次章以降も更に陰惨な、より猟奇的な事件が彼らを待ち受けています。
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