闇と月とが、出逢った日
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どうもです、初めまして、お久し振りです、こんにちは。
以前ノクタに投稿していた作品を改稿し、この度R15版として新たに表で連載する事に致しました。
グロや暴力、胸糞などの描写が含まれるバイオレンスホラー作品となります。
タグやあらすじの注意書きなどをご確認の上、自己責任でお読み頂ければと思います。
苦手な方はご遠慮を、そしてお好きな方は是非お付き合い頂ければ幸いです。
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男が目を覚ますと、下半身にメイド服姿の少女が縋り付いていた。
時計の秒針の音だけが響く静かな部屋、ブラインドを染める黄昏。事務所の隣のコンパクトな居住スペース、そこに置かれたセミダブルのパイプベッド。
シーツに仰向けに横たわっているのは長身の男だ。ブラックジーンズと黒いシャツを身に着けた浅黒い肌の男は、酷く整った顔立ちをしていた。切れ長の眼にきりりとした眉、さらりと艶のある髪は長く、伏せられた睫毛は薄闇に影を落とす。適度に筋肉の付いた身体はあたかも彫像を思わせた。
窓の外からは微かに街のざわめきが届く。しかし生活感の薄いこの部屋に漂うのは紫煙の残り香だけで、普通の営みとは切り離されたような非日常がこの場を支配していた。
──そんな情景の中、男のベルトのバックルを外し、ジーンズのボタンとファスナーを今まさにメイド服姿の少女が勝手に開けようとしていたのである。
男は少女の行動に内心、面食らっていた。……何だこれは、とまだ意識のはっきりしない頭で考える。
少女は昨日、『組織』から配属されたばかりの男の助手であった。『癒やしの血』という希有な能力を持つその少女は、誰が見てもうっとりとする程の整った顔をしていた。日本人離れした白い肌と銀の髪、手足の長い完璧なプロポーションも相まって、宗教画から抜け出て来た天使と言われても信じてしまいかねない姿をしていた。
そんな少女を『組織』から連れ帰り、物置代わりに使っていた奥の小部屋を急遽片付け、取り敢えずソファーベッドを宛がって別々に眠りに就いたのは今朝方の事だ。
確かに男は夕方に起こすよう少女に頼んだ筈だった。しかし幾ら記憶を探ろうとも、少なくともこんな事をするよう指示した覚えは無い。そんな男の思いとは裏腹に、少女はジーンズのボタンを外し、ファスナーを今まさに下ろそうとしている。
何のつもりなのだろうか。起こす為の行動ならば、的外れにも程があるだろう。声を掛けるなり揺さぶるなりするのが妥当ではないのか。別の目的があるにしても、その目的とは何なのか。成人指定の漫画でもあるまいし、思いつく理由としてはサプライズとかドッキリとかいう類いだろうか……? 男はそこまで考えて軽い頭痛を覚えた。
──だとすれば、センスが無いにも程があるだろう。メイドのコスプレまでして、何をするつもりなのか。顔立ちが良いので似合っているのは間違い無いが、それとこれとは別の問題だ。
男が目覚めている事に少女は一向に気付いていないようだ。しかしだからといって、このまま好き勝手され続けるのはやはりどうにもまずい気がする、と男は心の中で溜息をつく。寝起きの悪い男の感情が、困惑から憤りにも似たものへと傾いてゆく。
この異様な状況に少々うんざりした男は、閉じていた目蓋を上げて冷ややかな視線を些か力を込めてその端正な横顔に投げ掛けた。するとようやく少女は何かに気付いたように顔を上げ、ゆっくりと、そうゆっくりと、視線を男の顔へ移動させた。
少女の銀の瞳と、男の深淵めいた漆黒の視線が、ピタリと合った。時間が、止まる。
「……何やってンだお前」
凍てつきそうな声色だと男は我ながら思った。冷たい空気に、美麗な少女の表情が驚きに固まった。
「……あ、あの、……おは、おはよう、ございまふ……」
緊張にか間抜けにも台詞を噛みながら、男の眼力に気圧され引きつった間抜けな顔のまま、間抜けな挨拶を少女はしどろもどろに返した。
男は無言で手を払いファスナーから手を離すようジェスチャーすると、おもむろに右膝を曲げる。
「一つ、教えといてやる。俺ァな」
そして寝転んだまま、顔を上げ戸惑う綺麗な顔面を──力一杯、蹴り抜いた。
「──寝込みを襲われるのが、一っちばん、嫌いなんだよッ!」
男の足裏にグシャリ、と柔らかく重い感触が広がり、次いで髪の毛であろうさらりとした触感と空気の流れを残し、メイド姿の少女は無様な格好で見事に吹っ飛んだ。
「はぎゃあ!?」
綺麗な外見に似つかわしくない汚らしい悲鳴を上げ、宙を飛んだ少女は壁に激突しずるずると崩れ落ちる。
「は、ぎ……」
男が起き上がって見遣ると、不幸にもタイミング良く舌でも噛んでしまったのだろう、床に転がった少女の半開きの口からは想ったよりも多量の血が流れ続けている。
──勿体無ェな、と溜息を吐いて立ち上がる。男は床で悶えながら緩慢にのたうつ少女に歩み寄った。おい、と声を掛け足先で突っついても意味の無い濁音を唸るだけで、どうやら意識が一時的に混濁しているらしい。
「やれやれ……面倒臭ェな」
苛々を募らせながら呟くと、男はおもむろに床に片膝を突いた。手を伸ばしてメイド服の胸倉を掴み、無造作に少女を膝立ちにさせると、その白目を剥いた頬を強く張る。無論、先程蹴ったのとは反対側の面だった。
「はひいぃいぃ!?」
パシィ、と小気味良い音と悲鳴が重なる。血飛沫を散らしながら少女が覚醒し、ようやく男の黒い瞳と焦点が合った。
「すぐに意識飛ばしてンじゃねェよ。手間掛けさせんな」
突き放すような男の言葉にこくこくと頷きながら、少女はその銀めいた灰色の瞳からボロボロと涙を零した。鼻からは鼻血がとろりと垂、頬は赤く腫れ始めている。そして唇から血液が溢れ白いエプロンを赤黒く染めていく様は、どう贔屓目に見ても悲惨という言葉がピッタリだ。
「す、すみば……せん……」
「謝罪はいい。それより」
男は掴んだ胸倉をより引き寄せ、血で濡れる少女の唇に自分の口を近付ける。意図を察してか、鼻を啜ると少女はそっと眼を閉じ真紅に彩られた唇を軽く開き、鮮血にまみれた舌を突き出した。男は無造作に唇を重ねると、遠慮無く舌を口内で絡ませ、そして血が流れ出続ける少女の舌の深い傷を思い切り吸い上げた。
「──っん、ふ、……ぁ、んく」
じゅるじゅると男は少女の血を躊躇無く啜り、苦痛と官能の入り交じった呻きに耳を貸すことも無い。こくん、こくん、と喉を鳴らして男は血液を二、三度飲み下し、ようやく苦しさと恍惚に喘ぐ少女から唇を離した。ついでに胸倉を掴んでいた手も、用は済んだとばかりに無造作に離す。
掴んでいた手から解放されると、少女は床に崩れ落ちる。気にもせず口許を手の甲で拭いつつ、男はゆっくりと立ち上がった。
「お前の血は貴重なんだから、無駄に流してンじゃねえよ」
「あ、……はい」
床に手をついて身を起こそうとしていた少女が、そんな言葉に少しばかり、嬉し気に微笑む。その笑顔はグチャグチャのベトベトのボロボロで、一瞬要らぬ考えが男の頭をよぎらないでもなかったが、これから仕事をしなければならない境遇を思い出し、自重を決め込む。
『癒やしの血』の効能か、幾分かすっきりとした頭を振り、男は少女から離れつつ指示を飛ばした。
「さっとシャワー浴びてくるから、お前が汚したそこ、片付けとけ。時間があったら今晩の仕事の資料の用意もだ」
「はいっ」
慌てて返事をする少女はオタオタと自分の血をエプロンで拭うと、おぼつかなげに立ち上がりキョロキョロと何かを探して部屋を見回している。一つ溜息を吐いた男は、浴室に向かう足を止めずに声を投げる。
「──床の血はアルコール仕えば綺麗に取れるから、そこのウェットティッシュで拭くといい。それからお前も着替えとけ、そのふざけた格好じゃア仕事にならねェ」
「は、はい! ご主人様!」
つい癖で出たのであろうその言葉にうんざりと振り向き、苛立たし気に男は吠えた。
「ご主人様じゃねェよ、この間抜け! お前は奴隷でもメイドでもねェ、助手だっつってンだろうが! 俺の事は所長って呼べ、解ったか!?」
男の叱咤に少女は一瞬キョトンとし、そしてニッコリと満面の笑顔を浮かべる。
「は、──はいっ! 所長っ!」
嬉し気に返事をした少女の怪我は、もう血が止まり腫れが引き、すっかり治り始めている。『癒しの血』の効果は覿面のようだ──男はその様子に舌打ちし、シャワールームのドアを乱暴に閉めたのだった。
──これが、組織から新しく男の助手として配属された少女ドーラ・チャン・ドールと、眞柴特殊探偵事務所の所長たるマシバ・カラハとの、記念すべき初仕事のスタートの様子である。
それは如何にも騒々しく、これから二人に降りかかるであろうトラブルを予感させるに充分なものだった。
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この作品は以前、裏でR18・R18G作品として掲載していたものをR15に改稿したものです。
某所でR15に改稿して投稿していたのですが、諸事情により非公開にせざるを得なかった経緯がありまして、更に修正を加えてまたなろうで公開する事にした次第です。
伝奇的世界でのダークなバイオレンスアクションホラーとなっております。
お好きな方は是非、お付き合い下さいませませ。
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またこの作品は、表で連載中の『咲け神風のアインヘリア』の主要キャラ、カラハが主人公として活躍する話です。
カラハが大学生だったアインヘリアから約十年後の設定となっております。また、アインヘリアの主人公でありカラハの相棒でもあったナユタが重要なキャラとして登場します。
他にも表の『ノスフェラトゥ』『グリムリーパー』などを始め、ノクタやムーンでも幾つかの作品が同じ世界観の話となっております。
ご興味が湧きましたらそちらも覗いてみて下さると嬉しいです。
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