夢
第5回文部科学省全国高校生防災作文コンクール最優秀作品賞は「戦車雨」高校2年天宮波瑠さん。名前を呼ばれた私は複雑な気持ちを抱きながら壇上に上がる。賞状をうけとるとパシャパシャとカメラのライトが光る。眩しさに目を細めるとマイクを持った女性が私にいくつか質問してきた。「授賞された感想を聞かせて下さい」私は掌を強く握りしめた。「あまり嬉しくありません」ぼそっと呟いた。女性はやや引き攣りながら更に別の質問をしてきた「授賞した喜びを誰に1番伝えたいですか?」私は俯きながら震える喉の奥を押しつけ小さな声を出す。「伝えたい人は、、、、、いません、、、」その瞬間全てが静まり返っていた、、、。
こんな最悪な作文はその年話題になり何度もマスコミに取り上げられた。挙句少し加筆を加えて短編の本を出す事も決定した。(最悪だ!もう書きたくない。)学生姿の私が悪態をついている。だがそれがきっかけで私は作家として小説を書き現在物書きの仕事を続けているのも事実だ。実に複雑な心境だなと学生姿の私を眺めながら納得する。
「ポーン!」
「この飛行機はまもなく羽田国際空港に着陸いたします。背もたれを元の位置に戻しシートベルトの着用をもう一度ご確認下さい」
重い瞼をゆっくり開ける。(あぁ、またあの時の夢かー)ぼんやりと窓の外を眺める。地面には無数の光がキラキラと輝いている。やっぱり東京の夜景は綺麗だなー。空港着いたら何処かで食事を済ませて早めにホテルにチェックインしよう。やっぱり日本食かしら!うーん何にしようかな?寿司?天ぷら?でもホテル着いたら寝るだけだし、、、よし、軽めにお蕎麦にしよう!でもやっぱりエビ天もつけちゃおうかな!久しぶりに食べられる日本食にテンションがあがる。ウキウキしながら帰国手続きをして手荷物が流れてくる間何処のお店で食事を取るか考える。手荷物を受け取り空港のゲートを通過すると直ぐに携帯が鳴った。
「おかえりなさい。ゆま先生!手荷物受け取った頃ですか?」
担当編集者兼マネージャーの森元君からだった。「だいたいそんなところよ。空港で食事してからホテルに行く予定だからあしたの予定はメールかLINEで送ってくれると助かるわ!」わかりました。取り急ぎご報告で明日は朝から少し相談があるので10時にホテルのラウンジでミーティングをお願いしますね」明るい声で言われた。毎回こんなテンションの時は無茶苦茶なお願いをされる事が多く気が進まない。
「あー内容次第だからねー」私は軽く牽制しておいた。
「わかってます!ではまた明日」
なんだか帰国早々騒がしい。森元君は私の高大時代の同級生で現在は大手出版社の編集者兼私専属マネージャーになってもらっている。作家と編集者の関係になってからは「波瑠ちゃん」とは呼ばずゆま先生と呼ぶようになった。学生時代からの仲もあり森元君の要望もある程度聞くが私の我儘も聞いてもらっている。まあ、持ちつ持たれつな関係だ。今回の上海滞在も1年間の間何度も彼には来てもらい交渉してもらい取材する事ができた。いつも我儘を聞いてくれる森元君には感謝している。(あまり酷いお願いじゃなかったらいいなあー)明日のスケジュールに淡い期待を込めて素早く食事を済ませタクシーでホテルに向かった。
朝起きて早めに朝食をとり約束の時間までラウンジでコーヒーを飲みながら書き途中の原稿に目を通すためパソコンを開く。修正が必要な文章を書き換えながら読み直すを繰り返す。パソコンでの読み直しはすぐに目が疲れる。目を休めながら作業をしていると森元君の元気な声が聞こえた。「おはようございます。ゆま先生!朝から捗ってますね」彼は向かいの席に腰掛けてホールスタッフにコーヒーを注文した。「ごめんなさい。もうこんな時間だったのね」私はパソコンを一度片付けようとしたが止められた。「まだ10時まで30分くらいありますからキリの良いところまで大丈夫ですよ。僕も雑誌を読みますから」おもむろに鞄からスポーツ雑誌を取り出して読み始める。「森元君相変わらずスポーツ好きね。サッカーの雑誌?」パソコンを打ちながら森元君をちらっと見た。「いえ、今日は野球の雑誌です。ゆま先生は日本人メジャー選手の高梨涼太って知ってます?」森元君に聞かれて首を横に振った。「ゆま先生相変わらずスポーツと芸能に弱いですね」クスクスと笑う。「悪かったわね。疎くて!」「ま、そこが可愛いところですよ!」何故か慰められた気がする。(くやしいっ!)
「で、高橋なんちゃらがなんなのよ!」イライラしながら尋ねた。「いやだから高梨涼太、今、日本人で1番活躍しているメジャーリーガーです。この雑誌のインタビュー記事に書いてあったんですけどね怪我や手術をした年以外は試合がオフシーズンになる時期に母校を必ず訪れてるんですって。プライベートジェットで!一回のフライトの費用ってどれくらいなんでしょうね?
「ゆま先生今度の作品はプライベートジェットを持ってる金持ちの話なんてどうでしょう!」
「、、、却下します。」
10時になったので私はパソコンを閉じた。森元君も見ていた雑誌をしまいスケジュール帳を取り出す。それから簡単に今受けている仕事の締め切り日と先方からのおおよその希望などを時系列で説明してくれた。私は自分のスケジュール帳と携帯のスケジュール帳両方に予定を書き込んだ。だいたいの予定が分かりこれなら連載中の小説の新刊にとりかかれそうで安堵からほっと息を吐いた。すると森元君がやや緊張した顔で急に頭を下げた。
「先生、お願いがあるんです。実は再来年公開予定の映画に先生の作品『22年目の恋』を原作で使う話が出ていて、、、ドラマ用に脚本を作るのにキャストのイメージのすり合わせや内容のチェックをして欲しいそうなんです。2ヶ月に一度程度定期的な打ち合わせが入ったりするようですが、、、この仕事受けてもいいですよね!」手を擦りながら拝むように懇願する。
「あーあの作品ね!まぁ、そんなに頻繁な打ち合わせじゃないなら取材旅行も入れられるしokよ!」
親指と人差し指で丸を作り彼を安心させた。森元君は一度大きく息を吐き嫌なくらい爽やかな笑顔で爆弾を投下してきた。
「okしてくれてありがとうございました。では急ですが明後日JPテレビでの明野千夜子さんが司会している番組に出演して頂きます」
「はっ?」
そして2週間後雑誌の対談とラジオの収録など映画関連の仕事が色々入っていますからよろしくお願いしますね!」
「えーそんなに忙しいならやっぱり映画の話は無しにしたいんだけどー」
すがる気持ちで森元君をちらっと見ると憎らしいほどの笑顔で切り捨てた。
「先生残念!すでに言質とりました」
嬉しそうにレコーダーをテーブルに置いたのを見て「またやられたわ!」今回も彼の戦略に引っ掛かり泣く泣く受けることになってしまった。(JPテレビかぁー)少し憂鬱になり小さくため息をついた。