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愛の重い男たち  作者: 岬葵
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雨上がり

あの日大切な家族を失い私はひとりぼっちになった。


あの年の梅雨はやけに雨が多かった。7月始めには月の総雨量が観測史上1位になり連日記録を更新していった。数日続いた雨は警報が繰り返し出て非難しては杞憂に終わりまた自宅に帰るを繰り返していた。警報に慣れだした町民は警報を知らせる数回程度の無線では非難をせず自宅非難を選択する家庭も増えた。

あの日珍しく太陽が顔をだした久しぶりの朝は暖かさに胸が弾む。境内の掃除後すぐに弓道場に向かうため先に着替えを済ませた。長い髪は高めの位置で一本に結び仕上げにいつものリボンを結んだ。動く度に揺れる小さな鳩の飾りはうちの神社のものでお守りだ。庭に出ると数日続いた雨で石畳にはたくさんの葉や枝が落ちていた。夏の日差しに心地の良い暑さを感じ張り切って竹箒で石畳を掃く。神社の隣にある高校からは朝練に来ている生徒達の声が響いていた。今年も甲子園の出場が決まったらしく天候の良い日は毎回練習に当てているようだ。あと数日で開会式が始まるので最終調整と言ったところだろうか。うちの神社の長い階段も選手の訓練に利用しているらしく掃除をしているとたまにすごいスピードで駆け上がる選手を見かける事がある。私は弓道をしているがあんな厳しい練習ではない。しかしあの軽く100段は超える階段を全力でかけ上がるなんて純粋に尊敬する。あの階段を便利だと思ったのは小学生の頃に友達とグリコをして遊ぶ時だけで毎日の登り降りは辛いだけ。まあ足腰だけは丈夫になったことは良かったけれど。

階段を見下ろすと今日もさっそく1人階段ダッシュをしてくるようだ。私は邪魔にならないよう端により彼が走り過ぎるのを待った。駆け登ってきた青年は登りきった階段をすぐには降りず鳥居の前で一礼して石畳を早足で進み本殿に向かってお参りをした。きちんと帽子を取り頭を下げ手を2回叩く。少し長めのお願いはきっと甲子園大会の願いだろう。お参りが終わり鳥居でもう一度頭を下げた青年に「ご苦労様でした」と小さく声をかけた。青年は少し照れくさそうに微笑んでまた階段を駆け降りていく。私はぼんやりと階段を駆け降りていく青年を見ていたがその瞬間どこからか「ゴォーゴォー」という不気味な音が聴こえて驚いた。聴いた事のない音は辺り一帯から唸るように響き何かが起きる嫌な感覚があった。鳴り止まない音に警戒しながら辺りを見渡していると階段の中腹辺り、先程青年がいた辺りがひび割れて大きく亀裂がはしった。一瞬の事で慌てた私は箒を投げ捨て青年がいたはずの辺りまで階段を慎重に降りた。嫌な予感は当たるもので青年は階段の亀裂に身体を挟まれ腰の辺りまで埋まっている状態で顔をゆがませていた。

「大丈夫?今助けるから待ってて」何か掴めるものはないか考え、投げ捨てた竹箒が使えると慌てて階段を駆け登った。また何処かゴォーと言う地響きが聴こえる。一瞬本殿にいる祖父と両親が心配になったが建物は大丈夫そうで安心した。(早く助けなくちゃ)

焦る気持ちをできるだけ落ち着かせ箒を取りもう一度階段を駆け降りる。私は辺りの地盤が安全か確認して青年に声を掛けた。

「何処怪我はしていませんか?身体は動かせますか?」顔を歪めながら青年は答えた。


「片足が痛いくらいで他は動かせそうだ、手を貸してもらえるか?」


「もちろん!この竹箒を掴んで這い上がれそう?」


「君が上から引っ張ってくれれば何とか上がれそうだ」

私は青年が竹箒を掴んだのを確認すると力いっぱい引っ張った。額から汗が垂れたが気にしていられなかった。何度か同じ動作を繰り返すと青年は亀裂から脱出する事ができ私は安堵した。亀裂から脱出した青年は良く見ると左足が痛むようで顔を歪めている。(この深さは落ちたら骨折かもしれない)私は青年に近づき足の様子を見る。青年はくやし気に言い捨てた。

「あーくそっ、せっかくの甲子園なのに!これじゃ出場できない!しかも骨折なんてっ!これで俺の夢も今までの努力も全て失うのか!こんなのないっ。あーくそっ神様なんかにお願いなんかしなければ良かった。いったいなんの仕打ちだよ!」

青年は悔しさで感情を抑えられず暴言を吐き続けている。見かねた私は青年に向かって静かに声をかけた。


「毎日努力してきたから大会に出られなくて悔しいですよね。でも神様は乗り越えられない試練は与えません。今回は無理でもきっと乗り越えられます。悔しさや悲しみは言葉に出してはダメです。悔しさは何かに書いて捨ててしまい前向きな言葉だけ口に出しましょうよ。そうすれば必ず進むべき道が見えてきます。」「、、、、、」「ふふふ、これは祖父に良く言われていた言葉ですがが、、、、だからまずは怪我の治療をしてもらうために学校にもどりませんか?」

青年は少し落ち着きを取り戻したようで静かに頷いた。それから近くに生えた枝をおり髪につけていた組紐で作られたリボンをほどき足と枝を固定した。これで少し支えてあげればグラウンドまで歩く事ができるだろう。本当は境内の横の柵を飛び越えるのが一番早いのだが彼の足では難しい。少し時間はかかるが下に降りて学校正面から行く事にする。ところどころ地面に小さな亀裂があり注意しながら青年を支えて歩く。「ごめんな。さっきは動転してて、、、助けてくれてありがとう」青年は申し訳なさそうに謝った。

私は控えめに笑い他の皆さんも無事だといいですねと青年を支えながら励ました。

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