一緒にいることだけが愛じゃないよねって話
「あのね、聞いてほしいことがあるの」
「なあに?」
「パパとママね、別々のおうちに住むことにしようと思うの」
首を傾げるこの子の顔が、ぴったり彼の面影と重なった。
何度も話し合いを重ねた日々。その果てに、やってきた今日。
「……私たち、離れた方がいいわ」
苦しかった。辛かった。
私たちと、自分のしたいこと、で板挟みになっているあなたの表情が、感情が、苦しみが、痛いほどに流れ込んだこの数年。
あなたと、ずっと一緒にいたい。
でも、もう、苦しんでほしくない。こんなにもこんなにも痛い思いをしているのに、手を掴み続けるなんてそんなこと、できるわけなかった。
「私のことなら、大丈夫だから」
「……」
「だからもう、自由になって」
いつからか、噛み合わなくなってしまった歯車。
でもそれはきっと、噛み合わなくなってしまったのではなくて、噛み合うべき時代が終わったということなのだろう。
首を傾げたままのこの子の髪をそっと掬う。
「すきなのに、いっしょにいないの?」
「そう。好きだから、一緒にいないことにしたの」
「まだわからなくてもいいの。でもね、決して仲良しじゃなくなったわけじゃないってことを知っててほしいの。一緒に住んでなくても、パパとママは家族になれて、あなたが生まれてきてくれて本当に良かったって思ってることを、忘れないでほしいの」
ぎゅう、と、小さな体を抱きしめて呟く。
「ママね、パパのこと、本当に好きなの……」
「……?」
「パパね、これからもっともっとすごい人になるよ。今もかっこいいけど、もっとかっこよくなっていくよ」
「ぼくも、パパ、すき」
「そうね。ママも好き。だからね、ママはちょっと遠いところから応援することにしたの。本当に、大好きだから」
涙をこらえて、彼とおんなじな黒髪を撫でた。
ほとんど祈りのような感情を込めて。
「ママ、2人のこと、心から愛してる」