畑と魔物
ボロネーズ修道院の北側の塔の裏手には人があまり来ないらしい。草は生え放題で足場も悪く、ゴミ捨て穴まで行き来するだけの小道が辛うじて繋がっているだけだった。
(まずは草刈りからね!)
日当たりの良さそうな場所を選んで、物置小屋から探
してきた大振りの鎌を使い、ザクザクと草地に切り込んで行く。
(今日の所はひとまず一区画分耕せれば良しとしましょう!誰か呼びに来るまでここに居てもいいわよね?!)
無心で鎌を振り続けていると、建物と反対の茂みがガサガサと音を立てた。
リナリアは静かな動作で立ち上がると、茂み向かい鎌を掴み直した。
(…魔獣も出るって言ってたわね…凶暴化してないといいんだけど…)
魔素の濃い土地では野生動物が魔獣化する事が度々ある。
体内に溜まった魔素を上手く魔力に変換し、過剰な魔素を角や牙や爪などとして固めておける物は、どんな小動物でも魔物になれる。魔物の生態は他の野生動物と何ら変わらないが、知能や身体能力が高くなる為、群れのリーダーや広い縄張りを持つものが多い。
しかし、上手く魔力と馴染まなかったり、急激な魔物化に順応できず体内に留めてしまうと、魔力が暴走して本来の姿を失い魔獣となってしまう。更に凶暴化するとあたり構わず何にでも襲いかかって来るようになってしまう為、討伐が必要になる。
茂みの音どんどん激しくなり、やがて何かがリナリアの前に飛び出して来た。
「ガウッ!!」
それは一匹の青い毛並みの狼だった。耳の後ろにヤギのような角が2本生えてる。
「ルーー!!来てくれたのね!?」
それと同時に空から聞き慣れた鳴き声も近付いてきた。
「ヒュルルルル!キューーー!」
「コーネリアスも!?ルーを追い掛けて来たのね?!ありがとう!」
リナリアは2頭を抱きしめて思い切り頬ずりした。
「谷を超えるのは大変だったでしょう?あなただけじゃ橋は渡らせてもらえなかったはずよ、ここまで探しに来てくれて本当に嬉しいわ!」
ルーは鼻を鳴らしながらリナリアの周りをグルグル飛び跳ねた。
「先に兄さん達に私は無事だって知らせたいけど、書くものがないのよね…そうだ!とりあえずコレに書いておきましょう」
リナリアは手元にあった物に、木の枝で短く何か書き付けると、コーネリアスに手渡した。
「これを兄さんに届けてね!」
コーネリアスはそれを掴むとヒュウッと一鳴きして空に羽ばたいて行った。
「よーし!私は畑の続きよ!」
リナリアが草を刈り、固い根っこなどはルーが掘り起こす。相棒がいるだけで作業はすこぶる捗った。
しばらくすると、草むらにぽっかりと四角い空間が現れた。
「次は耕すわよ!!」
リナリアは鍬を振り下ろし、土をどんどん耕して畝を作っていった。
ルーは途中で出てきた木の根や石を掘り出してリナリアを助けてくれる。
「2人(?)でやると早いわね?!」
一休みしているとコーネリアスが戻り、荒い紙の束と鉛筆を持ってきてくれた。
「ありがとう!これでいいわ、早速兄さんに手紙を書くからまた持って行ってちょうだい!」
「ピュルルーー!」
再びコーネリアスに手紙を託し、飛んで行くのを見送ると、今度はゴミ捨て場の苗を回収しに行く。
「生ゴミがみんな捨てられてるからいい堆肥になってるのね!後で掘り返して畑に撒きましょう!っ見て!ルーこんなに太ったミミズがいたわ!!豊穣神の御使いよ!?この子には畑の主になってもらいたいわね!」
そんな事を話しながら、丁寧に苗を集めていく。
「最初は植え替えの難しく無い豆類とウリ科の苗ね!トマトとナスは次回でいいかしら?レモンとリンゴは古い植木鉢を見つけたからそっち植え替えて…ジャガイモはもう芋になってるからこのまま収穫してしまいましょう!!」
水を撒き、苗を植え、支柱になりそうな枝を添えてツルを巻き付けていく。
苗木は植木鉢の底に石を敷き、堆肥を詰めて根を傷付けないよう植え替える…
ジャガイモは周りの土をスコップで持ち上げてから葉っぱを引っ張ると、ゴロゴロと大きな芋がいくつも顔を出した。
「なんて大きなお芋!それにこんなに沢山!これなら種芋を残してもしばらく食べられるわね!あら?よく見ると種類が違うわ!食べ比べてみましょう!」
辺りがうっすら暮れてくる頃、いつの間にか姿を消していたルーが、大きなウサギを咥えて藪の中から戻って来た。
「まぁ!!凄いのが捕れたのね?!すぐに捌きましょう!」
リナリアは嬉しそうにポケットからナイフを取り出して言った。
「狩猟用の腰鞄を持ってきてて本当に良かった。これさえあればウサギくらいならいつでも解体できるもの!」
リナリアはルーからウサギを受け取ると、静かに手を合わせて祈りを捧げてから、水桶の所に持って行った。
「中身(臓物)はルーにあげるね?!」
「ガウッ!!」
ウサギは血を抜いてから腹を開いて中身を掻き出し、水で洗ってから足首を落として皮を剥がし頭の骨を外す。
皮に残った繊維を削り取りながら、ふと臓物の入った桶に目をやるとキラリと光る物が見えた。
「このウサギも魔獣化してたのね!魔石がこんなに育ってる…苦しかったでしょうに…」
小指程もある魔石を拾い上げるとまだじんわりと温かった。暗褐色の魔石は洗ってポケットに入れる。
魔石は浄化の魔法を掛けながら磨くと本来の色を取り戻すという。浄化した魔石は魔道具と呼ばれる特殊な装置を動かすのに用いるため、国が買い取ってくれる。
人間の中にも魔力を持っている者は居て、そういった仕事を専門的に行っているらしい。が、大体は高位貴族で、所謂“特別な能力”を持っている者達のする事なので詳しくは知らない。稀に平民でも魔力持ちが産まれることがあり、国の保護を受ける事があると聞くが、リナリアには縁遠い話だ。
捕れた魔石がお金に代わるならそこの所はどうだっていい。
ウサギの解体が終わる頃には辺りはすっかり暗くなってしまった。
洗い場の扉から中を覗くと、すでに食事が始まっていた。
「今から行っても目立つだけだし、ここで済ませてしまいましょ!」
下ろし立てのウサギ肉を手際良くを切り分け、欠けた植木鉢を火鉢代わりに、肉を串に刺して焼いていく。
ついでに台所からこっそり持ってきた塩と小鍋で、ジャガイモも茹でる事にした。
「はぁ〜美味しい!お肉が柔らかで芋との相性バツグンね!」
「ガゥゥ!!」
「食べたらまたメリッサの所に戻らなきゃ…ルーは外で大人しくしててね、誰かに見つかっちゃダメよ?!」
「グルル!」
ルーとリナリアはお互い満腹になると、火の始末をして森と塔の中へ別れて行った。