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三乙女の聖女





元子爵令嬢の前代未聞の裁判から数日後。

今度は、騎士団と貴族子息が決闘する!という噂が王都中に広がった。

ただの噂かと思われたが、いつの間にか市井のあちこちに決闘者の名前と、開催される闘技場と日時が張り出され、新聞にも載せられた。

そしてその当日。



「ホラ!起きて下さい。早く支度しないと間に合いませんよ?!」


「ちょっと待ってくれ…今、なんだかすごく幸せな夢を見ていた気がするんだ……あんな未来が待ってるなら命が掛かっててもいい……」


「寝ぼけてないで!さっさと朝食食べて着替えますよ!?今日こそは正装していただきますからね!!」


アルバトロス邸では朝からバートとジェイがバタバタと支度に手間取っていた。


「兄さん、負けたら一族の恥よ?!」


「何が何でも勝ちなさい!」


叔母と妹の辛辣な言葉を聞き流し、ジェイは馬車に詰め込まれ闘技場へは運ばれて行った。

着慣れない騎士服はゴワついて好きになれない。

磨かれた革靴も、カフスもエポレットも出来るなら今すぐ脱ぎ捨ててしまいたかった。


(一生で一度切りにして欲しいな……)




広い闘技場には人が詰めかけ、平民も貴族もこの決闘を一目見ようとごった返し、街中を巻き込んでお祭り騒ぎとなっていた。


正騎士と認められ騎士団へ入る前の青年騎士達がザッと50人。

高らかなラッパの音と黄色い歓声と共に、颯爽と闘技場を一周し観衆に手を振りながら整列する。


対する貴族子息はたったのひとり。

どこか野暮ったく、マントが引っかかって転びそうになっている。


中央で騎士団の宣誓が終わると、騎士団総括のアルバトロス侯爵が現れ、決闘の内容を読み上げた。


「これより騎士団青年隊とジェイ・ボーデン伯爵令息つによる集団決闘を行う。半数以上が敗退した時点でジェイ・ボーデンの勝利、また騎士団が全敗した場合は青年隊の解体とする。双方存分に振るうが良い!」


元より見習い騎士達の愚かな行為の尻拭いであるが、やはり面子が潰れるのは国を支える騎士団にとってよろしくない。

ここは愚か者達への見せしめと、正式な決着を示すのための舞台であり、ジェイに課せられる罰則は全く無い。


(それが不満な連中も多いんだけどな……)


勝ち抜きの場合、後の方に強者が置かれることが多いが、今回は先頭に青年隊の副隊長が出張っていた。

マントを預け、中央へ立つと物凄い顔で睨み付けてくる。

構えの合図でお互い武器を抜いた。


「アルセインの敵、改めて討たせてもらう!!」


「だったらこっちは謝罪してもらおう…お前が怖がらせた相手に、誠心誠意、這い蹲って頭を下げろ…」


開始の合図で、二人は同時に踏み込んだ。

ジェイの武器は相変わらず見栄えのしない棒。

しかし、今回はそれも金属製。

それをくるりと回し、ちょっと振った様に見えた…その直後、相手のレイピアがその手から消え、気がつくとジェイの対戦相手は腕を押さえてのたうち回っていた。

時間にしてものの数秒で一人目の決着が着き、客席からは歓声が上がった。

二人目も三人目も、1分と持たずに吹き飛ばされてしまう。

10人目程からは数人がかりで掛かって来たが、何人束になっても剣の先すら届かない。


あっという間に40人以上を打ち負かし、残りの数人はあっさり白旗を揚げ棄権し、負けを認めてしまった。


アルバトロス侯爵は、鋭い目付きでその様子をじっと眺めながら「お飾りの腰抜けばかりが…」と嘆くように呟いた。


「勝者ジェイ・ボーデン!!」


割れんばかりの拍手と歓声の中、ジェイは居心地の悪さからワタワタと裏に引っ込んでしまった。 


そこからは本物の騎士団による演舞や馬術の実技披露で観客を楽しませ、未熟な見習いの鍛え直しと騎士団の今後の活躍を宣言し、民に頭を下げて終幕したらしい。


ジェイは対戦が終わると、すぐに着替えて闘技場から飛び出していた。



「あっさり勝ち過ぎて見応えがなかったわ」


「あの程度なら100人でも良かったのでは?魔物相手の方が余程手こずるでしょうに」


「何かポカするかと思ったけど…兄さんらしくないわね」


「家族の反応が、辛辣を超えた!?」


そこへアルメリア夫人が現れた。


「ジェイ!お疲れ様。お義姉様はああ仰るけれど、中々出来ることじゃないのよ?!胸を張りなさい」


「母さん…ありがとう…」


「次は聖女の儀式で剣の役ですってね。頑張ってらっしゃい!?」


「は?へ??」


アルメリア夫人曰く、10日後に行われる聖女認定の儀式で、国を上げての初の聖女の専属護衛として、騎士の一人として式典に出ることになったらしい。


「そういうのは早めに言って欲しかった…」



それから10日後。

朝早くから街中に花が飾られ、式典と祭りの準備で街は大賑わいとなった。

立ち並ぶ屋台。聖女の姿に扮した子供達が走り回り、異国の行商人や大道芸人なども大勢やって来た。


大聖堂の広場には大掛かりな舞台が出来上がり、その上で聖女達が国の繁栄を祈り、人々に祝福を授ける事になっている。


「うぅ……緊張する……」


「足が…足が震えて立てません……」


「堪えなさい…夜には開放されますから…その後の特盛パフェを支えに……」


((パフェで踏ん張れるのはシルヴィアだけでは?!))


「大丈夫よ!3人共すっごく素敵だもの!皆がお祝いしてくれるわ」


白く厳かな衣装を纏い、特別製の手袋をはめるた3人を、リナリアが抱きしめ、4人は顔を見て微笑み合った。


「よし!行きましょう!」


「トチらないよう祈ってて!」


「それでは、参りますよ!?」


大掛かりな魔道具の装置が動き、迫り上がる舞台に立った3人が民衆の前に現れると、破れんばかりの拍手と喝采が起こった。

国王が現れ、祝辞を述べると、聖剣を掲げた騎士達が跪き、中の一人が聖女達に手渡す。


(ジェイ様?!)


(顔色わっっる!!)


(笑いそうになるのでぷるぷるするの止めて下さい…)


(早く受け取ってくれぇ………)


聖剣については、教会には詳細が伝わっている。

今日のためにアルメリア夫人とバートが寝る間も惜しんで改良した超強力魔力遮断手袋を聖女の正装としてねじ込み、聖剣はリナリアにギリギリまで触らせて置き、魔力の無いジェイが運び役となることで、魔力皆無状態を保ったまま3人に渡った。


スラリ…と3人の手によって引き抜かれた眩い聖剣は陽の光を受けて更に輝き、再び歓声が上がり、国中に聖女の誕生が知らされた。


その後は舞台の上で祈りを捧げ、半日かけて王都中をパレードし、立食のガーデンパーティーで貴族達に改めてお披露目され、夕刻に花火を打ち上げて3人はようやく開放された。

街はこのまま3日程祭りを続けるそうだ。


リナリアは一足早くアルバトロス邸へ戻り、いよいよ領地へ帰る支度を始めていると、叔母のアイビーに捕まった。


「リナリア、よく聞きなさい。今夜、マーロウがシルヴィア嬢にプロポーズするわ!」


「え?!!」


「ロビンスも、この機会を逃すまいと、婚約を切り出すそうよ…」


「そ…そうなのね…」


「そこでなんだけど、リナリア…あなたには3人が帰って来たら足止めと誘導をお願いするわ。一生に一度の特別な瞬間をなんとしても成功させるのよ!!」


「はいっ!わかりました伯母様!私、頑張ります!!」



かくしてその夜、アルバトロス邸では3組の婚約が整い、次の日から大忙しとなるのだった。







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