リナリアとルナリア
「わたしは悪くありません!信じて下さい!怪しげな魔法を使い、私達を殺そうとしたのはあの女です!」
静まり返った裁判所に、甲高い少女の声が響いた。
渡城の翌日、両親は朝からアルバトロス邸で、長男と共に書類仕事に追われていた。
ここからの裁判は当事者だけで十分と言われ、リナリア、ドロシー、メリッサ、ジェイの4人は、王城から離れた一般の裁判所へ呼ばれて来た。
(シルヴィアは?!)
(大事な話し合いがあるから来られないって…)
控えにはバートがいて、4人が何か粗相をしないか見張っている。
簡素なホールに、書記官と裁判官が現れ、裁判長が席につくとギャベルを鳴らした。
傍聴席には人がほとんどおらず、後ろにはやつれた顔の男女が座っているだけ。
罪人席には、簡素な衣服に手枷を付けた男達が20人程と、同じ様な姿の少女がひとり。
「これより、ボーデン領ボロネーズ修道院にて行われた不正についての裁判を行う!」
俗世を離れ、心静かに神に祈り、慎ましく暮らす事を旨としている修道院に入り込み、長年に渡り不当に利用してきた罪は軽くは無い。
彼らは領主の許可を偽造し、慰問とは名ばかりの訪問を繰り返し、若い修道女達を口説いて弄んだ上に、危険な魔石の精製までさせていた。
実際に、魔石の研磨中に怪我をした者もいたらしい。
「領主代理として述べます!彼らは魔導師という立場でありながら、危険な魔石の研磨を無償でシスター達に行わせていました。更に魔素避け、魔獣避けを改造し、隣接する森に魔素を垂れ流し変異させています!領民を危機に晒し、領地を穢した罪はなんとしても償ってもらう!こちらからは彼らの資格の剥奪と、魔素に侵された領地の復興費用の負担、それから東側の辺境四領への立ち入りの一切を禁じて頂きたい!」
「すごい…練習した甲斐があったわね兄さん」
「カンペ様々ね」
「ちょっと黙ってて……」
今回の裁判は、事件の発覚直後に貴族籍を抜かれ、既に平民となった達の刑罰を決めるもので、忙しい当主に代わり、ジェイが責任持って見届ける役目を押し付けられていた。
「待ってくれ!我々はただ言われた通りにしただけで…」
「こんな事になっているとは知らなかったんだ!」
「上の者に逆らえなくて…頼む許してくれ!」
口々に騒ぐ罪人達を、兵が押さえ付けている。
それを見ていた裁判官は大きなため息を付いた。
「静粛に……そもそも修道院に相応しからぬ贈答品を毎度毎度運び込み、修道女達を口説き、時には連れ出していた事も調べがついている。院長殿は気付けなかったご自身を深く責めておいでだった…」
修道女達の中には、既に家に引き取られ、自領へ幽閉されたり、さらに厳しい修道院へ送られた者達もいるという。
「道中も権力を笠に着て好き放題していたらしいな?!報告が山の様に届いていたよ…魔石を大量に持ち込み素人に押し付けて、それで研磨費用を浮かせて豪遊していた事もわかっている!情状酌量の余地無しと見なすが、いかがでしょうか?」
裁判官が裁判長の方を見ると、再びギャベルが鳴った。
「資格の無い者に魔石を研磨させることは魔導師としても違反であり、更に魔素を故意に変動させ、我が国の国土を汚したことは重罪である!よって、魔導師資格の剥奪、国東領への立ち入り禁止及び王都追放、そして南方国領での労働刑に処す!」
労働刑は懲役と違い、監視は付くもののある程度の自由は効くが、過酷なものが多く稼ぎのほとんどを賠償金に持っていかれてしまう。
(すごい…これで人手不足で困ってたって云う南方領も持ち直しそう…)
ここぞとばかりに使えそうな人材を、引っこ抜いているようにしか見えない。
魔力持ちなら使い道は無限にある。
せいぜい働いて賠償金を稼いでもらいたいものだ。
罪人がぞろぞろ居なくなると、残されたのはルナリア嬢ただひとりとなった。
「さて、次は…裁判所から脱獄し、この騒動に関わっていたたルナリア嬢について…」
「わたしは悪くありません!」
キンキンとした声が、裁判長の言葉を遮った。
「信じて下さい!怪しげな魔法を使い、私達を殺そうとしたのはあの女です!」
指さされたリナリアは、一呼吸置いてから裁判長へ向き直った。
「こほん……発言してもよろしいですか?」
裁判長に無言で促され、リナリアとルナリアは正面から向き合った。
「私は…貴方の身代わりにされるため誘拐され修道院へ送られました、それについて貴方は何も思わないのですか?」
「わたしが頼んだわけじゃないもの!それに、自分の領地の中だったんだからいいじゃない!」
「それは結果そうだっただけよ。私が本当にただ誘拐されただけの無関係な人間だったらどうなっていたと思うの?」
「知らないわ、そんなこと!ブライアン様はちゃんと協力してって後からお願いにも行ってくれたって言ってたし、きっとよろこんで代わってくれたはずよ!わたしは聖女なのよ?!その身代わりになれるなんて光栄でしょ!?」
「貴方は2度も魔素を撒いて、周りの大勢を巻き込んだのよ?!味方も死んでしまってたらどうするつもりだったの?」
「だから!わたしは聖女だって言ってるでしょ?!浄化の杖で人々に救いの手を差し伸べてあげるはずだったのよ!それなのに!!」
ダンダンッと足を踏み鳴らし、身は血走ってとても正気とは思えないルナリアの姿を、リナリアは静かに見つめていた。
「アンタがおかしな魔法でみんなを殺そうとしたんじゃない!みんな魔力を奪われて死ぬ思いをしたのよ?!」
「死にそうになったのは魔素を吸ってしまったからでしょう?」
「うるさいうるさい!この人殺し!アンタは魔女よ!!アンタが触ったらわたしもクリスもアルセインもブライアン様もみんな動けなくなったのよ?!聖女を殺そうとした罪!償いなさいよ!!」
リナリアが、ちら…と兄達の方を見ると、ドン引きしたドロシーと、遠い目をしたメリッサと、無の表情のジェイと目が合った。
(これは…話が通じない…?)
「……つまり、貴方は罪を犯しても許される存在だと言うの?!」
「わたしは罪なんて犯して無いわ!全部悪いのは周りよ!わたしに罪を被せて聖女の座を奪おうとしてるのよ!!アンタもそうでしょ?!魔女のクセに聖女に嫉妬するなんて、おこがましいわ!」
裁判長達もあ然とし、書記官も手が止まりかけている…
ここまで来るともはや狂人の域だ…
リナリアは深呼吸して、もう一度ルナリアの目を見た。
「ではお尋ねします聖女様。もし、貴方が聖女では無かったら、潔く罪を認めますか?」
「何度も言わせないで!わたしは聖女よ!罪なんて犯してないわ!!」
このまま判決を出して退場させても良いが、そうすると聖女だなんだとうるさい連中が世論を動かしかねない。
辺境の魔女が聖女を陥れた等と脚色されれば、世間は面白がってあっという間に広めるだろう。
事実無根の噂話が、実質的な障害になるのは時間の問題。
僅かな陰りがいつ障りになるかは、わからないものだ。
(仕方ない……)
リナリアが控えのバートに合図を送ると、装飾を施した厳重な箱が運び込まれ、奥から神官が入って来た。
「裁判長、わがボーデン家の名誉のため、これより彼女が聖女では無い事を先に証明させて頂きます…」
「……許可しよう……」
神官が箱を開け、中身を取り出すとルナリアの前に差し出した。
「これなるは聖女の剣。この剣に選ばれし者こそ聖女であると伝えられた伝説の聖剣でございます」
「え?せ、聖女?…聖剣?」
そっと手渡された短刀は、ぴったり鞘に収まったままだ。
魔力を封じる手枷を外され、ルナリアは一時自由となり、聖剣を見つめていた。
しかし……
「う〜ん……ぬ…抜けない…?!」
どんなに力を入れても、聖剣はビクともしない。
「ウソ!なんで?わたしは聖女なのに?!なんで抜けないの??わかった!偽物なんでしょう!!」
「これは我が教会に納められた国宝です。間違いなく本物であることを神に誓います!真の聖女様であれば、必ずやこの剣は応えてくれたはずです。残念ながら貴方は選ばれ無かったという事です……」
「え?!そんな…わたしは聖女だって…どうして…わたしは……」
(とんだ茶番だ………)
(でもこれやっとかないと、厄介事が増えるだけよ)
ルナリアは聖女では無かった。
その確証があれば、彼女を罪人として扱っても他所から何を言われることもない。
「ご覧の通り、こちらは聖女様ではありませんでした。ボーデンの地を汚し、身勝手に我が妹を陥れようとした罪、然と償わせたい!」
ジェイが前に出ると、裁判長が頷いてギャベルを鳴らす。
「罪人ルナリア、そなたは魔導具の不正使用と、障害未遂、脱獄その他の罪を合わせて、懲役20年とする!」
暴れるルナリアを兵が引きずって連れて行くと、周囲がいきなり静かになった。
「これにて閉廷とする…」
ゴンゴンと…重い木槌の音だけが、辺りに響くのだった。




