王の間にて
「これより沙汰を言い渡す」
厳格な王の声が響き渡ると、王城の集会場へ集まった貴族達の視線が一斉に玉座へと注がれた。
(いよいよ始まるのね…)
リナリアは震える手をギュッと握りしめ、深呼吸をした。
(あまり緊張しないで…)
(私達もついてるからね!)
(堂々となさいませ!)
(ありがとう…)
後ろに立つ友人達に励まされ、リナリアは罪人達と向き合った。
数時間前。
リナリア達は両親や侯爵夫妻と共に、王城へと連れて行かれた。
トリトマ侯爵邸にて2週間、みっちり特訓したおかげで、城の中での振る舞いも上出来だ。
王都の高位貴族の令嬢達と並んでも遜色無い、堂々としたものだった。
ずらりと整列した貴族達の間を抜け、王の前へと促されると、目前に手枷を嵌められた、ベランタ侯爵を始めとするこの度の罪人達が引き立てられて来た。
見れば第一王子までもが兵士に囲まれて立たされている。
玉座の隣には第二王子となったソレルが座っていた。
「皆、良く集まってくれた」
ブレンダム王が現れると、全員が頭を垂れ臣下の礼をする。
「此度は、国を欺き王家すら裏切った罪人共の処罰が決まった故、ここに沙汰を下す!呼ばれた者は前へ出ろ!」
最初に呼ばれたのはグローバ騎士団長だった。
「そなたは真面目で騎士達の手本の様だと言われておったが…息子には甘かったのだな…罪人となった我が子は罰せなかったか…。脱獄を手引きした息子の罪を隠蔽しようした事により、騎士の称号を解く。爵位も騎士爵とし、今後は南西側の国領にて海岸警備に当たれ!」
グローバ騎士団長は、深く頭を下げ王の言葉に頷いた。
かつて武功を上げ貴族となり、伯爵位まで受けた家門であったが、それまでの栄光はここで潰えた様だ。
彼が下がると、次にその息子のアルセインが呼ばれた。
すっかりうなだれて、フラフラと前に押し出される。
「若き次期騎士団長か…お前は王子の愚行を咎めることもなく、裁判所より罪人を連れ去り匿った上、ボーデン領にて剣を振るったそうだな!?父同様騎士の称号を剥奪し、南部の鉱山にて10年の懲役に処す。その後は父の元へ行き、同じく一兵として仕えるように!」
「うぅぅ…わ…わかり…ました…」
兵に急かされながらまたフラフラと列に戻る姿は弱々しく、完全に心が折れて絶望しているようだった。
次に呼ばれたベランタ侯爵は、憤怒の表情を隠しもしていなかった。
「ベランタよ、王家の後ろ盾を得ながらよくも裏切ってくれたな!長きに渡り国を欺き、危険に晒し、危うく大陸の均衡までも崩しかねんところであった!」
禁じられた魔導具を使い、国の守りとも言える魔の森を魔素で侵食し、国の存続を危ぶめた事。
領主の承諾を偽装し、修道院へ慰問と称して入り込み、不当に魔石の加工に当たらせた上、密猟の拠点とした事。
他貴族に圧力を掛け、その子息子女の教育を妨害し、都合良く手駒として扱った事。
濃縮した魔素を、他領の往来、更には領主宅で拡散し、大勢の命を危険に晒した事。
そして、その罪全てをボーデン家へ擦り付けようとした事。
「膝元にありながら、その蛮行に気付かなかった王家にも責任はあろうが…お前には失望した。しかし魔導師としての功績から死罪は免じる。爵位と持ち得る全ての権限を剥奪し、財産も没収。無期限の懲役とする」
ベランタ(元)侯爵が歯を食いしばり、辺りを睨み付けるが、兵に両肩を捕まれ、連れて行かれた。
次のクリスティアンはガタガタ震えながら前に出できた。
父に下された判決を聞いていれば仕方ない事だろう。
「クリスティアン。お前も父に言われるがまま悪事に手を染めていたな。更には捕れる魔物や魔石を私物化し、罪人を匿った上に、身代わりにするための誘拐にまで手を貸すとは…」
父が指示者なら、息子は実行犯だ。
「お前も父と同じ懲役だ。だが20年にしてやろう。その後は王都追放とし、監視を付け一魔導師として働く事だ」
恐らくだか、刑期が終わった後はアルセインと同じ南西に送られることだろう。
常に人手が足りず、魔力持ちは特に重宝されている。
魔導師としての仕事は山積みのはずだ。
逃げ出す事はできない。
クリスティアンは膝から崩れそうになり、兵に引きずられるように退場した。
「さて、次はバカラ公爵か………宰相、長年王家に仕えてくれたそなたが、まさかの黒幕とはな……」
悲痛な面持ちの国王が、かつて国務を共にした戦友を見下ろしていた。
「魔導師庁に魔物の密猟を持ちかけ、裏で取り引きをしていた事は調べが付いておる。魔石を買い集め提供していたこともな。伝説であった聖女の存在を真にし、民の信仰を集めようとしていた事も…」
「お言葉ですが陛下!」
王の言葉を遮るように、バカラ公爵の声が響いた。
「私は決して私利私欲のためにこの様な事件を起こした訳ではございません!辺境地に独占されていた国の富と財産を、正当な受けるべき者達へと渡していただけに過ぎませぬ!」
止めようとする兵を下げさせ、王は宰相の話をその場の全員に聞かせていた。
「魔物も魔獣も、魔石含め魔力ある我等には必要不可欠な素材ばかりだ!魔の森こそ高位の魔力を持つ貴族こそが管理すべきなのです!魔素の脅威など、魔導具を使えば何てこと無い。魔物を狩る事を禁じたのも、利益を他へやらないためのボーデン一族の策略に過ぎません!私は…法に触れる行為は致しましたが、全ては国の為、全ての魔力ある者たちの為仕方なく……」
「ほう…それで12年もの間ボーデン領より魔物を密猟し、王都へ持ち込んでいたと?!それにしてはかなり高額で取り引きされていた様だが?」
「い…いきなり市場に流しては怪しまれてしまうため、仲買人を何人も挟んだ故でございます…」
「聖女を立てようとしてのは何故じゃ?」
「巷には辺境には聖女がいると未だに囁かれております。信仰の象徴とすれば、民も自ずと力を貸してくれましょう!」
「それであの娘を選び、後ろ盾となってきたのか…その親の気も知らず罪なことをしたものだ…もうよい、例の者達をここへ!」
サッと兵が動くと、野暮ったい頭に眼鏡の男が大きな荷物を抱えて現れた。
隣にいるのはバートのようだ。
人前が不慣れなこの男のサポート役らしい。
(まずは礼を、手を胸に腰を落して…)
おどおどしながらもやっと王に一礼する。
「この男は一体…」
「そなたの話はわかった。が、これはその行いにより起こった魔の森の変化を調査させた結果だ…心して聞くが良い。…では、始めてくれ」
「は、はいっ!」
(先に挨拶と名乗りを…)
「こ…この様な機会をお与え下さり真にありがとうございます、陛下!わ…私はピスタシュ子爵の三男リーマと申します!こ…これより魔の森に起こりました異変と…その原因についてご説明い…致します…」
運び込まれた大きな2枚の紙を掲げ、その手前に皆に見えるよう何かの道具を並べていく。
そして顔を上げた時、おどついた子爵令息の顔は真剣な研究者の顔となっていた。
「2枚の地図をご覧下さい。右は30年前、左は8年前の魔の森と死の砂漠の境を記しています。少しずつですが、魔の森沿いの砂漠に緑が戻り、魔素が安定してきております」
しかし、右の紙をまくると、砂漠の境界はまた森を侵食し、魔素が濃くなっている様子が記されていた。
「こちらはつい先月の様子。明らかに森が衰退し、砂漠の侵食を受けています!その原因は魔の森の最奥部における魔素の乱れによるものです!更に魔物の乱獲により魔素を分解する存在が激減したため均衡が一気に崩れたものと思われます。この森の中央付近にも魔素による土地の枯渇が起こっており、その中心を掘り返して出てきた物がこちらです。調べたら魔導師庁でかつて禁じられた魔素を濃縮し噴出させる魔導具を改造した物と解りました。更にはこの魔導具の影響で辺境周辺の野生動物が一斉に魔獣化している事がわかり…」
(早口過ぎます!もっとゆっくり!!)
「失礼…もしこのまま放置されていたら、魔の森は消滅し、辺境内まで砂漠が広がり、あちこちに魔獣が溢れ、魔素に侵される者が後を絶たなかった事でしょう。これを発見し回収されたボーデン伯爵こそ国を救った英雄です!」
ざわめく貴族達と押し黙るバカラ公爵。
ブレンダム王は少し考えてからリーマに訪ねた。
「例えば…魔の森を他の者…魔力を持った者に任せたらどうなると思う?」
「はい、領地だけなら何とかなるでしょうが、魔の森に入らずにいることはできません。魔素の濃い魔の森の中では、魔導具は使い物になりません。数ヶ月と持たず魔素に侵される事でしょう」
魔の森付近にあるのは、ボロネーズ修道院のみ。
領地民は、魔の森へは決して近づいてはならないと教え込まれている。
魔物の暴走や、魔獣の来襲時に立ち入るのは領主の一族だ。
「……そうか…わかった…」
王は、ゆっくりと今度はバカラ公爵を見た。
「そういう事だ…そなたの意図はこの際どうでも良い。いくつもの家門を巻き込み、この国を窮地に陥れたのはそなただ。その責は負ってもらわねばならん…」
ぐっと目を閉じ沈黙の後に、王は重い口を開いた。
「バカラ公爵…そなたの爵位を降格、子爵とし今後は南西の王領にて領主代理を務めるように。これは長年ワシを支えてくれたそなたへのできる限りの配慮じゃ。王都を離れ、己の罪がどれほどのものか、良く考えるがいい」
子爵となったバカラは、深く深く頭を下げ、去って行く。
その息子は既に虚ろな顔をしていた。
「ブライアンよ。お前は家の地位を笠に着て好き放題してきたらしいな?!不満の訴えが山の様に届いた。罪人を匿った上、身代わりを立てようと言い出したのもお前だそうだな。父に似ず救いようの無い…お前は懲役だ。10年は出てこれんと思え!その前に迷惑を掛けた者達に謝罪をして来い!国中を回らねばならんだろうがな…」
「うぁぁ……そんな……あぁ…」
情けない声が遠ざかり、ついに罪人達が全て居なくなった。




