ボロネーズ修道院
「お二人共、よくいらっしゃいましたね!?」
深い谷に掛かる一本の頑丈な橋を渡ると、薄暗く広大な森林地帯が広がり、その入り口に堅牢で厳かな門が建っている。
門が開くとすぐ広い庭になっており、手入れされた畑と奥には家畜小屋も見える。
そして目前に聳える建物こそがボロネーズ修道院だ。
元は要塞だけあって飾り気は無く、所々に砲撃用の窓や足場が残されているが、そんな厳つい建物の中は以外に明るく、扉を開けると広間と聖堂が構えていて、ステンドグラスの壁面に光が当たり、祈りの場に相応しい空間が広がっていた。
その真ん中に立っているのがこの修道院の院長シスターベロナである。
静かな講堂に彼女の声が響いていく。
「私が院長のベロナです。ここでは外界の地位も権威もなんの意味もありません!皆平等に、清く正しく、規律を守って健やかに過ごして頂きます!良いですね?!」
「はい!質問いいですか?」
「…なんですか?」
「私がここに連れて来られた理由を教えて下さい!」
とたん、院長の目がスッと細められ、まるでゴミでも見るかのような目付きになった。
「……いいでしょう、お答えしますよルナリア元伯爵令嬢?!あなたは、王都の貴族学校にて、度重なる忠告も聞かず見目の良い男子生徒に声を掛けて回り、その婚約者である令嬢方に陰湿な嫌がらせを繰り返し、挙げ句!王家主催の祭りの中でひとりの御令嬢を突き飛ばし怪我を負わせました!」
とんでもない奴と間違われたものだ。
「はい!王家のお祭りとか行ったことないです!あと、名前リナリアです!」
「おだまり!!ここに貴方についての書類と元家族から報告と手紙が来ています!言い逃れはできませんよ!?ルナリア!」
「…リナリアなんですけど…」
「貴方には特に厳しく!自分の立場を理解して頂き、深く反省する事が求められています!覚悟して下さい!?」
「あ……あの……院長様……」
おずおずと手を上げたメリッサの方を向いた院長の目が、今度は慈愛に満ちた穏やかな目になった。
「メリッサさん…貴方の事は聞いています。今まで本当に辛かったでしょう!あの子爵家の愚行は周りは口にしないだけで皆知っていますよ?!ここには貴方を傷付ける者などおりません。まずは貴方の心と身体を健康に戻す事、それが私の使命です!」
「扱いの差!」
「あの…わたし…は…馬車の…中で…」
「恐かったでしょう?!こんな悪女と狭い所に長々と!酷い事はされませんでしたか?大丈夫、ここからは滅多に顔を見る事もなくなりますからね?!」
「そんなっ!」
メリッサが更に泣きそうな顔で院長に迫った。
「お願いです!私は彼女と、リナリアと一緒がいいです!私のお母様を初めて褒めてくれた、私の話を聞いてくれた方です!どうか離れ離れにしないで下さい!お願いします!!」
「し、しかし、彼女と貴方は別の配置になる予定で…」
「だったら!私もリナリアと同じ所へ行きます!」
「そ、それは…」
メリッサの熱心な懇願の末、リナリアとメリッサは同室となった。
本来リナリアは北側の、所謂“問題児”を矯正させる為の棟に放り込まれる予定だったらしいが、“部屋だけ”はメリッサと同じ東の棟に置くことで落ち着いたらしい。
「少しでも問題を起こしたら、即座に出て行ってもらいますからね?!」
そう言って院長は二人を部屋に案内してくれた。
殺風景な部屋には、ベッドと小さなクローゼットと、その中にシスター服と着換えがそれぞれ入っていた。
「着換えたら、メリッサさんは右側の廊下を曲がって来てください。貴方は左を真っ直ぐ、北の塔に向かいなさい!」
そう言い残して院長は出て行ってしまった。
「結局何にも分からなかったわ」
「ねぇ…貴方、これからどうするの…?」
「うーん…ひとまず着換えて、北側の塔に行ってみる!」
「すごいタフ…!」
「さっきはありがとう、メリッサのおかげで寂しくないわ!」
「こちらこそ…これからよろしくね!」
こうして二人の修道院生活がスタートしたのだった。