ボーデン家の三男坊
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ロビンス・ボーデンは、父バジルと母アルメリアの3番目の息子だ。
長男とは6つ、真ん中の兄とは2つ違いで、この年21歳になった。
ロビンスはボーデン一族には珍しく、生まれつき体が弱く病気がちだった。
成長も遅く、心配した両親が医者に調べさせたところ、なんと慢性的な魔素症と診断された。
人より過剰に魔素を吸収してしまう体質らしいが、魔力は無く、溜まった魔素を放出したり消化する能力が備わっていない。
それまで生き延びられたのは、母親が魔導具の開発や研究をしていた事と、妹のおかげだった。
体内に溜め込んだ魔素は、魔導具の近くにいると魔石に吸収される。リナリアもその特異体質で兄を守っていた。
それを知ったアルメリアは、安堵と恐怖でその場に泣き崩れたという。
しかし、魔素と共に生き、その影響を受けないはずのボーデン家にとって、ロビンスはかなりの異質で異常だった。
慌てた両親は、7歳になったロビンスを王都に住まう姉に託した。
息子と離れるのは辛かったが、魔素の濃いこの辺鏡にいてはロビンスの命が危ない。
せめて自己防衛が出来るようになるまでは、魔素が薄く、魔石や魔導具の流通も多い土地で安全に過ごさせてやりたい。
そうして親子は泣く泣く離れ離れになった。
アルバトロス邸に預けられたロビンスは、とにかく勉強した。
魔素と魔力、魔導具のこと。領地の経営や商売、他国との貿易について。国と貴族、そして辺境とボーデン家のこと。
アルバトロス家は、時には図鑑や文献を手に入れ、時には教師を付け、ロビンスが求める知識を惜しまず与えてくれた。
平民と貴族が混同で通う学校にも入れてもらい、横の繋がりも強めていった。
いつか自分もボーデン家の力になれるように。
辺境は田舎で不便な土地だと思っていたが、むしろ王都の方が地方への偏見が強く、閉鎖的で生活しづらいと感じた。
貴族も平民も魔導具頼りの生活が習慣化していて、それを誇りに感じている。
辺境や郊外でいくら魔石を集めても足りないと言われる訳だ。
このような生活が長続きするはずがない。
いつか破綻して大混乱を招く事になるだろう。
そうならないように。いや、例えなっても辺境地だけはその影響を受けることなく、平穏を維持できるように。
幸いにもボーデン領は、他国との玄関口。
国境が近いストレリツィア公国をはじめ、ウル帝国、セイレン神国、シャン王国、キリノ国
そこからもたらされる大陸の様々な品物を精査して、国中に行き渡らせる要だ。
辺境は、国に万一の事があれば、独立し民を守れるよう、常に心得ておかねばなりません!
アルバトロス・アイビーが最初の授業で教えてくれたことだ。
ロビンスの夢は、大商会を築いて大陸中に手足となる支所を構えること。
経済と世間を味方につけ、あらゆる情報に精通し、揺るぎない地位を獲得する。
他の大国であろうと、滅多な事では実家に手出しできないようにしたいのだ。
「あのね、僕は忙しいの!こんな下らないポンコツ貴族の頭スカスカボンボン達が起こしたグダグダ劇場に、時間を取られるのは非常に不愉快なの!」
この時期には、甘い香りの花のお茶と、やっと量産にこぎつけた自領産コーヒーの売り込みに専念したかった。
養蜂も起動に乗って、ハーブの出来も悪くなかった。
織物の試作も順調で、少しなら流通に乗せられるかもと期待していた…
「なのに!貴族平民老若男女出て来る話題、ぜ〜んぶ家絡みスキャンダル!売りにくさ半端ないったらよ!?」
「相当溜まってんな……」
長男アルエットも、次期当主として領地経営や他の貴族との顔合わせのため王都にいることが多く、ここ数年は弟と共に行動していた。
「裁判まであと半月か…傍聴席の競争率は20倍だそうだな」
「そりゃ王族+高位貴族✕偽聖女だもの。陛下も見に来るだろうし、貴族なら絶対見逃せないでしょ!」
「妹弟を見せ物にするようで余りいい気分はしないが…これが終われば、当分は領地に籠もってても文句は言われないだろうな」
「その前に敵対貴族共をこてんぱんにしてやる…」
「弟が物騒この上ない……」
商売も貴族との取引も情報が命。
集めるだけではない、操作もできなくては相手を出し抜けない。
裁判が終わるまでは大人しくしとけと言われたロビンスだが、水面下ではベランタ侯爵家と魔導師庁、その周辺の関係者の悪行に関する情報を集め、じわじわと浸透させている。
無論、自領での無様な敗退劇については、面白おかしく詳細を載せた読み物の記事をウラでばら撒き、娯楽としても多くの人を楽しませた。
大人気で初版から既に3回も増版している。
聖女を騙る偽聖女と、権力を笠に好き放題の貴族達を、ものの見事に成敗した、果ての地を納めるボーデンの末姫!
魔物を操り、侯爵軍を退けたボーデン伯爵!
領地のため義姉と共に戦うボーデン夫人!
「これで今夜の夜会の話題も決まりだね!」
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「いや!俺のことあんま載ってなくない??」
「何を読んでるんですか?ジェイ様」
アルバトロス邸の一室で、父と寛いでいたジェイは市井で出回っている回覧紙を眺めていた。
「出処はロビンスだそうだ。秘密らしいけどな」
「結構広く配られてるみたいですよ?!商隊に渡して郊外にも出してるとか」
「今夜の夜会でも話題に登ること間違いなしだろうな」
「夜会といえば、リナリア達は準備出来てるのかな?!」
「まぁ、後ろ盾がこれでもかと豪華絢爛なので問題は無いかと」
「親父の顔もなんとかなったしな!」
「腫れもすっかり引いて、腕も治ったぞ!」
「全身の大怪我が、名誉の負傷でなく身内の折檻とは……」
「全治2週間で済んだんだからまだ良いだろう?!」
「戦斧でドつかれたら普通は済まないんですよ、普通は!」
「息子の従者が主人にまで冷たい……」
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その頃、邸の奥の部屋では
「さぁ!よろしいですか皆様?最後の仕上げですよ!?」
朝から美容メイドが大勢押しかけ、全身のマッサージに髪の手入れ、爪磨き、脱毛…etc…
散々磨き上げられたリナリア達は、オーダードレスの店ビオラ・パオラの店主により、今までで一番豪華なドレスを装着されていた。
「もう…すでにヘトヘトで……何もできない……」
「何をおっしゃいますか!本番はこれからですよ!」
慣れないリナリアとメリッサは早々に音を上げたが、シルヴィアとアルバトロス姉妹は涼しい顔をしている。
「シルヴィア様、いかがでしょうこちらの出来栄えは…」
並んだリナリア、メリッサ、ドロシーを順に見つめ、シルヴィアがにっこりと微笑んだ。
「やはりこちらにお任せして正解でした。素晴らしい仕上がりですわ」
リナリアの水色の清楚なドレス、メリッサは淡いピンクがふんわりと可愛らしい。
ドロシーはぴったりとした形に濃淡の赤を重ね、スリットが入っている。
「ステキよメリッサ!」
「リナリアもとってもキレイ!」
「私のだけ動き辛い!」
「大股対策です」
「くっ……返す言葉がない……」
深い碧を首元まで覆ったシルヴィアは、3人の付き添い兼牽制のため、控えめかつ矢面に立っても決して見劣りしない大人のドレスを選んだ。
「さぁ、いよいよパートナーを呼びますよ!?」
「「「聞いてない!!!」」」
「パートナーが無い夜会など存在しませんっ!!」
時は夕刻近く。
影の伸び始めたアルバトロス邸の庭先に、数台の馬車が着き、今宵の主役達が乗り込むのを待っていた。




