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ボーデン兄弟の災難






「まぁ…その……なんだ……災難だったな……」


「災難なんてもんじゃないよもう!!ロクでもない噂流されてさぁ!兄さん遅いから探しに行ったら連行されてるし!ホンット大迷惑!」


結局、あの伯爵令息は詰め所でも騒いで親を呼ばれ、決闘については、目撃者と証言者多数ということでお咎めなしになり、ジェイも身元保証人ロビンスが来たことで直ぐに解放された。


「しっかし…大爪熊かぁ……」


「大物中の大物だよね!よく倒せたというか…」


「一般道まで出てきたヤツだったから、問答無用で倒したけど、森の中だったら全力逃避してたよ。8年前は結局俺だけじゃ仕留め損たからな。雌だったから食えなかったし。だから、今回はちょっと嬉しいっていうか…」


「しかも食べられるヤツでしょ?!もう皆大興奮!」


「その名誉と栄光を受けるはずだったのにな…とんだ横槍が入ったな」


しかし、その噂も大爪熊が王都に到着するやいなや一瞬で消え去った。

運んで来た商人が、大爪熊との戦いを別道から見ていたのだという。

行く先々でその様子を興奮気味に語るものだから、ジェイの、ひいてはボーデンの株は急上昇した。


「ほら!あのお方ですわ!」


「まぁ、なんて精悍なお顔立ち」


(それはアルエットです………)


「あちらがボーデンのジェイ様?!」


「キリッとした横顔がステキ!」


(それは従者バートです…)


大爪熊の爪の一部と胴体の毛皮はマントに仕立てて国王への貢物に。手足は丁寧にバラして残りの爪と共にオークションへ。そして問題の肉はというと…


「王家には絶対渡しとけってゴンさん言ってた」


「そうだな、後は叔母上と相談して切り分けて…」


「あ、そう言えばソルティオ伯爵から手紙がきててね。何が何でも食べたいからどうにかできないかって」


「日に3通は届くらしい」


「こっっわぁ!!」


「まぁドロシー嬢の件もあるし、いいっちゃいいけど、親子揃ってぶっ飛んでんなぁ?!」




大爪熊の話は、リナリア達が参加するお茶会でも話題になっていた。

マーシュ伯爵夫人のサロンにて、リナリアは質問攻めにあっていた。



「何でも毛皮は王家に献上されるそうですわね?!」


「それはもう貴重な素材ですもの!魔力の通りが段違いですのよ?!魔力持ちには垂涎の一品ですわ!」


「でも…その…肉を食べるなんて、聞いたことがありませんわ?!」


「大爪熊は食用には向かないと…干して粉にした物を薬の代わりに飲むとは聞いたことがありますが……」


金鹿同様、大爪熊の肉にも魔力が溜まっており、魔力持ちが口にすると多幸感や、独特の浮遊感のような麻薬的な感覚が得られるため、引く手は数多だが肉自体は臭くて硬くてとても食べられない。

その為、多くは粉末状にして薬のように服用する方法がほとんどだった。

それも、モノ好きや度胸試しのような使われ方しかせず、異質な趣向とされている。


「リナリア様は、あの肉を美味しいと仰りましたが、本当に召し上がったのですか?!」


好奇心の中に蔑む様な視線が集まる。


そんな事も知らずに、話題に乗るため嘘をついたのでは?

そもそも最高級品である大爪熊が、田舎娘の手に入るワケがない。


そんな事を考えているのではないかと、こちらも疑ってしまう。

しかし、身構えるドロシーやリリア達を他所に、リナリア自身は楽しそうに語り出した。


「ええ!頂きましたわ!…至高の肉とはまさにあの肉のことですわ…」


うっとりと宙を見るリナリア。


「大爪熊は本来食用には向きません。基本肉食なのでとにかく肉が臭いんです。ですが、群れから独り立ちしたばかりの若い雄のみ食べる事ができるんですのよ!」


大爪熊は実際クマではなく、良く似た別の生き物で、雌の方が強く数頭の雄と一妻多夫型のコロニーを作る。

繁殖期には肉を多く食するためとにかく臭いが、発情期を迎える前の雄は、木の実や山菜を主食にする習性があり、肉質も柔らかく美味しいという。


「若い雄はほとんど群れから出て来ませんし、出されても直ぐ他の群れに入るので、滅多どころか幻の肉と言われておりますの!……森の恵みを丸ごと詰め込んで肉にしたようなあの味わい……一生忘れられません!!」


「始めは味わうどころじゃなかったけどね………」


「一瞬で意識が飛びましたわね…」


「私、花畑が見えましたわ…」


「魂が抜け出して帰って来ないかと思いました……」


通常、魔力の強い魔物肉は、その恩恵を得ながら、安全に肉自体も味わえるよう、特殊な措置を取るのだが、リナリア達は切り分けた肉をそのまま焼いて食べたので、ボーデン家の者以外は、それはそれは大変なことになった。


「あの時ばかりは、父親の技術がどれだけ凄いのか、少し見直しましてよ…」


その後、内包する魔力が強過ぎるなら!と、ドロシーは、リナリアの特異体質に目を付けた。

肉塊にリナリアが触れれば、その魔力や魔素も抜けるのではないか?!

というわけで、リナリアは一人でひたすら生肉をもみ続けることになった。

結果、目論見は上手くいき、威力を抑えた極上の肉が完成した。


「口に入れた途端、濃厚な旨味が溢れだして…」


「ひと噛みする度に大自然の息吹が口の中で解けていくような……」


「しっとりと柔らかな中に、肥沃な大地の香りがはじけて…」


「肉なのに、まるで草原の中にいるような爽やかな後味…」


「でも、まぁ、もう二度とやりたくないですわね!!」


気づけば、サロン中の視線がリナリア達のテーブルに集まっていた。

大爪熊は素材だけなら稀ではあるが手に入らないものではない。

あちこちで合わせれば、国内で数年に1頭程の頻度で討伐はされている。

しかし、食用肉となる物は十年以上前に、極秘に王族と高位貴族達へ渡った物が最後。

まさに幻の一品である。


「貴重な体験をなさったのね?!なんて行動力のあるご令嬢達でしょう!」


「とても楽しいお話でしたわ!食べ物の話をここまで羨ましいと思ったのは久しぶりよ?!」


年配世代の御婦人達には、はしたないと白い目で見る者もいたが、好意的な意見も出て、そこそこ受け入れて貰えそうだ。


その後のお茶会も、出されたカップや茶葉の生産国を言い当てたり、王国では見慣れない東国の茶器を使って見せたりと、何かと話題を振りまくことに成功した。

茶器収集が趣味のマーシュ伯爵夫人にも大いに気に入られ、5人はまずまずの成果を残して帰路に着くのだった。





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