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その頃の兄達





リナリア達が社交界デビューを果たしている間に、ボーデンの男兄弟達もまた王都での立場を固め始めていた。

先に王都へ来ていた三男のロビンスが長男のアルエットを迎え、次男のジェイも加わって連日何やら話し合ってる。

その日もスイーツカフェ“コマドリの止まり木”の個室に集まり、お互いの報告を聞いていた。


「えー、どういうワケか分からないけど、昨日ジェイ兄さんが往来で決闘してしょっぴかれて釈放されてきたのを引き受けることになって、ひっじょーーーーに迷惑しました!」


「誤解を招く言い方!!」


「バートが道端のゴミを見る目で迎えてくれてたね」


「あれは別件で、面倒臭い相手に絡まれたのをバートに押し付けて一人で逃げたからだよ」


「それは本当に申し訳ないと思ってます!!」


「そもそもなんで決闘なんてことになったんだ?」


「まぁ聞いてくれよ……」



貴族らしい振る舞いを!と、付け焼き刃でも無いよりマシだと言わんばかりの指導(という名のバートのしごき)を受け、やっとアルバトロス邸から外出を許可された日の事。


ロビンスと待ち合わせした広場に向かうため、大きな商店が並ぶ通りをぶらぶら歩いていたら、いきなり声を掛けられた。


「オイお前、いくら積んだんだ?!」


身形が良く、従者と思しき者を連れていたので貴族とは分かったが、どこの誰かなぞさっぱりすっぱり分からないジェイは、自分が声を掛けられたとは思わずそのまま通り過ぎてしまった。


「おい!この田舎者が!私を無視するとはいい度胸だな?!」


「あ、これは失礼。お…僕になんの御用でしょうか?」


バートに散々叩き込まれた通り、軽く会釈をしながら胸に手を当てにこやかに話し始める。


「ふん!貴族の恥さらしが。いくら積んで手柄を我が物にしたんだ?弱小貴族の癖に小賢しい手を使いやがって!」


ジェイの頭の中にハテナマークが飛び交う。

なんの因縁をつけられているのか全く分からない。

どうしたらいい?誰か助けて!ロビンス早く来い!

ぐるぐる考える。どうやったらこの場を切り抜けられるか。


「申し訳ありませんが、何のお話か僕には……」


「白を切る気か?!貴様のような腑抜けた百性貴族に大爪熊など狩れる訳が無いと言っているんだ!答えろ!いくら積んで偽装したんだ?!」


話の内容がやっと理解できた。

理解はできた。が、納得はいかない。


(そもそもどこの誰か全く知らん相手なんだよなぁ…)


ここでボコボコにしてもいいが、それをしていい相手かも分からない。手を出してはいけない相手だったらそれこそ後で叱られる。その方が怖い。


「黙ってないでなんとか言ったらどうだ?!腰抜けめ!」


(あーーー……早くロビンス来ないかなー!どうしたらいいんだこーゆー場合……)


貴族が喧嘩を吹っかけられた時の対処なんて、バートにも習わなかった。


「ヘラヘラしよって、胸糞悪い!さっさと虫ケラ百性と野蛮人のいる所へ帰れ!!」


この一言が無ければ、そのままヘラヘラ笑ってやり過ごしてやれたことだったろう。


「今のお言葉、聞き捨てなりませんね…この国を支える最も大切な民と、我が国と友好を築く他国の方々への、それは侮辱と取りますが……」


「本当の事を言ったまでだろう?!なにが侮辱だ、下らんな!」


相手が言い終わらないうちに、その胸倉を掴み高々と釣り上げる。


「訂正しろ!俺達が腹いっぱい食えるのは、田畑を守る民が居るからだ!贅沢が出来るのは他国が良心的だからだ!」


「うわぁぁ!!離せ無礼者が!!誰かコイツを叩き斬れぇぇ!!」


暴れる相手を地面に放り投げてやると、従者共が慌てて駆け寄って来た。


「くっ……このっ……け…決闘だ!!コイツに王都の貴族に逆らうとどうなるか教えてやれ!!」


「決闘?!こんな往来でか?」


貴族同士の決闘は珍しくは無いが、こんな人の多い場所でほいほいしていいものではなかったはず。

しかし、相手側は既に甲冑の剣士がこちらに向かって来ている。


「なんだよ、自分が戦うんじゃないのか」


手慣れた様子を見るに、決闘をリンチ代わりにあちこちでやらかしているようだ。

どんな状況だろうと決闘を受けて敗北したら、貴族の男子として大きな恥となる。


「…よし、俺が勝ったらさっきの言葉を撤回し、謝罪しろ!」


「なら、僕が勝ったら大爪熊を捕ったのは自分じゃないと訂正し、地に伏して詫びるがいい!」


「いや、だから戦うのお前じゃねぇじゃん…」


「黙れ!貴族なら代役なぞ常識だろう!」


そうなのか?ボーデンでそんなのやったら、それこそ大変な事になりそうだ。

そんな事を考えていたら、剣士から剣を渡された。


「使え」


「あぁ、悪いけどいらないかな、俺はその剣に馴染みがなくてね」


「丸腰の相手とはやらない主義だ…」


「なら、形だけ…」


両者が構えると、野次馬達が周りを囲い、いつの間にか間に従者の一人が立って審判をしていた。


「まずは名乗りを…」


「あぁ、そうか。俺はジェイ・ボーデン。民と異国の名誉を掛けてこの勝負受けて立つ!」


「このグリッソム…ロコス・ペペロ伯爵令息様に代わりこの決闘に臨む」


「では、両者よろしいか?!…始め!!」


剣士とジェイが、同時に踏み込み、構えた剣を打ち鳴らす…かと思いきや、ジェイが一歩早く剣を相手の目の前に投げ捨てた。

剣士が攻撃かと思い打ち返すも手応えはなく、その隙に腕の中へ滑り込んだジェイが、剣士の腕を掴み背中へ回すと、軽々投げ飛ばした。


ガッシャーーーン!!!


土埃と共に甲冑がけたたましい音を上げ、剣士が仰向けに倒され、周りの見物人達がやんややんやと騒ぎ出す。


全身甲冑は一度転ぶと中々起き上がれない。

ジェイは肩をすくませ、審判役の男に言った。


「なぁ、あんた何も言わないけど、これで勝敗は決まったんじゃないのか?」


「あ…え…えと……」


一瞬で勝負は着いた。いや、着いたはずだった。


「反則だ!剣を捨てただろう?!汚い手を使いやがって!」


喚くロコス某だが、周囲から白い目が向けられていることに気が付いているのだろうか、


「勝ちは勝ちだろ?それともまだ決着は着いてないとでも言うのか?」


「うるさい!うるさい!お前ら聞け!こいつは自分が大爪熊を狩り捕ったと大嘘を吹聴した詐欺師だぞ!貴族の風上にも置けない卑怯者だ!」


とんだ濡れ衣だが、こういう話は声高に叫んだ者勝ちの事が多い。

ざわつく周りの声が耳にざらついて心地悪い。

結局どんな目にあってもこいつは謝罪なんてしない。

そう悟ったジェイはもうこんな連中と関わることすら嫌になり、もがいている甲冑剣士を起こしてやると、そのまま目的地へ向かおうとした。

その時。


「騒ぎがあったのはここか?!」


王都の騎士団の巡回兵が騒ぎを聞きつけ、どやどやと人を散らしていく。


「おい、逃げるな!貴様がこの騒ぎを起こしたのか?!」


「へぁ?!」


何故か丁寧な扱いを受け、怪我の有無など確かめられているペペロ伯爵令息。

これではジェイひとりが貴族相手に騒ぎを起こした事にされてしまう。


「いや!違う…いますよ?!俺…いや、僕は…」


他人から責められた時、しどろもどろになるのは悪い癖だ。

どうしたものか再び悩んでいると、さっきの甲冑剣士が横から声をかけてきた。


「我が主人がこちらの御仁に決闘を望まれ、敗したところお気を乱されてしまい…お騒がせを…」


「なるほど、そうでしたか…それでも一度騎士団の詰め所まで来ていただかねば」


「マジかぁ……」


「規則ですので…」


そうしてぞろぞろと街中を歩かされ、変な噂だけが独り歩きして、大迷惑この上ない事態に陥った訳であった。




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