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女の戦場





「良いですか?外では決して手袋を外してはいけませんよ?!なるべく人混みを避けて、じっとしていなさいね!?」



リナリアは母の言葉を頭の中で繰り返していた。



「これは……もう身動き取れないのと同じでは…?」




2回目のお茶会は、ハーパー伯爵家が主催の商談会だった。

大人同士が各家の取引について話し合ってる間、子息女達は別室のサロンで交流を図るのが通例らしい。


が、ここで一つ大きな問題が起こった。


「そのランプ!後ろの柱時計も!!あと、ドアには絶対触らないで!」


「申し訳ありませんお姉様…これは予想外の事態です…」


ハーパー家の次女シルベーヌから招待状を手に入れ、やってきたまでは良かったものの、邸の中は魔導具だらけでリナリアはひとり戦々恐々としているのだった。


今回はメリッサとシルヴィアが留守番で、リリアとサフィニア、ハーパー家と家格の近いドロシーが付き添いに来てくれたが、4人共周りの魔導具を警戒するのに精一杯で交流どころではなかった。


なんとかサロンまで辿り着いたが、あちらこちらに設置された魔導具を壊してしまわないか、そればかりである。

アルメリア作の魔力遮断性のある手袋をつけているため、いきなり壊すことはないが、素肌に触れたら即アウトである。


「紹介します、友人のシルベーヌ嬢ですわ」


主催者の娘と挨拶を交わし、やっと席に着くも出されたカップに口を付けることすらできない。


「これも魔導具なの…?」


「申し訳ありませんリナリア様…両親が最近やたらこだわるようになってしまって……」


「なるほど、保温と強化ね…便利だけど、リナリアは使えないわ」


「すぐに別のカップを用意させますので…」


いつまでもカップに口を付けないリナリアを見て、周りから密やかな声が聞こえてくる。


せっかくのお茶会ですのに、お召し上がりにならないのかしら?

マナーが分からないのでは?かなりの辺境からお出でのようですし

どうやってここへ来たのかしら?

親戚の威を借りたのではなくて?

身の程知らずね、恥ずかしくないのかしら?


やっと運ばれてきたカップの模様は、今回のサロンの雰囲気と少しズレていてそれがまた浮いてしまう。

ヒソヒソと、好奇と侮蔑と憐れみの目が注がれて、だんだんドロシーの機嫌が悪くなる。


「あーーヤダヤダ!こういう空気ってホント嫌にな…りますわ!」


扇を口元にかざし、顔を隠して会話をする令嬢達。

だんだん人が増えて、シルベーヌと話をしに来る者も出て来るが、わざとリナリアの分からない話題を振ってくるので、ドロシーとリナリアはただ黙って座っているしかない。

時折、ちらちらと目が合っても、スッと逸らされるか嫌な笑みを隠しもせず向けられてばかり。


「ムカつくぅ〜…」


「腹立つぅ〜……」


「サフィ、口が悪いわよ!ドロシー様も落ち着いて下さい」


「仕方ないわよ、学園の話なんてわかんないし興味無いもの」


4人だけでお喋りを楽しむ雰囲気でもなく、ただ魔導具を警戒するだけの、なんとも居心地の悪い時間が過ぎていく。


「でも勉強になったわよ!辺境だと、明かりとか加熱や冷却みたいな生活用品くらいしかないから。ドアの開閉や香りを振りまくなんて実物は初めて見たわ!」


「我が(アルバトロス)家でもお母様の生活空間には一切魔導具はございませんもの」


「たぶん、ボーデンの母の専門分野ね。光の花や蝶を飛ばすとか、自動でいくつも音楽を奏でる蓄音機とか、ふわふわのクリームを作る自動混ぜ機とか」


「まぁ!あの素晴らしいランプを発明された魔導具師はボーデン夫人だったのですか?!」


「アルメリア伯母様の発明は素晴らしい物ばかりですの!」


「特別な工房で研究されているとお聞きしましたわ!」


「その都度私が触って壊してばっかりだもんだから、工房を別に建てることになったのよ……」


「オチが酷い…」


そのうちシルベーヌは姉に呼ばれてテーブルを廻ることになり、リナリア達から離れて行った。


「さあ、ここからが本番ですわ!お姉様!?」


「あら、早速どなたかいらしてよ、リナリア様」


真っ青なドレスのご令嬢が、取り巻きか友人か数人の令嬢を連れてこちらにやって来る。


「ご機嫌ようリリア様。そちらの方達はご友人かしら?是非ご紹介頂きたいわ」


「ご機嫌よう、マゼット様。こちらは私の従姉とそのご友人ですわ」


「リナリア・ボーデンと申します」


「ドロシー・ソルティオですわ」


扇を取り出し、口元に当てながら目だけは完璧な笑顔を作る。

先に感情的になった方が、如何に有利な立場であっても負けとなる不思議な世界。

いわゆる舌戦はリナリアの最も不得意とする争いだ。


「マゼット・アルムと申します。お会いで来て光栄ですわぁ」


貼り付けたような笑み。値踏みするような視線。


(苦手だなぁ……)


「マゼット様はアルム侯爵家のご長女ですのよ?!」


「今回はアルム侯爵の貿易の商談でいらしたのよ!」


「いつも素晴らしい宝石を取り扱っておいでなのよ!」


周りの令嬢達が勝手に説明してくれるので、会話しなくて楽〜等とは思ってはいけない。

何か話さなくては気圧されたものとされてしまう。


「ほ…宝石をお取り扱いなのですね。その胸のブローチもそうでしょうか?セイラン国のサピルスは特に貴重ですもの。輝く様な青が良くお似合いですわ!」


なんとか話題を振ったにも関わらず、空気が変わるのを肌で感じ、リナリアは逃げ出したくなった。


(なんでぇ〜?!)


「…ふふふ…お褒め頂きありがとうございます。確かにこちらはセイラン産のサピルスですわ。よくおわかりになりましたのね…」


「ええ、領内に入ってくる他国の原石を仲買人が選別するので、良く見に行くんです。その時研磨後の宝石も一緒に確認するのですが、その透明感のある深い青は他にありませんもの。セイラン染めのそのドレスに本当に良く合ってますわ!」


再び空気がしんとする。


(いや!なに??一気にしゃべりすぎた?!!)


「セイラン染めを一目で見抜けるなんて、貴方、只者ではないのかしら?」


「そんな事ありませんわ!私も持っておりますので…小さなハンカチですが」


「……貴方、セイラン染めがどういう物か本当にご存知なの?」


「ええ、本来輸出は致しません。技術も門外不出です。ですが、家族や親しい者の幸福を祈り、魔除けやお守りとして贈る風習がございます。そのドレスの生地も、きっとそういったものなのでしょう?!決して真似できない美しい青ですわ!」


しばしの沈黙の後、マゼット令嬢が先に扇を閉じた。


「……セイランは祖母の祖国ですわ。まさかこの青をわかって下さる方が居るなんて思いもしませんでした。リナリア様は噂とは随分かけ離れたお方のようですわね。セイランは同じ青を持つ者を庇護します。リナリア様、今後はアルム家との交流もお考え下さいとご当主様にお伝え下さいな。それでは、失礼いたしますわ」


ふわりと礼を取り、去って行くマゼットを他の令嬢達が慌てて追いかけて行く。

周りのテーブルから向けられる視線が、侮蔑なものから好奇に変わった。


「ふぅ〜!緊張した!で、合ってた?大丈夫?!今の調子でオケ?!」


「驚きましたわ、お姉様…」


「あのマゼット嬢を懐柔するなんて…」


「偶然よ!偶然!セイラン国様々だっただけよ!」


「アルム侯爵家はアルバトロス家とも並ぶ古く力のある家門です。これは予想以上の収穫ですわ!」


「私の出る幕無かったね、びっくりした!流石貿易拠点育ち!」


こうして初の上流階級のお茶会は、なんとか切り抜ける事ができた。

しかしまだまだ、印象がわずかに改善したまで。

噂の打ち消しには程遠い。


「次回は更に過激な令嬢達の集まりにご招待します!」


「頑張って下さいましね」


「口喧嘩で勝ったことってあんまり無いんだけど!!」





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