憩いの庭
リナリア達がアルバトロス邸に着いてから三日目。
リナリア、ドロシー、メリッサの3人はシルヴィアとリリア、サフィニア姉妹の特訓を受けていた。
「「ダンスって踊れなくてもいいの?!」」
「踊れるに越したことはありませんが、今回は必要ないでしょう。舞踏会などもありますが、あれは踊りを介して交流を図る場ですから。リナリア様は踊らず交流して下さい」
「一回は必ず踊らなくちゃ、とか無いの…?」
「どなたかと一度でも踊ったら最後、あちこちから声を掛けられた挙げ句、晒し者にされるのがオチですわ、お姉様!」
「金と権力にしか興味の無いの有象無象の絡まれるなんて、時間の無駄よ!?ダンスパーティーでは談話室で軽食でも摂りながら皆とお喋りしましょ!」
「その方が遥かに有意義です!」
テーブルマナーにお茶会の細かな注意点、ドレスを身に着けた際の美しく見える所作など。
遠い田舎の領地では決して学べない貴族子女の生活を、みっちり教え込まれたのだった。
「はぁ…これが家庭教師とか付いてのレッスンだったら、既にめげてただろうなぁ…」
「私なんて庶民同然の知識しかなくて、自分でおどろきました…」
「まぁ、少なからず皆も窮屈に感じながら従ってる訳なのよ。二人共、筋はいいからバレないって!」
「ドロシーさんにはお二人のフォローをお願いします。あと大股歩きが癖になってるのと“素”が出ない様にお気を付け下さい」
「そ…れは…わかっておりましてよ?!」
「では、明日の午前中に予定致しましたので!早速お茶会デビューと参りましょう!」
「「明日!!??」」
仲の良い貴族の令嬢同士で集まる野外での気軽なお茶会らしいが、リリアが学園の友人のみで参加者を固めてくれたという。
今回は実践経験を積むだけの顔見せのようなものだから、安心しろと言われても、リナリアとメリッサは夜眠れない程緊張するのであった。
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「ドレス良し!化粧良し!アクセサリー良し!ハンカチ、扇子、胃薬良し!」
朝食後、リナリアとメリッサは馬車を待ちつつ、お互いのチェックに余念が無い。
「今回はなんの集まりでもなく、お茶を頂きながらお喋りするだけの場ですので、気楽に参りましょう?!」
「まずはお披露目して、お姉様の人となりを広める目的のものですから、リラックスして下さい!」
「と、いうわけで、私達は留守番しております」
「ほら、力抜いて!気軽に行ってきなよ?!」
家格が高く、ここでは部外者のドロシーとシルヴィアは、今回はアルバトロス邸に残ることになった。
「「そんなぁ!!」」
泣き言を言う二人は、リリア達に馬車に押し込まれ、貴族街の一画へと向かって行った。
モーリー男爵家は、一代で大きな商会を立ち上げ王家の御用達となり、2年前に国領地の発展に大きく貢献したという功績により爵位を受けた。
長女のエリーゼは、微量ながら生まれつき魔力を持っていたため、授爵した年に貴族学園に入学した。
「でも選民意識は強いし、派閥争いは凄いし、下位貴族への差別は酷いしで、授業以外は商会関係者や新興貴族の家門の生徒と過ごしてるのよ」
「彼女はリリアと同じ学年で、ボーデン伯爵への理解もあるので安心して下さい!」
「初めまして、エリーゼ様。私はボーデン伯爵家長女、リナリア・ボーデンと申します!」
「実は初めましてでは無いんですのよ、お姉様」
「去年の収穫祭や、その前の春祭りにもボーデン領へ来ていたわよ、お姉様」
「あ…………」
固まるリナリアをフォローしようと、今度はメリッサが前に出た。
「わ、私はメリッサと申しますわ!よろしくお願いします」
「ハウアー子爵の家で何度かお会いしましたわね。あの時はメイドと間違えてしまってごめんなさい。噂のご令嬢とご一緒できるなんて、嬉しいです!」
「あ………」
エリーゼは笑って固まる二人を中庭へと案内していった。
「お二人の事情はわかっておりますので、安心して下さい。私はエリーゼ・モーリーと申します。こちらこそお二人をお招きできて光栄です!貴族として初めてのお披露目の場を、我が家で提供できるなんて!」
陽の当たる東屋には、既に5人程の令嬢達が集まっていて、もうお喋りに花が咲いていた。
「お待たせ!それじゃお茶会を始めましょうか!」
エリーゼの紹介を受けて、再度間違えず挨拶できた二人は、ぎこちなくテーブルに着くと、扇子を取り出そうとしてリリアに止められた。
「ここではそんな無粋な物、必要無いわ!」
「そうですね。友達同士のお喋りですから、そういった小道具は腹の探り合いの場だけで十分ですよ」
ケラケラ笑い合う令嬢達は、確かに皆気さくで気の置けない友人同士である事が一目でわかった。
「本当なら私達、リリアと仲良くなんてなれない身分なのよ」
「家は騎士爵だから侯爵家とは本来すれ違いもしないのよね」
「家は男爵家。血筋が古いだけでほぼ平民よ」
「子爵もそんなに変わらないわよ。まぁ家は商家だからとにかく横の繋がり大事で、学園にも通ってるけど」
「リナリア様は辺境伯爵令嬢とお聞きしておりますが、家格の低い家門はお嫌ではありませんか…?!」
「イヤ!全っ然!!この中じゃ私が一番田舎者ですよ?!」
「お姉様は魔狼に跨って森で狩りをするんです!」
「お料理も上手で、捌いた獲物で何でも作ってしまうの!」
「まぁ!魔狼にですか?!」
「え?!かっこいい…」
およそ貴族令嬢とはかけ離れた話だが、皆は興味津々て聞いてくれた。
「この間の金鹿事件!あの見事な肉はボーデン領で獲れたものだったのでしょう?」
「何処も目の色変えて手に入れようとしてたわね」
「いつか行ってみたいなぁボーデン領…王都より賑やかな街なんでしょう?」
「あら、途中のディール領も凄いわよ!美味しい物は全部あそこで作られてると言っても過言じゃないわよね!?メリッサ!」
いきなり話を振られて、ちびちび紅茶を飲んでいたメリッサが動揺して紅茶をこぼしてしまうが、誰も気にしない。
「す…すみません!テーブルクロスが……」
「いいわよ、こんな少したれたくらい。既にシミだらけのヤツだし。隠し隠し使うのもそろそろ限界なのよ」
「あ…あの、だったら染め直してしまうのは…?紅茶の染みなら紅茶染めで隠せるかと…」
「………なにそれ、ステキ!!紅茶で色がつくの??」
「確かに、染みてこれだけ落ちないなら、染め物もできそうね…」
メリッサの提案に周りはどんどん食いついてくる。
「やり方は分かる?!」
「あ、はい!紅茶の出涸らしを集めて塩を加えて布と煮込んだら、最後にミョウバン液に晒して乾かすとキレイなセピア色が乗ります。玉ねぎの皮でもオレンジに近い茶色になりますよ」
「タマネギの皮!!?」
「茶色ばっかりで地味ですけど…」
「いいのよ!むしろ一般家庭には真っ白な布だと普段使いに向かないの」
「濃すぎる色も受けないの。これはいいネタをもらってしまったわ…」
「糸から染めるのもありじゃない?」
「濃度の違う色糸で組み合わせたら…うん!おもしろいかもしれない!!」
「他には?何か良いアイデアないかしら?!」
「えぇ…えっと……」
商家の令嬢達は、商品開発にメリッサを巻き込んで話し込んでしまった。
「ごめんなさいね二人共、この子達こうなるとしばらく戻って来ないのよ」
「いいえ、とても楽しいです。本当に。どこのお茶会もみんなこうならいいのに…」
「次は扇子必須のワンランク上の会場へ案内しますわお姉様」
「今から胃が痛いわ…」
賑やかで、でも穏やかな優しい時間はあっという間に過ぎた。
別れの際には、皆でまた会うことを約束し、リナリアとメリッサに初めての王都の友人ができたのだった。




