いざお茶会へ
初めて見せる顔色の悪いリナリアの姿。
心なしか震えているようにも見えた。
「…そう緊張なさらず。貴族なら誰でも一度は通る道ですから」
「で…でも、コルセット締めて姿勢良く歩く練習とかするんでしょう…?頭に本とか載せて、少しでもバランス崩したらやり直しとか…」
「…………」
「音を一切立てずに紅茶を飲むとか、一から全部決まった手順で食事するとか…」
「リナリア様……?!」
「ダンスは…なんとかなるかな…?でも刺繍は苦手で…」
「リナリア……あんた……」
「リナリア様……一体、何年前の貴族教育を受けるおつもりですか?!」
「へ?!」
かつて貴族には幼少よりそれは厳しい教育が強要され、それが元で健康を害する者も少なく無かった。
そのため、数世代前から諸外国でも活動が進み、過度な作法は効率化や軽減化がなされ、そこまで厳しい教育は、個人の希望以外では施されなくなった。
特に女性は、厳格な淑女教育に囚われて体を壊す者が多かったため、前王妃が特に力を入れ、不必要に心身を拘束する教育は真っ先に撤廃すべしとされた。
今では特殊な催事や、王族や高位貴族の行う特別な式典などで披露される程度だ。
「リナリア様がお考えの貴族教育は、廃れて50年は経つものです」
「え?!じゃぁ、家にあった教本は…」
「おそらく、先代か先々代の奥方様が、お使いだった物では無いかと…」
「今じゃ伝統芸能に近いよ、そんなガッチガチの淑女マナー……」
「「そうなの?!」」
途端、メリッサとリナリアは揃って安堵の表情になった。
「……メリッサは事情があったにせよ、こっち寄りだと思ってた……」
「無理よ!家庭教師が付くくらいの頃には、モップと箒の使い方習ってたくらいだもの!」
「こりゃ前途多難か?!」
「では、試しに紅茶の頂き方から参りましょう!」
夜風の通るサロンは、しばらく四人娘のお茶会で賑やかだった。
そしてその夜、リナリアとメリッサは心の底から安心してベッドへ入ることができたのだった。
翌朝。
朝日の当たるアルバトロス邸の廊下を、4人の淑女がしずしずと歩いていた。
「修道院生活の癖ね。朝寝坊できない体になってるわ」
「ドレスも、馴れないなりに着ちゃえばなんとかなるものですね!」
「今着ているものは室内用ですので。外出の際と来客時にはまた着替えます」
「うぅ…まだそこは田舎感覚が抜け無いわ……」
ホールでは既に朝食の支度が整っており、メイドやフットマン達が待機していた。
そして…
「おはようリナリア!やっと会えたわ〜私の秘蔵の姪っ子ちゃん!昨日はよく眠れたかしら?!」
「伯母様!それにお母様も!」
「大変でしたねリナリア。あなたが元気そうで何よりよ?!流石は私達の娘ね」
代わる代わる抱きしめられてくるくる回るリナリア。
その横でドロシーとメリッサは、シルヴィアにこっそりと「控え」の姿勢を指導されていた。
「緊張なんかしないで。さぁこちらへ!私はアイビー・アルバトロス。リナリアの伯母よ」
「私はアルメリア・ボーデンと申します。リナリアの母として皆様には本当に感謝しかありません」
「シルヴィア・トリトマと申します。この度は私共の要求を叶えて頂き、心よりお礼申し上げます」
「メ、メリッサと申します!」
「ドロシーと申します!侯爵夫人には、並々ならぬご配慮とご対応頂き、身に余る光栄にございます!」
二人の挨拶を見て、シルヴィアが後ろでうんうんと頷いた。
それなりの形になっていたのだろう。
「あなた方には是非会いたかったのよ!特にドロシー!あなたを待っていたわ!聞いてた通りの一筋縄じゃいかなそうなお嬢さん!私、こういう娘だーい好き!」
侯爵夫人に抱きしめられて、ドロシーは緊張で引きっている。
「フフフ…そのくらいにして差し上げてお義姉様。メリッサさんもそんなに硬くならないで?!屋敷の中にいる間はボーデンにいる時と同じ感覚で構わないわ」
「そうはいきませんよ!!」
メリッサもドロシーも、侯爵家と伯爵家の夫人を前に恐縮しきりだ。
「ひとまず朝ごはんにしましょ」
騒いでいる間に運ばれた朝食は、焼き立てのパンにスコーンやおしゃれな卵料理とハムにソーセージ、新鮮な野菜にフルーツ…
と、デカい肉の塊ステーキだった。
「朝はやはり肉ね!」
「フフフ…これは彼女の特別なので…皆さんはお好きな物をどうぞ?!」
そこへ、更に賑やかな声が加わった。
「おはようございます、お母様!リナリア姉様も!お久しぶりですわ!」
「会いたかったわリナリア!修道院での武勇伝、後でゆっくり聞かせてね!?」
ぱっちりとした眼にブロンド髪を巻いた華やかな少女と、やや吊り目に、栗毛をハーフアップにした大人っぽい出で立ちの少女がリナリアへ駆け寄る。
「おはよう二人共、随分会って無かったわねぇ!」
「ええ、本当に!あら、他にもお客様がいたのね!?」
「これは失礼致しました」
ふわりと軽く礼をする二人にも、やはり垢抜けた気品がある。
アルバトロス夫人がやれやれと言う顔で、二人を席に着かせた。
「紹介するわ、私の娘達よ!?姉のリリアと妹のサフィニア」
「こちらは私の友達よ!ドロシーとメリッサと…」
「シルヴィア様の事は知ってるわ!学園でも有名だったもの!」
「もうっ!サフィったら…まぁ確かに、私もまさかここでお会い出来るとは思いませんでしたわ!」
「昔の事はどうぞお忘れ下さい。この度はリナリア様付きの侍女として参りましたので、私の事はただのシルヴィアとお呼び下さいな」
「ええっ!?そうなのリナリア!信じられない!」
「侯爵令嬢が自ら侍女に…?!流石リナリア姉様ですわ!」
「全く、二人共静かになさい!食事中ですよ?!もう、ごめんなさいね。この子達は今回の騒ぎで学園を休学させている」
「でも情報収集には抜かりないわ!」
「お茶会や催し物の招待状は確保してますわ!参加者を精査して分別まで終えてあります。リナリア姉様の汚名を払拭すべく!全てこちらの意図を把握した家門が主催ですので、存分にお使い下さい!」
「頼もしすぎる…」
「振る舞いや所作などは実践あるのみです。下位貴族や新興貴族の多い集りからどんどん参加していきましょう。その為の特訓を今日から始めます」
ステーキを平らげたシルヴィアが、口元を拭きつつリナリア達に笑いかける。
「お肉が消えた?!」
「いつの間に?食べるの早っ!」
「いい食べっぷりね!気に入ったわ!!」
「「流石です、シルヴィア様!」」
そして、その日は一日中シルヴィアの指導の声と共に、リナリア達のお喋りがかしましく聞こえていたのだった。




