お喋りはケーキの最中に
「こちらのチーズケーキ全種と、フルーツタルトを全種、それからアップルティーをデキャンタで頂きます」
「チョコレートケーキの三種盛りと、紅茶と緑茶のシフォン、あとコーヒーお願い」
「このプリンのパルフェと、ミルクレープのアイスクリーム添えと、カフェ・オ・レを下さい!」
「私はこのメロン丸ごと使ったケーキにします!ソーダ水も!」
「ほどほどにしときなさいよ!夕飯これからなんだからな?!」
「ハッハッハ!!良いじゃないか!私にはこの洋酒のケーキとブレンドティーを頂こう!」
テーブルいっぱいに並べられたケーキは、ついに溢れてケーキスタンドが2つも追加された。
「ああぁ…美味しい!流石に修道院では焼き菓子が精一杯でしたから、久々のクリームで幸せです!」
「こんなすごいケーキ初めてです!!あ〜生きてて良かったぁ!!」
「流石にコレばっかりは街でしか食べられないからね!甘さが沁みる〜!!」
「ゆっくり楽しみなさい。まだ道は空かないからね。それと、食べながらで構わないから少し話を聞いておくれ?!」
アルバトロス侯爵の話によると、今回の裁判はあくまで貴族の罪を公にするもので、現時点で既にある程度の処罰は決まっているらしい。
証拠もまとめてあり、リナリア達は原告人として証言台に立てばいいだけ。
「しかし、貴族の裁判とは勝てば良いだけではないんだ」
例え負けても、周りの同情を集め被害者の如く振る舞うことで、のうのうと社交界に入り浸り地位を獲得している輩も少なくない。
または身分の他に、外国との繋がりや、商業や生産物の取引など、強い切り札があれば、多少の罪を被ってもヘマをやらかした元凶を切り離すことで、それまでと何ら変わらない生活が保証される。
「だから、やるなら徹底的に!何もかもぶち壊してやる勢いで臨まないとダメだ!」
「ダメなの…?」
「特にボーデン家を面白く無く思ってる連中は多くてな。ここで辺境伯爵がどれだけ強いカードを持った偉大な家門か、思い知らせてやる必要がある!」
既にボーデン家を貶し、リナリアに否定的な噂があちこちで囁かれているという。
「…わかりました侯爵様……裁判までの間にそれらの噂を打ち消し……社交界にてリナリア様の立場を確立すること……そのための手伝いをすればよろしいのですね?!」
「真面目な話しながら高速でケーキが消えていく……」
「リナリア、シルヴィア孃の所作をご覧?!カップの上げ下ろしから、会話の言葉選びひとつ取っても、付け入る隙もないほど完璧だ」
「あんな飲み物みたいにケーキが吸い込まれているのに!」
「確かに、全く不快な感じがしませんね……」
「そう、これこそ淑女教育の賜物だ。リナリアは貴族女性に揉まれた経験が全く無い。侯爵家の令嬢が下位貴族の侍女になるなど前代未聞だが、シルヴィア孃には姪のサポートをどうかよろしく頼む!!」
スッ…と音も無く紅茶を一口含むと、薄い微笑みを浮かべるシルヴィア。
「お任せ下さい侯爵様。私の持てる全てを以てリナリア様を社交界の花にしてご覧に入れますわ!」
「ハードルが上がった!!」
コマドリのとまり木亭に侯爵が現れてからすぐ、マスターのマーロウは父の来店を聞かされ、裏の事務所から顔を出した。
店内はパーティーやお茶会帰りの御婦人方で意外と賑わっており、馴染客に挨拶しながらテーブルを見て回る。
その中に、一際目立つケーキの山と、やや疲れた顔の従兄弟の隣に父を見つけた。
「父上、それにジェイと…驚いたな、こんなにレディがご一緒とは!」
「マーロウ兄さん!」
「来たか、マーロウ!紹介しよう、私の息子だ。マーロウ、こちらはリナリアのご友人達だよ。リナリアと共にボーデンから来てくれたお嬢さん達だ」
それぞれが自己紹介をしてから、マーロウもテーブルにつく。
「ここのケーキは気に入って頂けましたか?」
「は、はい!最高です!」
「素材が活かされてて甘すぎないのがいいわ!シンプルなケーキほど味わい深くて美味しいです」
「目指すは全種類ですわね!」
マーロウは嬉しそうに話を聞いていた。
「久しぶりだなマーロウ!?俺達さっき着いたばかりでさ、こっちで入った話、聞かせてくれよ」
「そうだな…良いニュースと悪いニュースとよくわからんニュースがある!」
「じゃ、あえてよくわからんニュースから!?」
「宮廷料理人のソルティオ伯爵が「ボーデン万歳!」と唱えて1週間の休暇を取ったそうだ」
それを聞いて目を泳がせるリナリアと、紅茶を吹き出しそうになり、むせ込むドロシー。
「何やってんだウチの父親は…」
「まぁ、それについてはまた話すわね…次に悪いニュースって?」
「……リナリアの噂が止まらない。聖女の名を騙り高位貴族を陥れた悪女だと、どこのお茶会でもパーティーでも話題に登っている程だ」
「ふーん…犯人の目星は?」
「ベランタ侯爵夫人とその周りの貴族だが、決定的な証拠がない。貴族庶民、関係無く噂をばら撒いてるらしくて、社交界どころか王都からボーデンを締め出すつもりのようだ」
「なるほど…貴族の家門を攻擊すれば、必ず何かしらの派閥や、対抗戦力が出てきてややこしくなりますが、弱い立場の身内を汚点に仕立て上げるなら簡単です。例え無罪でも、そう言われても仕方がない何かがあると、周囲に疑念を植え付けることができれば良い…。醜聞は貴族の令嬢にとって耐え難い屈辱ですから」
「貴族には、気にしない…では済まされないものがあると、今回痛い程学んだもの。1ヶ月の間にその噂を打ち消してボーデン家の名誉を取り戻して見せるわ!」
「成長したねリナリア…で、最後に良いニュース。リナリアの偽の手紙がついに届いたよ」
「え?あ!あの手紙?!」
「おっそ…くはないのか!?」
「これが普通の移動速度なんだっけ?!!」
つい先日、リナリア・ボーデンからの使いだという者がバジル宛ての手紙を持って王都のあちこちを回っていたという。
王都に入ってから数日掛けてバジルを探し、方々訪ねて回っていたというが、偽の情報を流し、城内の各部署、貴族院、裁判所と、散々振り回してから、ようやくアルバトロス邸へ誘導した。
しかし、当時色々と負傷していたバジルは、アルバトロス邸の奥で眠っていたため、所在は伏せ、本人に渡しておくからとその手紙を預かった。
「手紙を持って来た二人組には監視を付けたよ」
「ああ!魔道士の二人組だろ?!捕まえた?」
「いや、泳がせてあるが、どうする?」
「捕まえといて。手紙と引っくるめて証拠にするから。」
「手紙の件は聞いているよ。メリッサ孃が仕掛けてくれたそうだね?!危険な役目を任せてしまい、申し訳無い…」
「い、いえっ!友達のお役に立てたのなら嬉しいです!」
「さて、話の続きは帰ってからにしよう。ケーキも食べたし、そろそろ道も空いているだろう!?」
「本当に無くなってる!?全部?!」
「では参りましょうか?!送りますよレディ」
パティスリーから大通りを抜け、貴族街を奥に進むとアルバトロス邸から伸びる高い塔が見えてきた。
てっぺんには明かりが点っていて、この辺りの目印になっている。
「ここへ来るのも随分久しぶり…」
「さぁ中へ!ゆっくり寛いていてくれ。夕食の際にまた呼ぶから!」
客間を充てがわれたシルヴィア達3人は、部屋に荷物を下ろすと、サロンでリナリアと落ち合った。
「早速ですが、明日よりリナリア様には淑女教育の一部を受けて頂きたいと思っています」
「は……はい…………」
リナリアは何か観念したように俯いた。




