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ディール領にて




ディール領の領主館は、湖を背にした美しい別荘地の入口近くに建っていた。

古風だが洗練された落ち着いたデザインの迎賓館と、資料館そして会議室。

庭園には優しい色合いの花畑が広がっている。


鷹達が肉を食べ終わり、粗方解体の目処が付いたところで、一行はタラゴンに急かされ、この湖の畔にやって来た。


「では、まずジェイ殿は鷹を洗って下さいますように!」


「えっ?!!!」


「こんな臓物まみれのでっかい生き物連れて街まで行く気ですかアンタ!?そこの河口で洗って来なさい!あと上着もこっち寄越しなさい!!そのままじゃ山賊と間違われても文句言えませんよ?!」


タラゴンは渋々顔のジェイを裏庭に追いやると、今度はリナリア達に向き直った。


「さ、お嬢様方はこちらへ。リナリア様はお召し替えを!」


「私も上着だけで…」


「なりませんね!!ええ!血飛沫を纏った令嬢など幽霊怪談の中だけで十分です!まったく…ボーデン家は子女への教育が余りにも足りておりませんな!!」


タラゴンはちらっとバートの方を見ながら、わざとため息を吐いた。


「仰る通りで、何も申せません…」


「君も着替えて来なさい!すっかり彼等に馴染んでしまって……と、これは失礼!そちらのレディ達は向こうにお茶の支度がございます。まずはお寛ぎ下さい」


ドロシー達3人は、促されるままサロンへ連れて行かれるのであった。


香りの良い紅茶と共に、テーブルに並んだプチケーキにカナッペ、小さなサンドイッチ、フルーツ、焼菓子…


「こういうのスゴい久しぶり…」


「何年振りでしょうか。以前は習慣とも言えましたのに」


「わわわ私は慣れてません!子供の時に何度かくらいですよこんなの!」


そこへ、ノックの音がしてタラゴンが恭しく戸を開けると、初老の男性が入ってきた。

すかさず流れる様に礼を取るシルヴィアに、二人もわたわたと続こうとするが、男性はそれをやんわり制止した。


「いや、そのままで!いきなりお邪魔して申し訳ない。失礼をお許し下さい。私はこの領地の管理をしております、コリウス・ディールと申します。そちらの…メリッサの大叔父です…」


目をパチクリさせるメリッサ。


「お…お祖父様の弟君とお聞きしたことがあります…」


「こうして会うのは君が生まれた時以来だね。髪も目もアンジェそっくりだ。そちらのお二方には申し訳ない、少し彼女と話をさせて頂きたいのですが…」


「シルヴィア・トリトマと申します。こちらはドロシー。大切な姪孫様とのご再会おめでとうございます。友人として同席をお許し下さい」


「もちろんですとも!」


追加のティーカップを受け取り、コリウスが微笑んだ。


「ええ、実はこの度の騒動の少し前に、我が家では大騒ぎがありましてな…」


ディール家当主セロシア・ディールが、姪のメリッサがハウアー子爵家から追い出されことを知って、激怒も激怒、大噴火し、ボーデンの魔馬を借り受け、王都に乗り込んだのが一月前。


しかし当のメリッサは既に辺境へ旅立った後と知り、あらゆる伝手と手段を用いて、メリッサを実家と絶縁させ、養子として迎える手続きを終えたという。

更に、大切な娘の忘れ形見を踏みにじった親子への制裁に、娘が立ち上げたブランドを買収し、以後ハウアー家が関わらない事を誓約させた書類を仕上げ、ディール伯爵家も今後一切の縁を切ると宣言したそうな。


「で、その後すぐこちらに戻ったところでこの騒動。メリッサが巻き込まれてはと、慌ててボーデンへ向かう途中、腰を痛めてしまいましてな。しばらく別邸で養生するそうで、今は私が臨時の領主なのです」


「そんな事が…」


「私が…養女に?!お祖父様の?!」


「おっと、口が滑った!兄がこっそり準備していたというのに。どうか聞かなかったことにしておくれ。次に来た時、改めて歓迎させて貰うからね!?」


泣きそうな顔のメリッサの背中を、ドロシーが擦ってやる。


「良かったじゃない?!帰る所ができたみたいで」


「こちらもなかなかに大変だったようですね」


「はい。おまけに、ようやく事態が落ち着いたと思った矢先にまさかの大爪熊とは……」


「その…そんなにスゴいのですか?あのクマは…?!」


「そうですね……報告を受けたタラゴンが白目を剥いて倒れるくらいには……」


捕獲記録は十数年振り。

毛皮は王族への捧げ物となり、肉は限られた者しか口にできない幻を越えた伝説級の存在。

しかも自領のすぐ横で捕獲された獲りたて新鮮。


「普通ですと高額な討伐料から、引取料から、更に報奨金まで出してやっと手に入れるものなんですがね……」


本物の大爪熊を前にガクガク震えるタラゴンを前に、ジェイが放った一言。


「え?いいよ毛皮はこっちで処理してよ。肉だけ多めに貰えたら、後は好きにしていいからさ!手続きとか面倒だから、ゴンさんに任せるよ!」


そのせいで急遽、腕の良い毛皮職人が集められ、大急ぎで解体と毛皮の加工作業を行うらしい。


「この様な話をここでするのも、ボーデン家ではあまり重く考えて頂けないので……」


「つまり愚痴?!」


「…はい…仰る通り、愚痴ですね…」


コリウスが少し遠い目で窓の外を見ていると、ジェイとリナリアが戻って来た。


「ひとりで着られない服にされた!!メイドに着付けて貰うの落ち着かない!!」


「軽装でって言ったのに…こんな重いドレス着慣れない……」


「お二人共、良い練習になりましたね。コリウス様、ありがとうございます」


「ははは、よくお似合いですよ、ジェイ殿もリナリア様も」


バートも戻り、お茶が行き渡ると、コリウスは改めて話をし出した。


「さて、話は戻りますが、今回の大爪熊の件は我が領より、被害報告として国へ届け出ようと思います」


ベランタ侯爵子息の好き勝手のせいで、大爪熊が出没し、民の安全が脅かされたと。

そもそも街道に出て来る生き物では無い。

もし村にでも入り込まれたら…

討伐にだって犠牲者は出たことだろう。

この異常事態は十分被害として成り立つ。


「バジル殿より魔の森の惨状は聞いております。裁判の際に少しでも後押しになれたら良いと思いましてね」


「ありがとうございます!」


「大爪熊の肉は珍味中の珍味です。お持ちになれば貴族相手に良い切り札にもなり得るでしょう」


「あ、それは食べちゃうかな」


「………そう、ですか……なら毛皮が仕上がり次第、こちらから王家に献上させて頂いても?討伐の実績等も合わせて報告しますので、ボーデンの実力を改めて知らしめる、良い機会となりましょう」


「助かります。我が主人一家はそういうのに本当に疎いので!」


「お手数お掛けします……」


「こちらこそ、メリッサを頼みます。どうか楽しい時間を過ごさせてやって欲しい…お願いします」


「お任せ下さい!あっちでは目一杯遊ぶつもりですので!」


「本命忘れてないか?!頼む、裁判でそのテンションはやめてくれよ?!」


そうして一行はタラゴンとコリウスに見送られ、再び空の旅を楽しむのだった。


「午前中にと思ってたけど、到着は夕方になるかもね」


「いや、1日で着く感覚がおかしいんだって!!」


「あのケーキも美味しかったですね。特にチーズケーキは絶品でした」


「ここは畜産も盛んですから。チーズも名産のひとつなんですよ!」


「はぁ……美味しい物が遠ざかっていく…」


その後、国有の穀倉地帯を抜けて山を越えると、壁に囲まれた町並みが現れる。

王城を中心に築かれたメトロポリスが目下に広がっていた。


「わぁ!すごい。建物がいっぱい!」


「空から見ると以外とキレイですね!」


「またここに来る事になるとはねぇ…」


「懐かしいですわ…」


「よーし!塀門前で降りるぞー!」


15羽の大鷹達が地に降りると、すかさず兵士が駆け付けて来る。


「貴様ら何者だ!!」


しかし、剣に手を掛ける門番達は、ジェイが説明しようと前に出た途端吹き飛んだ。


「貴様等ぁっ!!私のかわいい姪に剣を向けるとは万死に値する!!」


「あ、叔父上……」


そこには厳かなマントを羽織り、怒りの形相でハルバードを振り回すアルバトロス侯爵の姿があった。





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