空の旅
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「「行ってきまーーす!!」」
15羽の巨鷹達が一斉に羽ばたき、物凄い風圧と共に、リナリア、ドロシー、メリッサ、シルヴィア、ジェイ、バートの6人を乗せた大きな籠が地面から一瞬で浮かび上がると、急上昇で空へと連れて行かれた。
鷹達は、絶妙な編成で長いロープがぶつからない様組まれた列になり、大空を飛んでいく。
「ここから3回程休憩地を経由して、午前中にはアルバトロス邸へ到着する予定です。」
一羽の許容重量は40~50kg程。しかしそんなに長く飛び続けることは出来ない。
「コーネリアスの空籠隊も久しぶりだな?!」
「実践は初めてでは?本来は軍事用の緊急避難用らしいですからね」
「皆大丈夫か?具合が悪くなったら直ぐに言っくれ」
籠が水平に保たれるようロープを操りながら、ジェイが後ろを見ると、4人の少女達は臆するとこなく籠の縁に掴まり、空の景色を眺めていた。
「……すごい……世界がこんなに広いわ!空がこんなに近いわ!!見て?!海が見える!!」
「私は今、感動に打ち震えています……こんなにも美しい光景は初めてです!!」
「うわぁぁ!!こりゃ速いわぁ!!すんごい気持ちいい!!」
「やっぱり空はいいわねぇ」
そして誰からともなく、トランクから取り出されたサンドイッチの包みをつまみ、かぶりついていた。
「お嬢さん達……馴染むの早すぎません…?」
「怖がられるよりよろしいのでは?」
「君達、ウチでも普通に暮らして行けそうだね……」
そこからまず1時間程飛ぶと、一番近いアルメリア領の拠点へ到着する。
鳥達の栄養補給と休息で20分程過ごしてからまた空へと駆け上がる。
「ひゃぁぁっ!この浮き上がりに体がフワッする瞬間が何とも言えないわ!!」
「怖いような、気持ちが良いような謎の高揚感がありますね!」
「ゴーグル変じゃない?ズレてたら教えて?!」
「あ、見て!?あれ何かしら?…道で何か大きな物が動いてる……!?」
しばらく飛んでいると、領間を繋ぐ大道に何か異様な黒いものが見えて来た。
「あっちには馬車が走ってる。あれ…もしかして追いかけてるのかな…?」
リナリアが指差す方を見ると、街道へ続く道を行く馬車の後を、大きな何かが追いかけているようだ。
馬車からはまだ大分距離があり、乗り手はまだ後ろの存在に気が付いて居ないらしく、馬はゆったり進んでいる。
「何だ…?あれ?……」
バートがすかさず望遠鏡を覗くと
信じられないモノが目に飛び込んだ。
「!!?クマですっ!!しかも、あれは魔獣…?!いや違う!魔物ですっ!大爪熊だっ!!」
バートが言い終わるより早く、ジェイは愛鳥のロープを素早く解くと口笛を吹き、籠から飛び降りて行った。
「嘘っ?!」
「ジェイさんっ!?」
ドロシーとメリッサが、籠の縁に飛び付いて下を見ると、落ちて行くジェイの腕をコーネリアスが捉え、クマ目掛けて突っ込んで行った。
一瞬の間の出来事だった。
大爪熊の背後を取ると、腰の片手斧を引き抜き真上から脳天へ一撃。
血飛沫が舞い、熊の咆哮が大気を揺らす。
グァォォォォッッ!!!
向きを変えた大爪熊は、ジェイ目掛けて腕を振り下ろしたが、その爪は空を掻いただけだった。
コーネリアスと共に上空へ回避したジェイに、バートが折り畳みの槍を投げ渡す。
キュピィィィィッッ!!
コーネリアスが爪を立てて威嚇すると、大爪熊も立ち上がり再び攻撃を繰り返す。
その一瞬の隙をついて、ジェイがその真下に滑り込んだ。
「すまない……」
ジェイがそう呟くと、構えた槍の先が大爪熊の胸元に吸い込まれて行った。
籠が地上に降りるのと、熊の巨体が地面に倒れ伏すのと、ほぼ同時だった。
バートが鳥達を纏め、籠から飛び降りる。
「お見事でした。流石は大旦那様の折り紙付きですね」
「ふぅ〜…森の中なら一目散に逃げてたろうな。今回のはこっちの運勝ちだ」
座り込んだジェイとコーネリアスに、リナリア達が駆け寄り抱き着いた。
「グッジョブ!兄さん!超・超・超大物よ!!!」
「怪我はっ?あんな無茶して!まさかあんなのが日常茶飯時とか言わないでしょうね?!」
「ジェイ様…正しく能ある鷹ですわね。あの体捌き、近衛騎士でも敵いません」
「わぁーーん!!無事で良かったぁ!!」
ジェイが、口々に騒ぐ少女達に揉みくちゃにされている間に、バートは倒れた大爪熊を調べる。
「目立った傷はジェイ様の斧と槍以外無し…前回の金鹿同様、魔素から逃れて来た逸れモノの様ですね。しかし大きい…」
およそ300kgはあろうかという巨体な熊。
毛皮に、牙に、その名にある通りの大きな爪に、何より極上と言われている肉。
一体どれ程の価値がつくだろうか。
「この先はディール領ですね。先触れを出しておきますので、ここで解体していきましょう。お嬢様達は、私が次の拠点までお送りして参りますので…」
「あ!あのっ!私残る!解体、手伝う!ってか手伝わせて!!」
「私も!こんな大きな生き物の解体なんて初めて見るわ!」
「私も、是非見学の許可を!」
「逞しいな皆!!」
「…では、水場まで運びましょう」
大熊をロープで括り、近くの小川まで鷹達に運ばせると、バートが何処から出したのか解体道具を並べだした。
リナリアが上着を脱いでエプロンを掛け、小刀を握りしめる。
「かなり臭うと思うから、無理だったら離れててね」
「よし、いくぞー!」
木に吊るした熊の下に穴を掘り、腹に下からナイフを入れると、臓物が一気に落ちるのでそのまま血抜きする。
リナリアは、赤黒く異臭を放つその中に手を入れ、必要な部位を取り出しては洗っていった。
「心臓と、胆嚢!これ大事。あとは肝臓ね、残りは食べていいよ」
バケツに入れた大量の臓物を、何度も運んで撒いてやると鷹達が一斉に飛びついた。
「上腕の骨の隙間に沿って…そう、上手ですよ。先に肘の下の筋を切って外します」
「うっっす!!」
ドロシーはバートと共に肉の解体に入った。
メリッサは少し離れた所でしゃがみ込んで、鳥達を眺めていた。
「ごめんなさい…少しくらくらしてしまって。情けないわ…」
「そう言いながら血塗れで臓物喰らう鷹は見られるんだ?」
一方シルヴィアは、並べられた肉の塊を凝視している。
「凄い臭いですが、原因がわかっているとそこまでキツくも感じ無いですね。むしろ早く食べてみたいです!味見はまだですか??」
「こっちは食欲が勝った…でもまだ良く洗って血抜きしないと…」
2時間程そこでたむろしていると、道の先から馬に乗った身なりの良い男性が、手を振り振り走ってきた。
しかし誰一人気が付かない。
「おーい!おーーい!!」
「あれ?誰かこちらに来ますよ?!」
メリッサの一言で、やっと顔を上げる面々。
「おーーい!おーーーい!!」
ゼイゼイ言いながらやってきたのは、ディール領の中年の外交官。名前をタラゴンという。
バートの前まで降りてくると、膝に手をつき肩で息をしながら話し始めた。
「ハァッハァッ…こちらで…ハァッ…大爪熊が出たとお聞きして…ハァッ…参ったのですが……」
「はい、先程捕獲致しました」
「ですよねぇ〜!ボーデン家の方ですものねぇ〜!?あ、もう解体作業まで始まってる?流石ですねぇ〜…念の為人数を集めて馬と馬車でこっちに向かわせてるんですが、そうですかぁ〜もう終わりましたかぁ〜うぅっ……要請を受けてただの一度も間に合った試しが無い……」
「そんなことありません。今回の獲物はかなりの大物ですので、解体と運搬のご協力をお願いします。ここはディール領の猟域ですので、取引等もお任せします」
「まぁ美味しい話には違いありません。かなり美味しいですね!何年ぶりでしょう大爪熊なんて!」
「ジェイ様が領主代行した時以来ですから、8年ぶりですね」
「さぁ、皆様!残りの解体は我々にお任せ下さい!皆様には我等がディール領へお立ち寄り頂きますぞ!?」
こうして一行は、ディール領に寄り道をすることになったのだった。




