後始末
いつもの裏庭。
竈の前で熱々の料理を頬張る4人は、いつになく幸せだった。
「あぁ…美味しい。余計な心配が無くなった分、染み渡るわぁ…」
「何よりこのローストチキン!見た目、火加減、味付け!何もかもが素晴らしい出来ですわ!」
「お疲れ、リナリア。外の騒ぎがここまで聞こえてたよ」
「バート様が運ばれて来た時は、本当に血の気が引きました…理由を聞いたら安心しましたけど」
「ありがとう、皆に心配かけちゃったわね。それにしても、あの短時間で魔石の生成なんて凄いじゃない!しかもあんなにたくさん!」
「院長が全シスターに声を掛けて下さって、シルヴィア様の指示で皆で魔力を注いだの」
シルヴィアが予めバートに受けていた、魔素吸収魔石のレシピを元にクズ魔石を即席加工し、魔力持ちのシスター達で魔力を注入。それをメリッサとシルヴィアが運んだようだ。
「外に出た時は本当に驚いたよ!もう二度とこんな無茶しないでよね!」
「心配掛けてごめんね…ありがとうドロシー…」
「それにしてもシルヴィアさんの落ち着き様は流石でした」
「あの騒ぎの中、始終食べることしか考えてなかったもんな…」
「当然です。リナリア様達はボーデンの末裔ですよ?!あの程度の連中が束になって掛かかって来ようと、敵うものではございません」
「シルヴィア様はボーデンの能力をご存知だったのですか!?」
「諸外国と魔の森、2つからの国防の要であり、今や王都にも勝る貿易の拠点として栄えた土地を治める一族ですわよ?!戦の際は王族と同等に意見できる数少ない家門である事は、貴族として知っていて当然です」
「「知らなかった!!」」
リナリアとドロシーの声が重なった。
「家ってそんな特権があるんだ…」
「辺境伯爵とは、それだけ重要かつ、強力な存在なのです」
そこへ、ルーとタオ爺とジェイが戻ってきた。
「いやぁ〜やっと飯にありつけるぜ〜」
「ワフッ」
「姫様!ご無事で何よりですじゃ…!」
鎧を脱いで、いつもの作務衣に戻ったタオ爺は、何時になく嬉しそうだ。
二人も丸太に腰掛け、遅い昼食にありついた。
ルーも出された皿の中身をバリバリ食べている。
「あー…生き返る!ホントに!こんな大騒ぎはもう二度と勘弁して欲しい!俺には戦闘は無理だ!」
「お疲れ様でした!塔から見てましたが、ジェイ様はお強いのですね!」
「そーかな…?」
「あのアルセインという男は、ああ見えて元次期騎士団長で、元近衛騎士候補ですから、ジェイ様も相当な実力者で間違いないでしょう」
「おおぅ…褒められた…」
「爺ちゃんもかっこ良かったよ!!あんな鎧着て不安だったのに、めっちゃ強いじゃん?!」
「なに、ワシの故郷の鎧じゃよ。昔はこれでも多少は名の知れた槍手でじゃってな。今回はちと老身に鞭打ち過ぎたようじゃがな」
「強いと言えば!リナリアも凄かったよ!どうやってあのデッカイ機械兵をたおしたの?!」
「いやぁ…あれは…」
「あぁ、リナリアはボーデンの中でも先祖返りの特異体質でな…」
魔素を吸収し、無効化できるボーデンの特異体質を特に色濃く受け継いだらしい。リナリアは生まれつき他人の魔素や魔力まで吸収してしまう魔力持ち泣かせだった。
それでも成長するに従い、ある程度は抑えることができるようになり、軽い接触はできるようになった。
「母さんはお腹にリナリアがいる間ずっと魔力が枯渇してたし、義爺さんもしょっちゅう魔力吸われて参ってたな」
「バートも、子供の頃はうっかり抱きついてよく倒れてたっけ…」
その時、裏の戸が開いて誰かが現れた。
「リナリア!!」
「お父様!?」
珍しく人の出入り口から現れたバジル氏は、全身傷だらけでボロボロになっていた。
「屋敷の方ではそんなに激しい戦いが…?!」
「あ、いや…コレは姉上に……そんなことより、お前は怪我はないかい?!まったく…お転婆娘を持つと父親は心配だよ……」
「私は大丈夫。バートには悪い事しちゃったけど」
「今、母さんと姉上も来ていてね。院長先生と話をしているところだ」
客間では、院長の土下座から始まり、父が領主として管理が行き届かなかった事で頭を下げ、謝罪合戦になったとか。
そこへ中々話が進まないことに苛立ったアルバトロス夫人の喝が入り、王家や貴族達へ求める賠償、今後の辺境に対する扱いや要求等、話し合いがあったらしい。
「今回の事は王都の貴族が絡んでるだけあって、このまま終わりにできなくてね…悪いが、リナリアには一度王都へ行って貰わないといけないんだ」
「っ!発言をお許し下さい!ボーデン伯爵!」
ローストチキンを片手に、ビシッと挙手をしたのはシルヴィアだった。
「…君は…?」
「シルヴィアと申します。元トリトマ侯爵家の次女でございます」
「修道院のシスターか。そんなにかしこまらなくていいよ、気楽に話したまえ」
「では改めて、王都に行かれるのでしたら、ぜひ私をリナリア様の侍女としてお仕えさせて下さい!」
「「「「えええぇっ!!!」」」」
驚くリナリア達を他所に、ボーデン伯爵はシルヴィアを見つめた。
「侍女か…確かに我が家にはそんな役職は無いな…」
「この様な事件があったのですから、王都へは貴族裁判への召集があったのでは?リナリア様は王都に不慣れとお聞きしました。私にリナリア様の補佐をさせて頂きたいのです!」
「確かに…私も王都の貴族とはあまり関わらないし…いらぬ恥をかかせてしまうかも知れないしな…よし!良いだろう、後で妻と正式な依頼を出そう。修道院を通して迎えを寄越すよ」
「ありがとうございます!」
「「「「ええええぇぇっ!??」」」」
驚く4人を他所に、シルヴィアはローストチキンを手にしたまま、淑女の礼を取る。
「あと、メリッサ孃も一緒に来て欲しい。色々協力してくれたらしいからね!改めてお礼もさせてほしいな」
「わ…私がですか…?」
「ついでにドロシーさんもどう?」
「あ?!アタシも??」
「姉上が会いたいって」
「ボーデン伯爵の姉上って…」
「アルバトロス夫人だよ?!」
「……よ……よろしくおねがい…します……」
「よーーし!明日は全員で王都に乗り込むぞーー!」
一人浮かれたように空へ拳を突き上げるボーデン伯爵。
残された者達は皆、口を開けたまま動けなくなっていた。




