リナリアの秘密
魔道具から見えない波のようなものが通り過ぎると、いきなり体が重くなり、呼吸がまともにできなくなった。
全身が手足の先から徐々に軋む様に動かなくなり、視界もぼやけて立っていられなくなっていく。
(これが…魔素…か……)
激しい頭痛に吐き気と、時々体のあちこちを鋭い物で突き刺すような、硬い何かで殴られるような痛みが走る。
(しかし…彼女なら……ルナの魔道具ならすぐに…)
すがる様にルナリアの声のする方を見たブライアンは、目に映るぼやけた景色の中で、希望の魔道具がシャベルで打ち壊されるのを見た。
(あ…あ…あぁぁ………)
そこから世界が暗転し、彼は自分の死に怯えながら意識を失った。
リナリアはしばらくルナリアの体に手を置いていたが、やがて立ち上がり兄を呼んだ。
「兄さん、バートの様子はどう?」
「あぁ、魔力がなくなって一時的に動けなくなってるけど、魔素は抜けてるよ。ルーが付き添ってくれてる」
「そう、良かった!じゃぁ、この人達片っ端から片付けちゃいましょう。バートがいないんじゃ魔道具は使えないし、母さん達を待つ間ほっとくわけにもいかないしね」
「はいよ〜」
ジェイがルナリアの腕を縛り、担ぎ上げると馬車に放り込んだ。
馬車には魔素除けが施されている。
この周りに集めて置けば、ひとまず安全のはずだ。
「ちょっと!!あんたはなんで平気なのよ!!」
「俺か?ボーデンの血筋だからな。俺達に魔素は通用しない。だからこの地を任されてんだよ」
ブライアンは地獄のような痛みと苦しみの中、ふと、体に触れる温かさを感じた。
すると、そこから苦痛が溶けるように消え始め、奪われた光が戻ってきた。
「あな…たは…せ…聖女…様…?」
見上げた先に映る女性の影に思わず手を伸ばすが
「残念!あんた達が罪人の身代わりにしようとした泥臭い底辺田舎貴族の育ちの悪い末っ娘よ」
視界が戻ったブライアンは目を白黒させながら震え出した。
「動けないでしょう?私が触るとそうなのよ。魔物や魔石持ちの人なら魔力の源が別にあるから大丈夫らしいけど、生まれつきの魔力持ちは私が触ると魔力が抜けちゃうのよね…まぁ半日くらいで動けるようにはなるわ、魔力が回復するまで10日くらいかかるけど」
真っ青になったブライアンをジェイが引きずって行って馬車に押し込む。
クリスティアンは魔素が抜けてもピクリとも動かなかった。
魔道士達もガタガタ震える者はいても、一言も発することなく、ジェイに運ばれていく。
ところがアルセインは、体が自由になった途端跳ねるように起きあがった。
「ハハハっ!!油断したな!?俺は元々そんなに魔力が高くなくてね、魔力を抜かれたくらいで動けなくなるほど軟じゃないのさ!!」
再びレイピアを拾い上げると、ジェイに向かって突進していく。
「我等が聖女に害なした罪、償ってもらおう!!」
「うるせぇっ!!」
ジェイはリナリアから受け取ったシャベルを持ち直すと、水平に振り抜いてレイピアを叩き折り、アルセインの顔面を平たい部分で再度叩き飛ばした。
「ぐべぁっ!!!」
「何が罪じゃ!この恩知らず!弱っちいボンボンモヤシが粋がってんじゃねー!!」
シャベルを何度も叩きつけられて、やがてアルセインも動かなくなった。
シャベルの打撃に加え、再び魔素を溜め込んでしまったらしい。
「こんなんが騎士団なんて世も末だな」
リナリアは仕方なくもう一度魔素を抜いてやると、恥知らず共を馬車に積み込み、残りはその辺に縛りあげて置く。
「こんなもんか?」
そこへ、橋の方から兵士と魔道士が何人か走り込んできて、目の前でバタバタと倒れた。
「がっ…ガハッ……」
胸を押さえ苦しんでいたのはベランタ侯爵とその護衛と魔道士達だった。
どうやら馬が怯えて橋を渡れず、仕方なく降りてここまで来たらしい。
「また増えた…」
「な…ナゼだ……魔素除けは身に着けているはず…」
ベランタ侯爵が腰に手を当てると、そこには壊れて魔石も基盤もなくなったガラクタがぶら下がっていた。
「まさか…まさかあのとき……」
のたうち回る老人達を他所に、リナリアは辺りに残った魔素の心配をしていた。
「全然薄くならないのね…このままじゃ修道院にまで影響が出ちゃう…」
「親父が母さんを連れて来てくれないと、誰も魔道具を動かせないしなぁ…」
コーネリアスはすでに戦闘が始まる前に飛ばしてしまった。
魔力無しの二人にはもう待つことしか出来ない。
「いいえ!私達がおります!」
バタンと開いた扉からシルヴィアとメリッサが現れた。
「バート様より事情は伺っております!さぁメリッサさん、行きますよ!!」
「は…はいぃぃっ!!」
二人は祈るように握っていた手から、キラキラ光る小さな魔石を辺りにばら撒いた。
「アルメリア様の魔素吸収魔石の模倣品です…大きいものは流石に無理ですが、ここには魔力持ちの令嬢が多くおりますからね…クズ魔石を加工して、皆に魔力を分けて頂きました…」
「わふっ!わふわふっ!!」
ルーに支えられたバートがふらふらと歩いてくる。
ふわりと風が渡るような感覚と共に、空気が清められていくのがわかった。
魔素が全て消えてしまう前に侯爵共を縛りあげ、リナリアがしっかり触れたらそこらに転がして全て完了。
「さぁ、周囲も全て回りますよ?!」
ボロネーズ修道院のシスター達の魔力を込めた魔石が
辺りに散らばり、日に当たって美しく煌めいている。
「シルヴィア!メリッサ!」
「あとアタシも!二三粒だけど、頑張った!!」
「ドロシー!!皆ありがとう!」
「残った魔素はもう無害な程度でしょう。後は勝手に霧散していきます…リナリア様、この戦い我等の完全勝利です」
「さあ、皆さん!これで…」
浄化の乙女か、光の聖女か、シルヴィアとメリッサが3人の前に戻って来た。
「あぁ、これで俺たちやっと…」
無駄な争いから開放され、いつもの暮らしに戻れる…
ジェイが肩の力を抜くと
「待ちに待ったお昼ご飯です!!!」
シルヴィアが腕を掲げて叫んだ。
「もう無理です!もう嫌です!あのご馳走を前に待てなんて苦行はこれ以上お断りします!」
「と…とりあえず話は食べながら…」
「あー…じゃ、俺はタオ爺呼んでくる…」
「私は院長殿に報告を」
「じゃぁ私達は先に食べてる!!!」
「わぉんっ!」
はしたなく廊下を駆けて行くと、いつもの裏庭には香ばしい匂いが立ち込めていた。
4人はそれぞれ料理の器を掲げ、グラスの代わりに勝利の乾杯をし合った。




