リナリアの戦い
「そこを通しなさい!」
「外は危険です!どうか奥の聖堂へお戻り下さい!」
修道院の中では、惚れた貴族子息を助けようと、若いシスター達が外へ出るための通路へ集まっていた。
それを抑えようと立ちはだかっているのはメリッサだ。
「この魔石をクリス様にお渡しするのよ!邪魔をしないで!」
「お願いです!危険な魔道具が作動するかも知れません。魔素除けを敷いた場所にいて下さい!」
「知ってるわよ?!あなた、あのボーデンの娘と仲がいいんでしょう?!」
「私達の仲間だと思ってたのに…罪人とつるむような人だったなんてがっかりだわ!」
「まだ騙されてるのね?!何なら私達と一緒に来なさい、真の正義がどこにあるか、教えてあげるわ」
赤毛のシスターに肩を掴まれ、身動ぐメリッサの腕や髪に他のシスター達の手が伸びる。
「やめて!!」
叫ぶと同時に、必死に踏ん張るメリッサの体が急に軽くなった。
顔を上げると、シスター達の手が次々もがれ、足が床から離れて引き倒されていく。
「あなた達!何をしているのですか?!」
鋭く、しかし落ち着いた声が響く。
「シ…シルヴィア様…?」
そこにはパン籠とタマネギの袋を片手にぶら下げたシスター・シルヴィアが立っていた。
「外へは出ないよう、全員に言い渡してあったはずですが?!」
「で…でも…」
「…気持ちは分からないでもありません。ですが、あなた方が出ていった所で、足手まといになるだけです!」
「そんな!」
「騎士の戦いに淑女が手を出すことは許されません。どうしてもと言うなら、私がその魔石を持っていきましょう。大勢で押し掛ければそれだけで迷惑になりましょうから」
「私達にも出来ることはあるはずです!」
「ならば天に祈りなさい。戦士にとって乙女の祈り程心強いものは有りませんよ?!」
シルヴィアがそう言うと、シスター達は渋々とポケットの魔石を取り出し、一つの袋にまとめ出した。
「コレを、必ずクリスティアン様にお渡し下さい!」
「エディの分も入ってるわ」
「ユー様に無事をお祈りしているとお伝え下さい」
シスター達は口々に囀ると、足早に奥の聖堂へ戻って行った。
「大丈夫ですか?メリッサさん」
「ええ、ありがとうございますシルヴィア様。おかげで助かりました。所でどちらへ?」
「不覚にもコショウを切らせて倉庫へ取りに行く所でしたが、お役に立てて良かったです」
「シルヴィア様、お強いのですね!?」
「護身術の応用です。貴族子女の嗜みですわ」
「(護身術超えてます…)その魔石どうするのですか?」
「ああ、これですか?魔道士の不正の証拠として押収します。まぁ、バート様の教えを知った今では、これがどれだけ低級で不安定な魔石モドキか、解ってしまいますが…いけない!せっかくのコショウがローストチキンに間に合わなくなってしまう!」
「ドロシーさんの所ですね、私も行きます」
二人が北の塔の裏口を目指して小走りに進むと、建物が僅かに揺れたような気がした。
「おのれ…アルセインを離せっ!!」
激昂したクリスティアンが、ジェイ目掛けて小型の魔道具を構えた。
途端、魔道具の中央から青い炎の球が吹き出し、ジェイを焼き尽くそうとする。
それをひょいと躱すと、ジェイはリナリアへ声を掛けた。
「俺パス!武器選び直さないとダメだ!五分稼いでてくれ、なんかイイの見つけてくるから!」
ジェイは、「ちょっととその辺歩いてくる」といった調子で修道院の中に戻って行ってしまった。
「逃げるな、下劣な底辺貴族が!」
追おうとするクリスティアンの前に今度はリナリアが入り込む。
「バート、後の魔道士達は任せるわ!ルー!おいでっ!!」
助走を付けてクリスティアンの目の前に踏み込むと、短刀の柄を持っていた魔道具に叩きつける。
護衛か専属騎士かはわからないが、後ろで待機している身形の良い兵達より速く動かねばならない。
「なっ!?」
注意が右手の魔道具に向いた瞬間、胴に蹴りを入れるが、体格差でさほど深くは入らなかった。
「はははっ!こんな程度か?!ひ弱な女が戦いに入って来るな!!」
魔道具を拾おうとクリスティアンが体勢を立て直そうとした瞬間、左足が宙を掻いた。
「何っ?」
横をすり抜け、音も無く走り寄って来ていたのは、一匹の狼だった。
クリスティアンの足を捉え、後ろへ後ろへ引っ張って行く。
「お行き!ルー!!」
「ワフッ!!」
がっちりブーツの上からクリスティアンの足を咥えたルーが勢い良く走り出した。
「ギャァァァ!!!」
「ガフガフガフッ!」
「前庭一周!!」
「やめろぉぉぉ!!!」
「副長をお助けしろ!急げ!!」
狼に引き摺られたクリスティアンと数名の兵達は、皆の視界から一瞬で退場した。
「クリスティアン様ぁ!!」
「クソっ!そこをどけっ、田舎魔道士が!」
魔道士達が騒ぎ出すが、バートが睨みを効かせているため、動くことが出来ない。
「いいわ、バート。後は私にもやらせて。貴重な対人戦よ」
「…わかりました」
バートはそう言うと、魔石をポケットにしまい、先程クリスティアンが落とした火炎弾の魔道具を拾い上げると、リナリアに手渡した。
「これでいい?」
「はい、ありがとうございます」
一度手にした魔道具を、もう一度バートに返すと、バートはそれを地面に投げ捨ててしまう。
「では、ご健闘下さい」
バートはリナリアに一礼すると建物の側へと下がって行った。
「何をしているんだアイツ等は?!」
「何にせよあの厄介な奴が下がった今がチャンスだ!」
「アルセイン様とクリスティアン様を救出せよ!総員掛かれ!!」
魔道士のリーダーらしき人物が、魔道具を手に掲げると、他の魔道士達も各々自分の魔道具を展開させ始めた。
どうやらリーダーが何か特別な魔道具を展開させるまで、周りの魔道士が時間を稼ぐようだ。
とはいえ、国に仕える一級魔道士の集まり。
当たればただでは済まないだろう。
向けられた魔道具に集中し、その軌道を読みながら避け続けるしかない。
風刃が辺りを抉り、水弾が弾け飛び、岩が地を穿つ。
しかし、一発毎に次の作動まで僅かに時間が掛かる。
両手に持っている者も、片方ずつしか撃てないらしく、リナリアは攻撃を避けつつ、そういったすきを見ては彼等に近づいて行った。
そして遂に右端の魔道士の目前まで迫る。
「えいっ!!」
籠手を嵌めた手で掴みかかってみるが、相手は後援職とはいえ大の男だ。
突き飛ばされて仰向けになった所に、水弾の魔道具を向けられた。
リナリアは魔道具を掴むと魔道士を睨みつける。
「容赦無しということね、いいわ!こっちも端からそのつもりよ!」
「ハッ!強がりか?田舎者風情が!大人しくしていろ!!」
魔道士が魔力を込めると回路が反応し、魔石に魔力が送られ魔道具が作動する…
はずだった。
「なんだ…?何が起こった?」
「故障か?魔道具が動かないだと?!」
リナリアに向けられた魔道具は、先程までの勢いを失い、なんの反応も見せなくなっていた。
組み込まれている魔石も曇ってしまっている。
リナリアは魔道具を蹴り飛ばすと、魔道士の顔面に正拳を叩き入れた。
「ぐわぁっ!」
魔道士が接近戦は苦手というのは本当らしい。
リナリアの力で倒すことは出来なくても、一旦離脱させるくらいは可能のようだ。
起きあがって来る前に、次の相手に向かって行く。
「よくも仲間を!!」
次の風刃は軌道が読みにくく、避けるのが難だったが発動に時間が掛かるようで、数発避けたら呆気無く至近距離まで踏み込めた。
次の発動ギリギリの所で噴出孔に拳を叩き込む。
「イタタ…これじゃ流石に壊れないか…」
「ちょこまかと!うっとおしい!!」
魔道士には珍しく剣を抜こうとするので、その腕に組み付くと、腕を後ろ手に捻り上げ、盾代わりにしてもうひとりに向かっていく。
「うわぁ!来るなぁ!」
もう一つの魔道具からは岩のような物が噴射していたはず。
しかし、これなら迂闊に攻撃もできまい。
「やめろ!離せぇっ!!」
ずんずん近付いて、適当な所で盾代わりを放り出し、至近距離から魔道具に組み付くと、魔道士はそれを捨て、もう一つ持っていた小型の魔道具を取り出した。
「くらえっ!!」
何の魔道具だかはわからないが、片手に納まり、発射口があることから銃の仲間らしい。
が、これも作動しない。
「一体どうなってる?!」




