ボーデン領の乱
ヒヒィィィンッッ!!
怯えた馬が自陣の兵を蹴散らして暴れ回る。
「ヘェ~侯爵様ンとこの馬って派手な鞍着けてんだなぁ。重くないのかな?アレ」
「3頭いるけど、御せないものなのかしら?家の馬の方が強そうだけど、お父様は上手に宥めているわよね」
「馬はとても繊細で、日頃世話をしている者や扱いに慣れた者でなければ、宥めるのは難しいのです。旦那様のは宥めているのではなく、半分脅しつけているだけですので、参考になさらないように」
振り落とされた魔道士達は、馬や兵に踏まれないよう必死で逃げ惑い、先頭の混乱で橋を渡り切れず、動くに動けない兵達が橋の上で騒ぎ出す。
「あっと言う間に崩れたわね」
「所詮はお飾りの頭にぶら下がる烏合の衆。統率はおろか、連携すら取れていないようでしたからね」
それでも戦い慣れしているのであろう兵達が前に進もうとするので、バートがすかさずもう一撃お見舞いすると、今度は感のいい連中が様子を見るため引き下がった。
金で雇われただけの兵にとっては命あっての物種。
引き際も見抜けなければ生き残ることは出来ない。
仮初めの主人になど命を賭して戦う義理も忠義も無い。
「今ので戦意を失った者はただの破落戸です。緊張を保ったまま距離を置いている者たちは、そこそこの経験者達でしょう。貴族の私兵は剣を捨てる事は許さないと教えられますが、そこまでの者は僅かのようですね」
そのうち橋の上で進めずにいた何人かが橋の対岸に戻って行った。
ある者は戦線離脱、ある者は体勢を立て直すため。
しかし、橋を渡り終えた途端、木立の中から黒馬に跨がった赤い鎧の騎馬武者が颯爽と現れた。
「我が主の姫君を攫った不届き者めらが!どれだけ来ようと、何人たりともここは通さん!死にたい奴から掛かってこんかぁっっ!!」
何人かが無謀にも向かって行ったが、殺気を放つ老兵に次々と吹き飛ばされていった。
飛ばされた先にはいつ掘られたものか、大穴が待ち受けており、一度入ると砂が崩れて抜け出すことができない。
藻掻いているうちにひとり、またひとりと放り込まれていく。
それを見た橋の上の兵達は更に動けなくなった。
前方に進めば、何処から来るとも知れない爆発と暴れる馬に巻き込まれかねない。
後方に戻れば、鼻息荒く土を蹴散らす黒馬と、甲冑姿の爺が行く手を防ぎ、長柄刀を構えて待ち受けている。
「あれはスレイプニルとタオ爺ね?!」
「相変わらず目立つなぁ…」
「二方共鬱憤が溜まりきってましたからね、多少は好きに暴れさせてやりましょう」
そのうち錯乱していた馬達が、橋の方へ方向変えて一目散に逃げ出した。
広いとはいえ、人もひしめき谷に架かる逃げ場の無い一本道。
急に向かって来た馬に踏まれまいと必死に走り、橋を渡り切ると黒馬と長柄に吹き飛ばされ穴の中へ。
「人が減ってる?」
「ツボ状の大穴を掘ってそこに放り込んでいるんですよ」
「俺が掘りました…」
馬が走り去った途端、敵の若い大将が動き出した。
「汚い手ばかり使うなど貴族の風上にも置けない!やはり我々が鉄槌を下すべきだ!!」
一度は手放した剣を拾い、体制を整えて構え直すクリスティアン。
「いきなり元気になったわね」
「驚異(?)が去りましたからね」
「敵前であんだけ逃げ回った後によく仕切り直せるな?!」
地面に這いつくばっていた魔道士達も、ヨロヨロと起き出してクリスティアンの周りに集まってきた。
「そろそろ本番ですよ?!気合いを入れ直して下さいね」
やがて橋を渡って来た馬達の行く手を、スレイプニルが遮った。
ブォォォォォッッ!!!
蹄を高く掲げた黒い巨躯から、野太い嘶きが辺りに響くと、1頭は口から泡を吹いて倒れ、もう2頭はピタリと動かなくなった。
スレイプニルが本気で他の生物を相手にすると、ヒトも獣も一瞬で肉塊にしてしまう。
それを分かっているため、この賢い黒馬は必要以上に相手を追い詰める事をしない。
威嚇して引くならそれで良し。敵意も害意も失った相手は気にしない。
スレイプニルが前足の蹄を大地に叩きつけるだけで、大の男でも二〜三人くらいなら吹き飛ばす。
突進でもしようなら石壁をも突き崩す。
正しく生ける戦車。それがボーデン領一の暴れ馬スレイプニルだ。
タオ爺の横をなんとかすり抜け、逃げようとする兵達を吹き飛ばし、その首根っこを咥えて穴へとなげつけた。
穴の中にある程度人が積み上がると、なんとか這い出そうとしてくる者が出てくるが、それを蹴落とすのも彼の役目だ。
「ふぅ…こんなものか?!見ろ、スレイ!橋の上もだいぶ片付いたろう?馬も居なくなったことだ、そろそろ戻るか…」
穴の上に牢などに嵌める格子戸を乗せ、その上にスレイプニルが岩を乗せて簡易土牢の完成。
タオ爺が再びスレイプニルに跨り、橋を渡って行った。
騎馬武者に追われ、橋の上に残っていた日和見の兵達も無条件で橋を渡らざるを得なくなった。
橋の前にはタオ爺が陣取り、逃げようとする兵がいないか見張っている。
「さぁ!姫様、思う存分暴れなされ!」
結果30名程が岸に集まり、遂にリナリア達と対する事となる。
「やっと集まったの?」
「はい。これがリナリア様の対人戦の初陣になります。心して下さいますように」
「私も貴族の端くれよ?!無様な姿は晒さないよう尽力するわ!」
リナリアは革の籠手の紐を締めると、ベルト付きのナイフを構えた。
その時、後ろからもう一台馬車がやって来た。
「クリスティアン!加勢に来たぞ!」
白い馬車に乗った貴族子女達が手を振っている。
「如何がしますかね?」
身構えるタオ爺にジェイが叫んだ。
「いいよ!通してやって!まとめて来てくれた方が楽だ!」
「来てくれたか我が盟友よ!」
しかし馬車を引く馬がスレイプニルに驚き、一歩手前で止まってしまう。
「どうした?動け!」
「構わん、恐らく何か魔道具の影響だろう…俺が行って来る!なぁにすぐに終わらせてやるさ!」
そう言って馬車から降りてきたのはアルセインだった。
スレイプニルとタオ爺の横を颯爽を駆けていく。
「デカブツと老いぼれは放って置けばいい。ルナリア!俺の活躍しっかり見ててくれよ?!」
アルセインは剣を抜くと、クリスティアンの前に立った。
「なぁバート?!アイツの持ってる剣て、レイピア?っていうヤツか?俺初めて実物見たかも!」
「はい。辺境では珍しいですからね」
「あんなに細くて戦えるの?」
「一応戦闘用ですが…あれだけ細くてはボーデン領で役には立ちませんね。一応国王から下賜された一式が旦那様の書斎に飾ってありますが」
「あぁ!アレもそうなのか!鞘から抜いたとこ見たこと無かったなぁ」
「あの短い方の剣は何?」
「短剣で相手の剣を防ぎ、長剣で攻撃するのですよ」
「…盾とかの方が…効率良くないかな…?」
「…所詮は貴族が持つ武器ですから…」
「ごちゃごちゃと何を話している!!そちらが来ないなら…こちらから行くぞぉ!!!」
アルセインが細剣を振りかざし、一番前に立っていたジェイに斬りかかった。
銀の一突きがジェイの胸元に届くかと思われた次の瞬間
「っせいやっ!!」
ジェイが大剣の腹でアルセインの顔面を引っ叩いた。
「うべっっ!?」
潰れたカエルのような声を出して、アルセインが倒れると、すかさずジェイが再度叩く。
「アルセイーーン!!」
クリスティアンが叫び、魔道具らしきものを構えるが、その間にバートが入った。
「次は直撃させますよ?!」
「クソっ…」
睨み合う二人を他所に、ジェイが情けない声を出した。
「あー!だめだコレ!剣とか全然馴染まない!シャベル欲しい!」
「そもそも剣の使い方が間違っています!」
「だって!いくら刃が矯めてあるったって、これでぶっ叩いたら骨折れるじゃ済まないじゃん?!」
「今更気づかれたのですか…?」
「すいませんでしたぁ!」
いつの間にか細剣も折れ曲がり、短剣も何処かに行ってしまった。
芋虫のように丸まってひいひい喚いているアルセインを、リナリアが横からすかさず縛りあげてしまった。
「無様とはこのことですね」
「なんだ!王都の騎士団なんてこの程度か?!」
「これが兄かと思うと少しがっかりだわ」
「あ、オレの方……」
「それにしても、まだ人数はいるのに掛かってこないのね?!」
「残った者はそこそこの経験者と、戦意の無い者達のみです。時には日和見で逃げるか見逃してもらえる機会を伺う方が賢い事もあるのですよ」
残兵を除くと、騎士らしきが4人と、魔道士と思わしきがクリスティアン含め5人。
「さぁ、残りを片付けますよ?!」




