最後の戦い
「入口に罠を仕掛けたらどうかしら?落し穴とか?!」
「うーーーん…時間あるかなぁ…?」
ボロネーズ修道院にベランタ侯爵家の私兵が向けられたと知らせを受けて、リナリア達は大急ぎで迎撃の準備に取り掛かっていた。
報せを受けた院長は、シスター達をできるだけ建物の奥へひっこませ、リナリア達の邪魔にならないよう、祈りを捧げているようにと告げた。
「吊り橋に来たところで、橋ごと落としちゃうのはどう?」
「発想がガチ過ぎて怖い!」
「そうですね…悪くはありませんが、吊り橋とはいえあの頑丈な橋を落とすのは容易ではありません。おまけにあの高さだと殆ど助かる見込みが無いので、相手が自国の貴族なだけに下手に死なせると後々が面倒かと。更に落ちたモノの回収にも橋の補修にも、時間と人手と費用がかなり掛かりますので、あまりオススメできませんね」
「ダメかぁ…」
「そうなると退路を断って、向かって来た順に倒してくのが一番効率がいいのかな?」
「向こうには魔道具を揃えた魔道士もいるので、単調な作戦は何かしら妨害されると思って下さい」
リナリアとジェイとバートは裏庭の竈の前で、ひたすら戦法について話し合っていた。
「兵が40~50人は来るんでしょう?バラけさせて少しずつ対応するしかないのかしら?」
「広い土地なら可能ですが、ここの前庭はそこまでの広さはありません。下手に分散させて城内に入り込まれると厄介です。人質でも取られたらこちらの部が悪すぎますからね」
「人間の群れって初めてだから討ち方が良くわからないわ…どのくらい動くのかも良く知らないし…狩りと戦の違いがやっと実感できたわ…」
「やっぱ固まってる内に何かしら一発入れときたいな」
「向こうはこちらへ確実に攻撃を仕掛けて来ます。逃げる獲物を追う基本の狩りの戦法はほぼ使えないと思って下さい」
「そう考えると俺も仕留める系の戦法しか知らないんだな…」
「ここ数代のボーデン領は平穏で、隣国との関係も良好ですから。対人戦など兵の演習くらいでしかお目に掛かれませんからね」
元々要塞だったこの建物は、籠城にはこれ以上無い程適している。
門扉を閉ざせば外と完全に隔離され、難攻不落の砦と化した。
しかし、今回戦うのは領主の子息子女とその侍従達だけ。
院長は、なんとか争わない方法はないか必死に考えたが、領主自らが「子らの好きにさせてやって欲しい」と言ってきたため、ひとり大聖堂で神に祈るより他無かった。
「タオ爺に聞いてみる?確か昔戦で武勲を上げたって聞いたよ!」
「タオ殿は敵の退路を断つと言って、橋の向こうに待機しております」
「気が早いな!しょうがない……大群の方はリナリアに任せる!俺は指揮官か頭が出てきたらそっちを討ちに行くからよろしくな!?」
「討ちに行くって言っても殺しちゃダメなんでしょ?!大丈夫兄さん?首とか狙っちゃいけないのよ?」
「せいぜい手足の骨か、ちょっとした打撲か切り傷くらいにしといて下さいね?!」
「ううっ…善処します……」
そうこうする内に、コーネリアスが空を旋回し、合図を送って来た。
「おぉ…もう見えるトコまで来てるみたいだな。そろそろ表に出ておこう!」
「よしっ!!じゃあドロシーあとお願いね!おいしいご飯期待してるからね!?行ってきます!」
「万が一の時はコーネリアスを飛ばすから、打ち合わせ通りに頼む!」
リナリアは革籠手と腰のベルトに矢筒と小弓と鞭を携え、ジェイは刃を潰した大剣を背負い、裏口から中に入って行った。
「本当に気をつけて!私は…その……ここでご飯作って待ってるから!!」
手を振るリナリアに向かってドロシーが叫ぶ。
「行ってしまいましたね」
複雑な表情のドロシーの後ろから、シルヴィアが切り分けた蒸し肉を持って現れた。
「私さぁ、リナリアの家の事情とかよく知らないけど…仮にも貴族の令嬢がいきなり侯爵家相手に戦うとか…本当、大丈夫なのかな?!」
「万が一の時は…言われた通りにしましょう。信じるしかありません、彼女達は必ず無事に戻って来ると…」
「……今つまみ食いした?!」
「してません!」
リナリアは、まず大聖堂で祈る院長に指示を出した。
「常時展開している魔獣除けを切っておいて下さい!そして魔素避けは予備も使って最大値に。なるべく皆さんは魔素避けの近くで待機するよう伝えて下さい!」
慌てて建物の奥へと向かう院長の姿を確認すると、今度は外に出て、橋横の森への入口からルーを呼び寄せる。
「大丈夫?魔獣除けは切ってもらったから、思い切り動けるでしょう!?今日はとことん暴れてやりなさい」
魔獣除けは、魔素や魔力を宿した生き物を忌避させる効果があるが、ルーやコーネリアスなどの使役獣は、その影響を受けても活動出来るように訓練されている。
が、その抑制が外れた時、本来の力を発揮することができる。
ルーは軽くなった身でリナリアの周りを駆け回った。
ボロネーゼ修道院の前庭に、ジェイとリナリアが並び、その後ろで数十年振りに厳かな大門が閉ざされ、かつてここが要塞であった頃の姿を取り戻していた。
その先から、こちらに向かって来る人馬の群がりが見える。
「では手筈通りに」
「頼んだぞ?!バート!」
橋桁の影に身を潜ませたバートが合図を送ると、ジェイも大剣を引き抜いて構えの体制に入った。
ボーデン領に入り、領主館と街へと続く大通りを過ぎて北へ真っ直ぐ走ると、やがて馬車が裕に2台は通れる程の頑丈な大釣り橋が現れる。
こんな田舎に相応しからぬ整備された道を見て、クリスティアンは心内で舌舐めずりをした。
これほど発展した領ならば、王都から離れていようとかなりの収入になるはず。
ベランタ侯爵家は、ボーデン辺境伯爵の失脚と共にその後釜を狙っていた。
親父は必ずやこの地を自分に任せるだろう。
魔物素材は取り放題。周辺国との貿易も、税金だけでもかなりの額が入ってくる事間違いない。
ここが下賜されず国領となっても、責任者として運営していくのも悪くない。
自分は王都に居て、代理人にでも管理させておけば、地位と収入だけで生涯安泰だ。
富と権力を手に、聖女となるルナリアの側で綺羅びやかな生活を送る自分の姿を思い描き、クリスティアンは思わずにんまりとした。
「これより悪しき貴族を討つ!私に続けぇっ!」
馬に乗ったクリスティアンと5人の魔道士達が、兵を先導し橋を渡ってきた。
「我が名はクリスティアン・ベランタ!ブレンダム王国最高位魔道士である!!罪人は大人しく我らに従え!そうすれば手荒な真似はボベフッッ!!???」
意気揚々と口上を宣うクリスティアンが、爆発音と共に盛大に吹っ飛んだ。
橋桁の影からバートが魔道具を構えて現れると、続けてもう2発。
今度は魔道士達の乗っていた馬の足元が爆発し、驚いた馬が乗り手を振り落として暴れ出した。
「クッ……こ…この…卑怯者がぁぁぁぁ!!」
「敵が無駄なお喋りを許してくれると思っておいでですか?まったく…戦争舐めてんじゃねーぞクソガキが………」
「バートの素が出た……」




