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ブレンダム王国の聖女





「なんで?!どういうこと??どうしてあの人達は倒れてないの?」


手にした杖を振り回しながら、ひらひらドレスの令嬢が喚く。


「まさか…魔道具が作動しなかったのか?!」


「クリスのヤツめ…しくじったか!!」


綺羅びやかな服の青年も2人、馬車から降りてきた。


「ほう…その顔、見たことがあるわね?!確かグローバ伯爵の騎士見習いの腰抜け息子と、バカラ公爵の頭でっかちのボンボンだったかしら?」


「ルナリアに近づくな!!この野蛮な田舎貴族め!」


アルセインが見てくれだけは一人前に娘を庇う。


「噂通りの大馬鹿者達のようね…ほらほら!お前達!?三文芝居に付き合ってる暇はないわ!サッサと残りを片付けなさい!」


アイビーがパンパンと手を叩くと、扉が開きアルバトロスの兵達がぞろぞろ出てきて、残党を次々と縄で縛り上げていった。

こちらはあまり戦闘に体力を使っていないので、戦力を削ぎに削がれた烏合の衆が敵うはずも無い。

力を失った魔道士達もあっと言う間に捕縛され、残りもどう足掻いた所で、勝ち目はおろか逃げる隙きも無い


「何がどうなっている…?!」


「…ここはひとまず引き下がろう!クリスと合流し、策を練り直すんだ!ルナリア、さぁ、馬車に戻って」


ブライアンに手を引かれ、ルナリアが馬車に乗り込もうとした時だった。


「そこのお嬢ちゃん?あなた、そんなオモチャを振り回して聖女ごっこもいいけれど、今度はこの国を救った本物の聖女の事もキチンとお勉強してらっしゃい?!」


アルメリアがローブを脱ぎ、簡素なワンピース姿で現れた。


「おばさん誰?」


「私はボーデン伯爵夫人、アルメリア・ボーデンよ。さっきあなたが聖女の力がどうのこうの言っていたから、そこだけは古の聖女の血を受け継ぐ一族の一員として、訂正しておきたいの」


「聖女の…血ですって??馬鹿じゃないの?膨大な魔力と神の力を授かった偉大な聖女が、ど田舎の魔力も無いはみ出し貴族なんかと関係あるわけないでしょ?」


「あなた…本当に可哀想な育ち方をしたのね…」


「おい!貴様ルナリアを馬鹿にするな!」


「彼女こそ、今最も聖女に相応しい存在だ!これ以上の侮辱は許さんぞ?!」


アルセインが剣に手を掛けても、アルメリアはくすくす笑うだけ。


「そう…でも、あなた達の信じているその聖女とやらは、大陸諸国を納得させるために作られた虚像の伝説。庶民ならまだしも、貴族なら正しい歴史を伝えているかと思っていたけれど、認識を改めないといけないわね」


「虚像だと?馬鹿も休み休み言え!」


「そもそも聖女なんて、大陸戦争のずっと後に他国からそう呼ばれたのが始まりだもの。この国に聖女なんて始めからいないの。ただこの地を護る一族を、大陸諸国がかつてそう呼んだだけ…」


「嘘よ!!デタラメ言わないで!?」


ルナリアの叫び声がやたらと響く。

気がつくと周りが静かになり、辺りは戦闘の跡すら残さず片付けられ、兵達が続々と引いて行った。


「アルメリア、そんな馬鹿共にはいくら言っても無駄よ!さぁ、街の見廻りは兵達に任せて、私達もリナリアの所へ行ってみましょう」


「この…侯爵家だからと図に乗りやがって…」


「よせ、アルセイン!時間の無駄だ、行くぞ?!」


バタバタと3人は馬車に乗り込み、来た道を戻って行くのだった。


「はぁー…マヌケな連中ね。ここで大人しく人の話を聞いてじっとしてた方が、痛い目には遭わずに済んだでしょうに」


「いいえ、お義姉様。少しくらい痛め付けないと、ああいった類の者達には、現実が見えないのでしょう…」


二人も馬車に乗り込むと、早速ボロネーゼ修道院へ向かった。

この度出番無く待機で終わったアンヴァルが、やたらと乱暴に飛ばしたのでかなり揺れたが、アルメリアは馬車の中でゆったりと魔力の回復に勤しんでいた。


「…そういえば、戦闘中アレクサンダの影が見えましたわね?!」


「ええ、あっちの方が早く片付いたようね。余計な手出しをされると鬱陶しいから、途中で追っ払ってしまったけど、何か用があったかしら?」


「いいえ、私も先に娘の方へ行って欲しかったから、大丈夫です」


「しかしまぁ…王都じゃ貴族はどんな歴史を教わっているのやら。何者かの意図無くしてこうはならないわ!これも辺境地をやっかむ連中を、長年方って来たツケかしら?それにしても随分蔑ろにされたものね…」


「聖女なんて…いつからこんなに持て囃されていたのかしら…?」


「元々帝国が戦後の象徴としての聖女を欲しがっていた頃に、候補者として連れて行くのを諦めさせるための方便だったはずよ?!土地の女神と契約していて、国を離れたら魔力が無くなってしまうとかナントカ」


大戦後、大陸の平和を保つ為に、民衆の信仰対象を作ろうと、帝国となった諸国の集まりがそのシンボルとして聖女を欲しがった。

あれだけ疎外してきた魔力持ちを探したり、功績のある者を担ぎ上げたりして、候補者を何人も募ったという。

ブレンダム王国には、それこそ何度も打診があり、特に国を立ち上げる基盤となったボーデンの民を強く求められたが、当事者がこれを拒否した。

帝国になんとか諦めて貰えるよう画策した結果『ボーデンは神と契約した特殊な存在であり、この地を離れたら魔力が消えて弱ってしまうため、他国で役目は果たせ無い』という噂を流す事になった。

調べられては困るので庶民の間にも伝え、高位魔力を持った国の守護者という虚像を作り上げ、それがやがて諸国から聖女と呼ばれる様になったのが、この国の『聖女』の始まりだ。


かつて魔力持ちを迫害した負い目のある帝国は、使者から伝えられたこの情報に納得する他なく、聖女とやらも推薦者や立候補者中から選抜することになり、それ以上ブレンダム王国に圧などは掛けてこようとはしなかった。

帝国では現在も平和的活動を行った功労者への称号として、聖女の名が与えられている。


「恐らく、貴族が魔力を重視するようになった辺りで、ボーデン家を良く思わない者が、噂を逆手に取って流したデマが広がりすぎたのでしょうね…」


「大陸戦争から既に200年は経っているのに…せいぜいお話に出てくる程度だなんて楽観視していました…」


「この件も抗議しておきましょう。あぁ…演ることが山積みね」


「こんなこと早く終わらせて、娘の顔が見たいですわ!」


馬車はやがてボロネーゼ修道院の麓までやって来た。





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