魔女と女傑と機関銃
ブレンダム王国辺境地ボーデン領は、周辺を山と深い森に囲まれているため、限られた道からしか入ることができない。
街へ行くための門は更に狭くなっており、領内を通り抜けるためには、東と西の大門を通る必要がある。
普段は大きく明け放たれ、往来の自由な大通りの門は、この日は固く閉ざされ、兵士が内外に配備されていた。
その扉を塞ぐように停められた馬車の中から、荘厳な革鎧に身を包んだアイビーと、厚手のローブを纏い、魔道具をいくつも携えたアルメリアが現れた。
道の向こう領主邸の方から、大勢の人間が押し寄せて来るのが見える。
「いよいよね、覚悟は良くって?」
「はい、お義姉様…まずは私から行かせて下さいませ」
「そうね、領主の妻の意地見せておやりなさい!余所者の私は後ろを支えます!!」
この会話を聞いていた兵士の一人は、普通逆では…?と疑問に思ったという。
本来魔道士は、主に前線の兵士を後方から支援する事が多い。
しかし、アルメリアは最前線に出て魔道具を展開し始めた。
「馬車が見えました!撃ち込んできます!」
開戦の文句もなく、矢と銃弾の入り混じった散撃がアルメリアに襲いかかる。
アルメリアは、鉄の盾を立ち上げ、事前に足元で発動させていた風起こしの魔道具の威力を最大にした。
「矢が跳ねますので、避けて下さい!」
突風に妨げられ、弾かれた矢や弾がバラバラと散らばる中、腕に着けていた魔道具も展開する。
「反撃します!延焼しないようにお気を付けて!」
そこからは小さな火の玉がいくつも発射され、向かって来る男共に降り注いだ。
ギャァッ!アチチッ!
正面の足並が乱れて止まると、後ろの者達は今度は横から抜けようと切り込んで来る。
「そうはさせるものか!!」
魔道具に集中し、小回りの効かないアルメリアを切りつけようとした一人が、重い戦斧に薙ぎ払われて宙を舞う。
「兵士崩れの破落戸共が!!このアルバトロス・アイビーが成敗してくれる!!」
1人、また1人、なんとか火の玉をくぐり抜た先で、吹き飛ばされていく。
それが立ち上がる前に、待機していたボーデンの兵士達がたちまち捕えて縛り上げた。
「これ以上は延焼を招きます!魔石を切り替えるので援護をお願いします!」
「任せなさい!!」
魔道具の炎撃が止まると、向こうもここぞとばかりに攻撃を強めて来る。
馬車に大型の魔道銃が備え付けてあるらしく、容赦無く撃ち込んできた。
アイビーはアルメリアを守るため、前に出て大きな盾を構えた。
こうなると二人共無防備になってしまうが、銃撃中の間は他の歩兵達も動けないため、耐えることに集中できる。
「助かりました!反撃します!」
今度は圧縮された水弾を盾の後ろから発射する。
同時に足元から土を盛り上げ、壁を作り身を隠した。
魔道士が水弾に怯むと銃撃も止むため、再び武器での戦いが始まった。
剣に短刀、槍使いもいたが、尽くが一撃必殺の戦斧の餌食となり、辺りに虚しく散らばっていく。
「アルメリア?!あなた、魔力は大丈夫なの?!」
「はい…まだいけます!応援も、頼みましたので…」
始めから最大限の魔力を行使しているアルメリアはやや息が上がり始めていた。
100程いた相手の兵士達が、およそ半分になった頃、遂にアルメリアの攻撃が乱れ始めた。
相手はその隙きを逃さず、アイビーが他の兵を薙ぎ払っている間に、アルメリアに斬りかかる。
「アルメリア!!」
アイビーが叫び、アルメリアも体勢を立て直そうとしたが、足に力が入らない。
アルメリアの目に一瞬恐怖が映った次の瞬間
ドゴォォォンッ!!
大地を揺るがす爆音と共に、何人もの兵士が吹き飛んだ。
「間に合いましたね……」
片膝をついたアルメリアにアイビーが駆け寄る。
「アルメリア!あぁ…ケガは無い?ごめんなさい、護りきれなくて…」
「私こそ申し訳ありません、お義姉様は大丈夫ですか?」
「私はまだまだこれからよ!」
アイビーに助け起こされ、辺りを見回すと、見慣れた顔が門扉の上から、ひょっこり現れた。
「ガッハッハッハ!!スマンな遅くなって!いやぁ間に合って良かった!」
ガハガハ笑うガウラ子爵が、扉の上から何かを投げるとさっきと同じ爆発がまた起こる。
「良くないわ!こんなギリギリに来てなんなの?!このクソジジイ!!何をちんたらしてたのよ!アルメリアが怪我でもしたらどうしてくれるの?!」
「仕方なかろう、ウチの馬車は普通の馬なんだから。これでも急いで来たんだぞ?!」
「先生、ありがとうございました。おかげで助かりましたわ!所でさっきから何を投げておいでですの…?」
「ん?ああ、コレか?俺の作った、投げると爆発する魔石だ!」
そう言ってまたひとつ、何でも無いように小さな魔石を群衆に向かって投げつける。
3度目は流石に逃げる者が多かったが、逃げた先でも次々に爆発が起こる。
兵士も魔道士も関係無く、ガウラ子爵がホイホイ魔石を投げるので、辺りは阿鼻叫喚となった。
爆風でガタガタと揺れるベランタ侯爵家の馬車の中では、3人の男女が怯えていた。
「キャーーー!助けてー!」
「野蛮な連中め!こんな卑怯な手を使うとは…」
「もう我慢ならない!例の魔道具を使うぞ!」
「でも、あれはもっと街中で使う予定だろ?」
「このままでは街に入ることすらできないだろう…それなら多少効果が減ってもここで使うしかない!」
「くっ…わかった。すぐに用意しよう」
アルセインとブライアンは、後退する魔道士を捕まえると、卵型の魔道具を押し付けた。
「作戦を早める!これを奴等の前で展開しろ!急げ!!」
それだけ言うと、馬車の戸を閉ざし、誰も入れないよう鍵を掛けた。
「心配いらないよ、この中にいれば安全だからね」
「さぁ用意はいいかい?聖女様!」
「ありがとう二人共…私、がんばります!」
相手の馬車から、見るからに場違いな服装のお坊ちゃまが出入りしたかと思うと、魔道士達が急に緊張し出した。
「アレは、何か仕掛けて来るわね…」
「先生、念の為例の魔石を使います!」
「おう!あっちが魔道具を作動させようとしたら、同じタイミングでぶつけてやれ。魔素も魔力も枯渇して魔道具なら一瞬で動かなくなるぞ」
「よし!兵は大門の内側へ退避!!急げ!!」
「魔素除けを展開させてあります!その近くへ集まっていて下さい!」
「じゃ!俺は先に逃げとくぞ?!一般魔力持ちは魔素に当たるとマズイんでなぁ!ガッハッハッハッ!!」
そう言うと、ガウラ子爵の頭が塀の向こうへ消えていった。
兵達も大門の中に撤収し、アルメリアとアイビーだけが残った。
相手の数は始めのおよそ3分の1程が残っている。
女2人だけとなると、再び武器を手に向かって来た。
と、その内の何人かが、魔道士から受け取った卵型の魔道具をアルメリアに向けて投げ付けた。
「くらえっ!」
ひとつ、ふたつ、みっつ…
足元で叩きつけられた魔道具が割れる。
「下がってアルメリア!!」
咄嗟に前に出たアイビーが、ガウラ子爵の魔石をばら撒いた。
ぶわっ!と大風に煽られた様な波動を感じた直後、今度は引きずり込まれるような感覚に襲われる。
「なんなの?これは??」
「先生の魔素吸収用の魔石です!周囲の魔素から生き物の魔力まで吸い尽くす強力な代物ですよ?!」
「ふん…まぁどちらにせよ私には効かないわね」
魔道具から魔素が吹き出すと、次々人が倒れていく。
しかし、苦しんでいるのは魔道具を投げた前線の3人のみ。
魔石が上手く魔素を吸い取ってくれたようだ。
それを見てアルメリアが胸を撫で下ろした。
「良かった…成功したようですね」
兵達の中にも魔力持ちはそこそこ居たようで、いきなり魔力を抜かれて、体の力が入らず膝をついている。
更に過半数の者達には何が起こっているのかすら分からないようだった。
「アルメリアは大丈夫?」
「私の魔力はもう尽きかけておりましたから…それに、既に魔力を充填し終えた魔道具もまだありますので、安心して下さい!」
その時、相手方の馬車の戸が開き、中からドレス姿の娘が飛び出してきた。
「光の聖女の浄化の力を今ここに!!!って…え…?どういうこと…??」
なにやらひとりで勝手に混乱している娘に、その場の全員の視線が突き刺さった。




