森の中で
「そんな…なんてことだ!!!」
辺境の森の中で、金鹿を前にしたジェイが頭を抱えてうろたえていた。
「ほんに…どうしたらええのやら……」
「こんなとこに穴空けちまった!!!チクショウ!一枚皮で売れなくなっちまった!!」
「そっちの心配ですかい?!」
その横で、タオ爺とバートが呆れながら手を動かしていた。
「まったく…焦るからですよ!丁寧に背骨の周りからゆっくり剥がしていくんです。」
「お前さんもか?!」
金鹿の毛皮は高級品。滑らかで軽く柔らかく、なのに驚く程温かい。光に当たる角度でキラキラと金色に見えることから金鹿と呼ばれているが、れっきとした魔獣の一種ある。一枚皮にできれば相場の1.5から2倍の値は付いただろう。
惜しいことをした…と、ジェイは深く反省するのであった…
「そんな事より、お嬢様の事はどうなさるおつもりですかね…?!言われた通り先に坊ちゃま方へ参りましたがね…」
「そんな事なんかじゃないだろ!金鹿だぞ!?そこらのイノシシ皮なんぞと同じと思うなよ?!穴空けたなんて知られたら、リナにどんだけどやされる事か……」
「まぁ、これだけ大きな皮ですから、ある程度の大きさに切り揃えてもかなりの額になりますよ!それに角が文句の付けようが無いほど素晴らしい!これなら相当の値が付くはずです!肉質も申し分ありません!」
「いや!肉こそ俺たちの取り分だろ!?儲けも大事だが、こればかりは譲れないぞ!?」
「脚の健もぜひ頂きたいですね。良質のシニューになりそうです!」
「はぁ…年頃の若い娘が攫われたというに…何をしとるんじゃワシらは…」
「しょうがないさ。来たのが王都の兵士だったんだろ?下手に抵抗してややこしくなるより、大人しくついて行った方が賢い!」
「冤罪ならすぐに開放されるでしょうし、ここで金鹿を無駄にしてしまったら、それこそ悲しまれる方ですよお嬢様は」
「しかし…本当になんでリナが連れて行かれたんだろう?」
「しかも王都から兵が向けられる程の理由でしょう?見当もつきません」
「何か悪い事にでも巻き込まれたんじゃなきゃぁいいが…」
「でも、“アイツ”がついてったんだろ?だったら何か知らせて来るんじゃないか?」
「あぁ、“ヤツ”なら絶対にお嬢様を見失ったりしませんからね」
そうして3人はその年一番の獲物を荷馬車に詰め込み、屋敷へと戻って行った。
「ところで、なんで俺だけ荷馬車の荷台なの?乗って来た馬車じゃなくて!」
「あ、飛ばすんで荷物が崩れないよう押さえてて下さい」
「頼みましたぞ」
「いや、だったら御者やるからそっちに…」
「では先に行って下さい、スレイプニル!」
「よーし、もうひとっ走りじゃ!ハイヨーー!!」
「ぎゃぁぁぁ!!!!」