ボーデン家の秘密
ボーデン家の庭先で爆発した魔道具は、大量の魔素を吹き出し、辺りに撒き散らした。
途端、兵士達が苦しみ悶えながら膝をつき、やがて倒れていく。
「これは…なんてことだ…」
「高濃度の魔素に晒されると、生き物はあらゆる器官に支障を来たす…蓄積した魔素は体内で結晶化し、やがていたる部分に癒着する。自然の魔素ではそうなるまでに時間が掛かるが、人工的に濃縮されたこの魔素は、一瞬で全身を蝕ばむぞ」
そのはずであった。
しかし…
「なぜだ…なぜ貴様は平然としていられる?!」
驚きわななくベランタ侯爵がこちらを睨む。
侯爵と魔道士達は、それぞれ魔素除けの魔道具を仕込んでいるため無事であるが、そもそも魔道具を扱えないボーデン伯爵が無事でいる理由が、彼らにはわからなかった。
「貴様らが魔道具など使えないことは、既にわかっている!魔素避けも使えん貴様らが、なぜこの場で無事でいられるのだ!!」
「そうか、あんたは義父上は知ってても、私達の実父の事は知らないんだな」
「なんだと…?!」
「ボーデン家が伯爵位を授かり、辺境を任されている本当の理由を教えてやろう」
そう言って、バジルは割れた魔道具を拾い上げた。
まだかなりの魔素が残っているそれを、素手で掴み魔道士達の方へと投げる。
魔道士達は慌てて魔道具を避けようと飛び退った。
「そう慌てるな、その魔道具にはもう魔素は残ってないだろう。なんせ私が触れたのだからな…」
「ど…どういうことだ……??」
「なに、特異体質だよ」
ボーデンの血には、ほんの僅かな魔力すらも発現する事は無い。
それは本当だ。
ならばなぜ、この魔素の濃い死の荒野と隣合わせの土地を、王家より代々預かることが出来たのか。
そこにはボーデンの血筋に秘密があった。
かつて王家直属の魔道士はこう語った。
ボーデンの一族は、皆一様に魔素に耐性があり、常に大量の魔素を吸収し、体内で浄化しているのだと。
ボーデンの血筋の者は、魔物のように体外に結晶化させるでもなく、魔力持ちのように放出するでもなく、魔素を完全に無に帰してしまう体質なのだという。
それはまるでお伽噺に出てくる邪悪な存在を払う聖女のように、人々に害為す魔素を払い、国を、敷いてはこの大陸を護る孤高の一族なのだと。
「と、言う訳で、我が一族に魔素の攻撃は悪手だったという事だ」
「大切な兵士まで巻き添えにして…あんたこそ貴族の風上にも置けない非道な人間じゃないか!」
動けなくなった兵士達を、せめて邸の壁沿いに運んでやっていたアルエットがそう叫んだ。
「我が家の魔素避けは、母上のためにかなり大きな物を用意してるからな。ここなら少しは楽になるだろう」
「さぁ、残るは魔道士と侯爵だけだ。さっさと終わりにしようか…っ!?」
「親父っ!?危ないっ!!」
話が終わる前に、バジル目掛けて真横から火の矢が放たれた。
それをアルエットが、落ちていた剣を拾い、叩き切る。
「ハハハッ!バカめ!ならば他の魔道具を使うまでだ!!」
次々に放たれる炎の塊に、アルエットは翻弄されるばかりだった。
「くっ、これじゃ切りがない…」
ついに、背中の矢に気付かず剣が遅れた。
「若造が!これで終わりだ!」
しかし、炎がアルエットの身に届く寸前、何かに弾かれた。
「なにぃっ!?」
パァンッ!!パァンッ!パキン!!
乾いた金属のような音が辺りに響く。
その途端、魔道士の一人が胸を押さえて倒れ込んだ。
その足元に、魔素避けの魔道具が仕込まれたブローチが、割れて転がり落ちた。
続けてもう1人も苦しみ出して膝をつく。
「ふぅ、やっぱりこれが一番手に馴染む…」
そこには、手製のクロスボウを手にしたバジルが立っていた。
「大丈夫、矢は使ってないよ?!代わりに針の無いダーツを撃ってるんだ。残りは魔道士2人と侯爵様だけだな、どうする?このまま降参するか?」
「こ…の……貴様っ!覚えておけ!!おいっ退けっ!!体制を立て直すぞ!」
ベランタ侯爵は残った魔道士にそう告げると、自分は真っ先に馬に乗り、背を向けて逃げ出した。
慌てて後を追う魔道士達も、這々の体といった様子で、余りにも情けない。
「あ〜あ…先に仕掛けて来たんだから、せめて引き際くらいキッチリ締めて欲しかったなぁ…」
バジルは頭を掻きながら裏庭へ回り、小屋の戸をノックした。
「お騒がせしました、ネリネさん。ここの片付けをお任せしてもよろしいですか?」
「はいはい!後のことは私共でやっておきますので、どうぞ奥様の所へ行って差し上げて下さいな」
「すまないね、それじゃちょっと行ってくるよ」
バジルが口笛を吹くと、すぐさまアレクサンダが飛んで来た。
地面ギリギリを滑空する巨体に、着地はさせず横からその背に飛び乗ると、逃げた侯爵達を追った。
アレクサンダはすぐに馬に乗ったベランタ侯爵を見つけたが、後は追わず、離れた場所から音も無く地上すれすれを飛び、馬と並ぶ。
「よーし…少しの間がんばってくれよ……」
バジルは懐から長い銃砲身を取り出すと、クロスボウにつがえてバネを引いた。
パシンッと軽い音がして、小さな鉄玉が放たれる。
だが、ベランタ侯爵を乗せた馬は、そのまま走り去ってしまった。
「おい親父、いいのか?あのまま行かせて」
そこへポニーに乗ったアルエットが追いついて来た。
「構わんよ、仕込みはできたからな。なぁに、その内必ず捕まえられるから安心しなさい。良い狩りの仕方とは、こういうものだよ?!私は先に行く!母さん達も今頃領地を守っているはずだ。お前はそのまま追ってきなさい」
そう告げると、バジルは再び空へ飛び去った。
ボーデン家のポニーは、普通馬と競る程の脚を持ち、小回りが利く上に森や岩場も難なく超えていく。
アルエットを乗せた小馬は、茂みの多い林を抜け、街へと続く一本道を目指した。
途中、怪しい人影が何人かいたので、それもポニーで蹴り倒して縛り上げていく。
「こりゃ思ったよりあっちこっち見て回らんとなぁ…」
アルエットは近道を止め、周辺をくまなく見て回ることにした。
その頃、バジルとアレクサンダが街の手前の小高い丘の上に差し掛かると、既に兵士達と衝突し、土煙を上げて奮戦する奥方と姉の姿が見えた。
「なかなか人数が多いな?!なんだ、あの馬車は?」
キラキラと輝く装飾を施した白い馬車が、離れた場所から戦いの様子を伺っているようだ。
「高みの見物か?全く、戦力外は戦場に立ち入るべからずと教わらないのか?」
バジルが近付こうとすると、ダァンッダァンッ!!と重い破裂音が辺りに響いた。
急いで旋回すると、アレクサンダの羽先を鉛の大玉が掠めた。
下を見ると、馬車の周りに大掛かりな魔道具が並び、幾つかは小型の大砲だとわかった。
「厄介だな…姉上達は無事だろうか…」
街の入口の大木戸を、見慣れたアルバトロス侯爵家の紋入り馬車が塞ぎ、その前で厳つい胸当てを着込んだアルバトロス夫人アイビーが戦斤を振り回していた。
アルメリアも魔道銃と盾を使い、その後方を守っている。
その周りでも、ボーデンとアルバトロスの精鋭兵士達が敵を抑え込んでいる。
「やれやれ、無事で良かった…さてこれからどうするかな…」
バジルが砲弾の届かない所から戦況を眺めていると、不意に姉アイビーと目が合った。そして
「目障りよ!さっさと娘の所へ行きなさいっ!!」
手元のナイフを鞘ごとバジルの眉間に投げつけた。




